私の食品微生物学の入門講座では、水分活性について次のような確認問題を出している。

「大腸菌O157について、水分活性が0.88の場合、増殖するだろうか?」

正解は「増殖しない」である。ところが実際には、「基本的には増殖できないが、条件によっては増殖できる場合がある」を選ぶ受講者が意外に多い。水分活性0.88という数字を見ると、「O157ならさすがに増殖しないだろう」と考える人もいるかもしれない。では、数字を少し変えてみよう。

水分活性が0.92だったらどうだろうか?

途端に迷わないだろうか。0.92なら増えるのか。増えないのか。そもそも大腸菌O157の増殖限界はいくつだっただろうか。ここに、水分活性を勉強するときの一つの落とし穴がある。0.88、0.92、0.95、0.97……という数字を見たことはあっても、その数字が微生物にとってどの程度厳しい環境なのかという「感覚」は、案外身についていないのである。そこで今回は、一つだけ数字を覚えてほしい。

水分活性0.92で大腸菌O157が増殖するか迷う食品会社の担当者を描いたイラスト

aw 0.95

食中毒菌を並べると「0.95」が見えてくる

FDAが整理している主要な食中毒菌の増殖最低水分活性を並べると、次のようになる。

微生物グラム染色増殖最低awの目安
Campylobacter jejuni陰性0.987
Vibrio cholerae陰性0.97
Shigella spp.陰性0.96
Vibrio vulnificus陰性0.96
病原性 Escherichia coli陰性0.95
Yersinia enterocolitica陰性0.945
Salmonella spp.陰性0.94
Vibrio parahaemolyticus陰性0.94
非タンパク分解型 Clostridium botulinum陽性0.97
タンパク分解型 Clostridium botulinum陽性0.935
Clostridium perfringens陽性0.93
Listeria monocytogenes陽性0.92
Bacillus cereus陽性0.92
Staphylococcus aureus陽性0.83

FDAの資料では、これらは食塩を用いて水分活性を低下させた場合の増殖限界値として整理されている。例えば病原性大腸菌0.95、サルモネラ0.94、リステリア0.92、セレウス菌0.92、ウェルシュ菌0.93、黄色ブドウ球菌0.83(増殖の極限値)などである。

もちろん、これらは絶対的な数字ではない。温度、pH、培地組成、菌株、使用する溶質などによって増殖限界は多少変わる。

ここで見てほしいのは、小数点以下3桁の違いではない。

全体の並び方である。

多くのグラム陰性菌にとって0.95付近は「崖」である

表の上半分を見ると、グラム陰性菌がずらりと並んでいる。

カンピロバクターは0.987、コレラ菌は0.97、赤痢菌は0.96、病原性大腸菌は0.95である。

サルモネラや腸炎ビブリオのように0.94程度まで増殖できる菌もあるので、

「グラム陰性菌は0.95以下では増殖しない」

と覚えるのは間違いである。

しかし、

aw 0.95付近まで下がると、多くのグラム陰性食中毒菌は増殖限界に近づく

という感覚は持っておいてよい。

実際、食品微生物学では一般に、グラム陰性菌はグラム陽性菌より高い水分活性を要求する傾向があることが知られている。

水分活性が1.0から0.95、0.90、0.85へ下がるにつれて、グラム陰性菌からグラム陽性菌、黄色ブドウ球菌へと増殖可能な菌が変化する様子を崖で表したイラスト

0.90~0.95になるとグラム陽性菌が目立ってくる

一方、0.95より下を見ると様子が変わる。

リステリアは0.92、セレウス菌も0.92、ウェルシュ菌は0.93、タンパク分解型ボツリヌス菌は0.935である。

そして極端なのが黄色ブドウ球菌であり、理想的な条件ではaw 0.83程度まで増殖できる。ただし、FDAではエンテロトキシン産生の最低awを0.85としている。したがって、食品安全上の実務的な目安としては、aw 0.85を覚えておけばよい。

したがって、大まかな感覚としては、

aw 0.95付近から下では、低水分活性に比較的強いグラム陽性菌の存在感が増してくる

と考えると分かりやすい。

ただし、これは分類法則ではない。

非タンパク分解型ボツリヌス菌はグラム陽性菌でありながら約0.97を必要とする。一方、サルモネラはグラム陰性菌でも0.94付近まで増殖できる。

したがって、「グラム陽性だから低awに強い」のではない。

グラム陽性菌と陰性菌では細胞表層構造や浸透圧ストレスへの対応機構が異なり、さらに菌種ごとにプロリンやグリシンベタインなどの適合溶質を利用する能力にも違いがある。その結果として、このような大まかな傾向が現れると考えればよい。

ここではそれ以上細かく覚える必要はない。

では最初の問題に戻ろう

ここでもう一度、大腸菌O157の問題に戻ってみよう。

aw 0.88ならどうか。

病原性大腸菌の増殖最低水分活性はおよそ0.95である。

したがって0.88は、増殖限界からかなり離れた低い水分活性である。増殖しないと判断してよい。

では、

aw 0.92ならどうか。

これも大腸菌O157にとっては増殖限界より低いので、増殖できない。

ところが同じ0.92でも、リステリアやセレウス菌では増殖限界付近になる。

ここが水分活性を「感覚」で理解する面白さである。

0.92という数字そのものが安全なのでも危険なのでもない。どの微生物について考えているのかによって意味が変わるのである。

水分活性0.95付近が多くのグラム陰性食中毒菌の増殖限界になることを理解する食品会社の担当者

「0.95」を一つの物差しとして覚えておく

食品会社の品質管理担当者が、すべての食中毒菌の最低水分活性を暗記する必要はない。

しかし、私は少なくとも次のような感覚は持っておくと便利だと思う。

aw 0.95前後
→ 多くのグラム陰性食中毒菌が増殖限界に近づく領域

aw 0.90~0.95
→ リステリア、セレウス菌、ウェルシュ菌など、比較的低水分活性に強い菌が重要になる領域

aw 0.85前後
→ 多くの食中毒細菌は増殖できず、黄色ブドウ球菌ではエンテロトキシン産生の下限の目安でもある、食品安全上重要な実務的境界

つまり、

1.00 → 0.95 → 0.90 → 0.85

という簡単な物差しを頭の中に持っておくだけで、水分活性の数字がかなり具体的に見えるようになる。

水分活性は数字を暗記するものではない。

「この数字なら、この菌はどのあたりにいるのか」

という距離感を身につけることが重要なのである。

水分活性0.95を重要な目安として覚えるよう促す食品会社の担当者と、それを聞く女性社員

水分活性の基本事項を学びたい読者は下記記事をご覧ください

📄水分活性と微生物の増殖

参考資料