基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
HACCPは検査と規格を不要にするのか? 理想と現実の構造整理 ― EU食品微生物基準シリーズ第3弾

これまでのシリーズでは、EUの食品安全法体系が「食品安全の基本法」から「衛生パッケージ」、そして「微生物基準規則」へと明確に構造化されていることを見てきた。また、EUでは食品安全基準を病原菌に限定してスリム化し、同時に工程衛生基準という枠組みを新たに設けたことも確認した。

では、なぜEUはこのような制度設計を選んだのか?
その背景には、「HACCPが理想通りに機能すれば、最終製品の微生物検査や規格基準は不要となる」という根本的な思想がある。しかし現実には、HACCPだけでは完全に制御できない製品や工程が数多く存在する。

今回の記事では、EUの制度構造を支えるこの「HACCP万能論」とその限界に注目し、検査との関係性を具体例を交えて検討する。
結論を先に述べれば、HACCPと検査は補完関係のようで、どちらも完全には頼れないという構造的なジレンマが存在する。この曖昧な補完関係を見通すことで、EUの制度設計が持つ深層的な意味、そして日本の制度との対比におけるヒントが得られるはずである。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
なぜEUでは指標菌を食品安全基準から外したのか?日本の微生物規格との違いを解説― EU食品微生物基準シリーズ第2弾 ―

 本記事は、先に掲載した「EUの食品微生物基準を理解する:食品安全基本法から微生物基準規則まで」に続くシリーズ第2弾である。

 日本では、食品の微生物規格に一般生菌数や大腸菌群などの指標菌が含まれているのが一般的である。一方、EUでは食品安全基準の考え方が大きく異なっている。EUの食品安全基準は、食品中の微生物基準を食中毒菌(Salmonella、Listeria など)に特化させており、指標菌は「工程衛生基準」に分類されている。なぜEUではこのような基準が採用されているのか。そして、日本とEUの違いにはどのような意味があるのか。

 本記事では、2004年のEU食品衛生パッケージの導入を振り返りつつ、「なぜEUは指標菌を食品安全基準から外したのか?」という問いに対し、構造的な背景から明快に解説する。この流れを把握することで、日本の微生物規格の現状と、今後のあるべき姿が浮かび上がってくるはずである。

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リステリア
冷凍野菜に潜む危険: スイートコーンとリステリア事件

国際的にリステリア・モノサイトゲネスに関する厳格な規格基準が設定されているのは、消費者が加熱せずにそのまま食べる「Ready to Eat: RTE」食品に限定されています。例えば、冷凍野菜や生鮮野菜のように加熱調理を前提としている食品については、原則として規制の範囲外です。しかし、最近では韓国や中国から輸出されたエノキダケのように、本来は加熱・調理を目的とした食材でも、消費者が生で食べたために食中毒が発生する事例が見られ、これらの食材に対してカナダや米国で厳しい規制がかけられ始めています。この記事では、2015年から2018年にかけて欧州で発生した冷凍スイートコーンによるリステリアの大規模な食中毒事件の概要を紹介し、RTE食品ではない冷凍野菜におけるリステリアリスクの問題に焦点を当てます。

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■ 世界最新ニュース
米国の鶏肉サルモネラ規制、白紙撤回──三年間の流れはなぜ逆転したのか

2022年から始まった米国の鶏肉製品に対するサルモネラ規制強化の流れは、パン粉付き製品への基準適用を経て、生鶏肉全体へと拡大される予定でした。筆者もこれまでブログ記事で順次紹介してきましたが、2025年4月、米国農務省食品安全検査局(FSIS)は生鶏肉全体への新規制案を正式に撤回しました。業界からの反発が理由と説明されていますが、その背後には政権交代による食品安全政策の大きな転換が色濃く見え隠れしています。本稿では、この逆転劇の経緯と背景を整理し、日本企業の品質管理担当者にとっての示唆を考えたいと思います。

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お知らせ
ゴールデンウィーク前後に伴うブログ更新のお休みについて

親愛なる読者の皆様へ、

 いつも当ブログをご愛読いただき、心より感謝申し上げます。

 4月28日(月)と5月5日(月)は、ゴールデンウィーク前後の休暇取得が多く見込まれることから、ブログの更新をお休みさせていただきます。

次回の更新は、5月12日(月)を予定しております。

 皆様の温かいサポートに感謝し、引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。
敬具

東京海洋大学名誉教授 木村 凡

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お知らせ
今週のブログ更新について

この状況をご理解いただき、ご了承いただけますと幸いです。皆様の温かいサポートに感謝し、引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。

敬具

東京海洋大学名誉教授 木村 凡

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
EUの食品微生物基準を理解する:食品安全基本法から微生物基準規則まで

食品の国際取引が活発になる中で、EUの食品安全基準は日本の食品業界にとって無視できない存在となっている。特に、EUの食品微生物基準は、HACCPの実践や輸出入時の品質管理に直結する重要な規則である。

EUの食品安全規則は、一見すると多くの規則が存在するように見えるが、実際には「食品安全の基本法」→「食品衛生パッケージ」→「微生物基準規則」という明確な構造を持っている。

本記事では、この体系をわかりやすく整理し、それぞれの規則の役割を解説する。EUの規則の全体構造を理解したい読者にとって、本記事を読むことで基本的な枠組みを把握できるはずだ。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
EFSAと日本の食品安全委員会の設立背景:BSE危機からの教訓

1990年代にイギリスで発生したBSE危機は、世界中の食品安全政策に革命をもたらした。この記事は、その教訓から生まれたイギリスの食品基準庁(FSA)、ヨーロッパの食品安全機関(EFSA)、そして日本の食品安全委員会の設立背景に迫り、これらの機関がどのようにして食品のリスク評価と管理の新しい標準を設けたかを解説する。

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増殖制御・消費期限
消費期限設定するために、消費者の冷蔵庫温度を何°Cと仮定すべきか?

 欧州連合(EU)では、食品事業者が消費期限を科学的に設定する際、消費者の家庭用冷蔵庫の温度をどのように想定すべきかが大きな関心事となっています。これまで12℃が想定温度の目安とされていましたが、最近の広域調査により、実際の家庭環境を反映した温度として「10℃」が新たに推奨されるようになりました。今回紹介する研究では、欧州16カ国の冷蔵庫温度データを解析し、この「10℃」という数値が、より現実的で妥当な想定値であることが示されています。
※なお、この研究はリステリア菌のリスク評価を想定したShelf-life試験の文脈で実施されていますが、示された冷蔵庫温度データは消費期限設定全般にも応用可能な基礎情報となっています。

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基礎講座ー微生物の増殖条件とその制御
ガス置換包装と微生物増殖の防止:食品の安全性と品質保持のために

食品の品質保持と微生物学的安全性の確保においては、pHの調整、水分活性の管理、保存料の使用、温度管理に加え、ガス置換包装(Modified Atmosphere Packaging, MAP)の適切な導入と制御が極めて重要である。

 特に、包装内部の気相組成の調整と温度管理の併用は、食品の風味や栄養成分を損なうことなく微生物の増殖を抑制できる手段として注目されており、保存期間の延長や廃棄削減といった実務上の利点も大きい。
 本記事では、食品保存技術としてのガス置換包装の基本と、微生物増殖抑制との関係性に焦点を当て、その仕組みと効果、さらには導入時の留意点について解説する。

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