■ 食品微生物の基礎講座

食品微生物学の入門者へむけての基礎講座です。基礎講座全体の目次については、ブログのタブの【全ブログ記事目次】で基礎講座全体の記事目次を確認ください。

基礎講座ー微生物の増殖条件とその制御
大根のイソチオシアネートは殺菌作用があるのに、なぜノロウイルスには効かないのか?

 大根には殺菌効果があるとよく言われる。その理由は、大根に含まれる イソチオシアネート という成分の抗菌作用にある。ところが最近、ノロウイルスに汚染された「殺菌効果のあるはずの大根おろし」による食中毒が発生した。「大根には殺菌効果があるはずなのに、なぜウイルスに効かなかったのか?」——本稿では、この疑問に対して ウイルスと細菌の構造的な違い という観点から分かりやすく解説する。

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基礎講座-HACCPと微生物検査
消費期限設定を誤らないために —— 測定結果に潜む『不確かさ』の理解

食品企業にとって、消費期限の延長はSDGsやフードロス削減の観点からも避けて通れない課題である。政府や業界団体からもフードロス削減に向けた具体的な指針が示される中、品質管理担当者は科学的なデータに基づいた厳密な判断を求められている。

 しかし、測定結果には必ずばらつきが存在する。基準値をわずかに下回ったからといって、本当に安全と言えるのか。標準偏差、拡張不確かさ、相対標準不確かさ――これらを理解せずに基準値クリアを判断することは、消費期限の設定や延長において重大なリスクにつながりかねない。

 本稿では、基準値判定における「測定の不確かさ」をどう捉えるべきかを解説し、平均、標準偏差、拡張不確かさ、相対標準不確かさといった基本概念をシンプルな事例で紹介する。さらに、消費期限設定への応用を視野に、現場で活用できる実践的な視点を提示する。

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基礎講座ー消費期限・賞味期限
パスツール殺菌の盲点:ボツリヌスⅡ型菌リスクを見落としていませんか?

63℃30分や75℃1分といったパスツール殺菌条件は、サルモネラやリステリアなど多くの食中毒菌を効果的に殺滅する。しかし、この加熱条件では芽胞を形成するボツリヌスⅡ型菌は死滅せず、Ⅰ型菌と異なり冷蔵庫内(3〜8℃)でも増殖が可能であるため、真空包装やガス置換包装食品では冷蔵保存中にもリスクが残る。この事実は、品質管理担当者にとって意外な盲点である。英国では、このリスクを背景に「10日ルール」が定められ、消費期限とリスク管理が体系的に運用されている。本稿では、英国食品基準庁(FSA)の最新ガイドライン(2020年改訂版)をもとに、ボツリヌスⅡ型菌リスクとその管理方法を解説する。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
エノキダケは生野菜なのに、なぜ米国でリコール?― EUとの違いから見える制度設計

 米国では、韓国・中国産エノキダケ由来のリステリア食中毒(2020年/2022–23年)以降、州やFDAの検査により毎年のようにリコールが発生している。エノキダケは、日本や韓国、中国では加熱調理を前提とするのが一般的であ […]

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基礎講座ー指標細菌
あれ?糞便系大腸菌群はどうなった?──三部作の続きとして

これまで、腸内細菌科菌群、大腸菌群、そして大腸菌(E. coli)という三つの指標菌について、EU、米国、日本の制度的な位置づけを比較してきた。読者から、こんな疑問が寄せられた。「日本では、糞便系大腸菌群(fecal coliforms)が規格基準に設定されている食品がいくつもあります。これは国際的にはどうなっているのですか?」日本では、大腸菌群や大腸菌と並んで、糞便系大腸菌群(行政用語としてはブロック体表記E.coli)が現場の“主役”として用いられている。本稿では、その糞便系大腸菌群について、国際的な制度上の位置づけを整理してみたい。

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基礎講座ー指標細菌
え、まだ出てる?──大腸菌群の“出演過多”と日本制度のリアル

EUではすでに“降板”、米国でも連邦法では乳製品などごく限られた分野に留まっている──。
そんな大腸菌群(Coliforms)が、なぜか日本ではいまも食品衛生の“現役スター”として、あらゆる場面で登場し続けている。本記事では、そうした日本独特の“配役状況”を紹介し、なぜこのような構造が維持されているのかを、制度と歴史の観点から簡潔に整理する。

※本記事では、「俳優」「出演」「舞台」などの比喩を用いながら、制度・運用の違いを視覚的に整理しています。制度的根拠や科学的背景は、各所で明記しています。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
EUとは異なる?米国における微生物指標菌の扱い──大腸菌群と大腸菌の立ち位置

前回の記事では、EUにおいて大腸菌(E. coli)が“主役の座”を降板し、腸内細菌科菌群が工程衛生において重要な役割を担っている様子を描いた。

では、米国ではどうだろうか?

 実はそこには、日本でもおなじみの大腸菌群(Coliforms)が登場する。EUでは“完全引退”となったこの古株が、乳製品分野で今なお国家制度に裏付けられた現役俳優として活躍している。一方で、EUで主役だった腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)は、米国では限定的な分野にのみ登場しており、制度的には「準レギュラー」の立場にある。

 そして大腸菌(E. coli)は、病原性株を除けば“現場対応型の名バイプレイヤー”として多くの工程で信頼されている。

本記事では、EUとはまた異なる“米国版・食品衛生ドラマ”のキャスティング構造を解き明かす。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
日本の食品微生物規格は遅れがち? では、食中毒発生率は?

これまでの記事では、日本の食品微生物規格がHACCP導入後も昭和期の製品検査型の枠組みを引きずっていること、そしてEUではHACCPに連動したリスクベースの規格が確立されていることを紹介してきた。
制度の整備状況だけを見れば、日本は国際的に大きく遅れているように映る。

 しかし、2023年の最新データをもとに実際の食中毒発生率を比較してみると、むしろ日本の方がEUよりも低いという興味深い結果が見えてきた。

 本記事では、その背景にある構造的・制度的な違いを再確認しつつ、「制度の遅れ」と「統計上のリスク低さ」がなぜ同居しているのかを考察していく。
 サルモネラ症、腸管出血性大腸菌感染症(STEC)、リステリア症を中心に、100万人あたりの発生率を比較し、補足としてカンピロバクター症のデータも取り上げる。

制度の優劣は、そのままリスクの大小に結びつくのか?――その答えを、データから読み解く。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
HACCPを導入しても日本の微生物規格はこのままでいいのか?—昭和の基準を残したまま制度が機能するのかを問う

以前の記事(シリーズ第2弾、3弾)で紹介したように、EUでは2005年にHACCPを制度の中核に据えた際、各国にバラバラに存在していた微生物規格基準を整理し、病原菌に特化したシンプルな食品安全基準へと再構成した。

 一方、日本では2021年にHACCP制度が義務化されたものの、それに合わせた微生物規格基準の見直しは行われず、依然として昭和期に設計された基準がそのまま残されている。

 本記事では、HACCP制度だけが導入され、基準が取り残されたという構造的な問題点について、改めて整理しておきたい。その背景や理由を追及するのではなく、現在の制度がどうなっているのか、どこに論理的なズレがあるのかを明確にしておくことが目的である。

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基礎講座ー食品安全性における微生物の国際基準・規格
日本に工程衛生基準は必要か?HACCP運用とのバランスを考える― EU食品微生物基準シリーズ第4弾

 日本では2021年6月にHACCPが完全義務化されたが、工程衛生基準のような補助的な仕組みは導入されていない。一方、EUではHACCPの補助的な手段として「工程衛生基準」を活用し、全体の衛生管理を補完している。では、日本も工程衛生基準を導入すべきなのか?それとも、HACCPのみで管理を続けるべきなのか?本記事では、日本のHACCP運用の現状と課題を整理し、工程衛生基準の導入が日本の食品業界にとって有益かどうかを考察する。

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