■ 食品微生物の基礎講座
食品微生物学の入門者へむけての基礎講座です。基礎講座全体の目次については、ブログのタブの【全ブログ記事目次】で基礎講座全体の記事目次を確認ください。
WTO/SPS協定とCodex:自由貿易が生んだ“最低ライン”の国際ルール新着!!
食品企業で品質管理や微生物検査に携わる担当者にとって、日々向き合っているのは大腸菌群や一般生菌数、あるいはリステリアといった"数字"である。しかし、なぜ私たちは「世界共通の基準」に従うことが当たり前だと考えているのだろうか。
実は、この「各国がバラバラの基準で貿易を妨げてはならない」「科学的根拠に基づく国際共通ルールで取引すべきだ」という思想そのものが、1929年の世界大恐慌、関税戦争、第二次世界大戦という人類史上最大の悲劇への深い反省から生まれたものなのである。
本稿では、大恐慌から第二次世界大戦へと至る悲劇の連鎖という「前史」から始め、戦後の自由貿易体制がなぜ生まれたのか、そしてCodex AlimentariusとWTO/SPS協定がその思想をどう体現しているのかを解説する。食品微生物の専門知識を持っていても、この国際的な枠組みの歴史的背景を理解していなければ「なぜ世界共通の基準が必要なのか」という根本が見えにくい。
中国の食品微生物規格の本質 ―「行政の一貫性」という思想
中国への食品輸出を検討する際、多くの日本企業が最初に直面する壁が「微生物規格の違い」である。日本では食品衛生法や業界通知に基づいた柔軟な運用(食品特性に応じた基準設定)が一般的だが、中国では「GB規格(国家標準)」がすべての基準の中核をなしている。ここで注意しなくてはならないのは、日本やEU、米国と比べたとき、中国では規格を設計する思想そのものと行政の運用方針の両方が大きく異なるという点である。
以下では、中国の規格体系の構造と、その背後にある考え方を整理し、日本やEUとの対比を通じて実務上の注意点を示す。
なぜ腸管出血性大腸菌だけが牛で、他の4つの下痢性大腸菌は人が宿主なのか?
前記事で、腸管出血性大腸菌(EHEC)の自然宿主はウシなどの反芻動物であり、いっぽう残りの4つの下痢性大腸菌(EPEC、ETEC、EAEC、EIEC)はヒトに適応した系統であると説明した。すると読者から、こんな質問が届いた。
「どうしてEHECだけがウシが自然宿主で、他の4つは人間が自然宿主なんですか?」
これはとても興味深い質問である。食品微生物学を学ぶ者にとって、時には微生物を単なる“敵”としてだけでなく、“進化の時間軸”における生態学的な位置づけを考えることも重要だ。ここでは細かい病原メカニズムではなく、生態と進化の時間軸から、この問いを捉え直してみたい。
大根のイソチオシアネートは殺菌作用があるのに、なぜノロウイルスには効かないのか?
大根には殺菌効果があるとよく言われる。その理由は、大根に含まれる イソチオシアネート という成分の抗菌作用にある。ところが最近、ノロウイルスに汚染された「殺菌効果のあるはずの大根おろし」による食中毒が発生した。「大根には殺菌効果があるはずなのに、なぜウイルスに効かなかったのか?」——本稿では、この疑問に対して ウイルスと細菌の構造的な違い という観点から分かりやすく解説する。
消費期限設定を誤らないために —— 測定結果に潜む『不確かさ』の理解
食品企業にとって、消費期限の延長はSDGsやフードロス削減の観点からも避けて通れない課題である。政府や業界団体からもフードロス削減に向けた具体的な指針が示される中、品質管理担当者は科学的なデータに基づいた厳密な判断を求められている。
しかし、測定結果には必ずばらつきが存在する。基準値をわずかに下回ったからといって、本当に安全と言えるのか。標準偏差、拡張不確かさ、相対標準不確かさ――これらを理解せずに基準値クリアを判断することは、消費期限の設定や延長において重大なリスクにつながりかねない。
本稿では、基準値判定における「測定の不確かさ」をどう捉えるべきかを解説し、平均、標準偏差、拡張不確かさ、相対標準不確かさといった基本概念をシンプルな事例で紹介する。さらに、消費期限設定への応用を視野に、現場で活用できる実践的な視点を提示する。
パスツール殺菌の盲点:ボツリヌスⅡ型菌リスクを見落としていませんか?
63℃30分や75℃1分といったパスツール殺菌条件は、サルモネラやリステリアなど多くの食中毒菌を効果的に殺滅する。しかし、この加熱条件では芽胞を形成するボツリヌスⅡ型菌は死滅せず、Ⅰ型菌と異なり冷蔵庫内(3〜8℃)でも増殖が可能であるため、真空包装やガス置換包装食品では冷蔵保存中にもリスクが残る。この事実は、品質管理担当者にとって意外な盲点である。英国では、このリスクを背景に「10日ルール」が定められ、消費期限とリスク管理が体系的に運用されている。本稿では、英国食品基準庁(FSA)の最新ガイドライン(2020年改訂版)をもとに、ボツリヌスⅡ型菌リスクとその管理方法を解説する。
エノキダケは生野菜なのに、なぜ米国でリコール?― EUとの違いから見える制度設計
米国では、韓国・中国産エノキダケ由来のリステリア食中毒(2020年/2022–23年)以降、州やFDAの検査により毎年のようにリコールが発生している。エノキダケは、日本や韓国、中国では加熱調理を前提とするのが一般的であ […]
あれ?糞便系大腸菌群はどうなった?──三部作の続きとして
これまで、腸内細菌科菌群、大腸菌群、そして大腸菌(E. coli)という三つの指標菌について、EU、米国、日本の制度的な位置づけを比較してきた。読者から、こんな疑問が寄せられた。「日本では、糞便系大腸菌群(fecal coliforms)が規格基準に設定されている食品がいくつもあります。これは国際的にはどうなっているのですか?」日本では、大腸菌群や大腸菌と並んで、糞便系大腸菌群(行政用語としてはブロック体表記E.coli)が現場の“主役”として用いられている。本稿では、その糞便系大腸菌群について、国際的な制度上の位置づけを整理してみたい。
え、まだ出てる?──大腸菌群の“出演過多”と日本制度のリアル
EUではすでに“降板”、米国でも連邦法では乳製品などごく限られた分野に留まっている──。
そんな大腸菌群(Coliforms)が、なぜか日本ではいまも食品衛生の“現役スター”として、あらゆる場面で登場し続けている。本記事では、そうした日本独特の“配役状況”を紹介し、なぜこのような構造が維持されているのかを、制度と歴史の観点から簡潔に整理する。
※本記事では、「俳優」「出演」「舞台」などの比喩を用いながら、制度・運用の違いを視覚的に整理しています。制度的根拠や科学的背景は、各所で明記しています。
EUとは異なる?米国における微生物指標菌の扱い──大腸菌群と大腸菌の立ち位置
前回の記事では、EUにおいて大腸菌(E. coli)が“主役の座”を降板し、腸内細菌科菌群が工程衛生において重要な役割を担っている様子を描いた。
では、米国ではどうだろうか?
実はそこには、日本でもおなじみの大腸菌群(Coliforms)が登場する。EUでは“完全引退”となったこの古株が、乳製品分野で今なお国家制度に裏付けられた現役俳優として活躍している。一方で、EUで主役だった腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)は、米国では限定的な分野にのみ登場しており、制度的には「準レギュラー」の立場にある。
そして大腸菌(E. coli)は、病原性株を除けば“現場対応型の名バイプレイヤー”として多くの工程で信頼されている。
本記事では、EUとはまた異なる“米国版・食品衛生ドラマ”のキャスティング構造を解き明かす。









