厚生労働省が、生食用鶏肉の衛生管理に関する全国的なガイドラインを策定する方針であることが、2026年7月2日にNHKで報じられました。ガイドラインの具体的な内容はまだ明らかになっていませんが、食品会社の品質管理担当者の間でも、生食用鶏肉とカンピロバクターへの関心が高まっているのではないでしょうか。
そこで今回は、ガイドラインそのものの解説ではなく、鶏肉に関連した少し珍しい症例報告を紹介します。一人の患者が、鶏肉に関係する代表的な二つの食中毒菌、カンピロバクターとサルモネラに同時に感染した事例です。東京都立多摩総合医療センターの医師らが報告したものです。
Asatori D. and Shimada K.
There's not always one enemy: Co-infection of campylobacter jejuni and non-typhoidal salmonella in a patient with systemic lupus erythematosus
Clin Case Rep. 2022 Nov 15;10(11):e6515. doi: 10.1002/ccr3.6515. eCollection 2022 Nov.Open access
カンピロバクターとサルモネラに同時感染
全身性エリテマトーデス(SLE)を患う22歳の女性が、頭痛、悪寒、嘔吐、腹痛、発熱、水様性下痢などの症状を訴え、東京都立多摩総合医療センターの救急外来を受診しました。SLEは、免疫系が自分自身の組織を攻撃してしまう自己免疫疾患です。この女性はSLEの治療のため、ステロイドや免疫抑制薬などを使用していました。

食歴を調べたところ、受診の5日前に焼き鳥を食べていたことが分かりました。

喫食から発症までの期間などから、医師たちはカンピロバクターまたはサルモネラによる細菌性腸炎を疑いました。
そこで、便のグラム染色と便培養が行われました。
便のグラム染色では、カンピロバクターを強く疑わせる、らせん状のグラム陰性桿菌が認められました。そのため、まずカンピロバクター腸炎と診断されました。
ところが、その後、便培養から検出されたのはサルモネラでした。さらに、入院時に採取されていた血液の培養からは、カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)が検出されました。すなわち、この患者はカンピロバクターとサルモネラの両方に感染していたことになります。

一つの検査だけでは分からなかった
この症例の興味深い点は、検査方法によって異なる菌が見つかったことです。
- 便のグラム染色では、カンピロバクターを示唆する菌が認められた
- 便培養では、サルモネラが検出された
- 血液培養では、カンピロバクター・ジェジュニが検出された
一方、便培養からカンピロバクターは検出されませんでした。
仮に便培養の結果だけを見ていれば、サルモネラ単独の感染と判断されていた可能性があります。反対に、最初の便のグラム染色だけで判断していれば、サルモネラの感染を見落としていたかもしれません。
論文のタイトルである、
There’s not always one enemy.
すなわち、「敵はいつも一つとは限らない」という言葉が、この症例の特徴をよく表しています。

免疫抑制状態で菌血症を起こす
この女性には、アジスロマイシンが3日間投与されました。腹痛や嘔吐は改善し、発熱も次第に収まったため、入院5日目に退院しました。しかし退院から4日後、入院時の血液培養からカンピロバクター・ジェジュニが検出されたことが判明しました。そのため患者は再び外来を受診し、血液培養を再検査するとともに、さらに14日間のアジスロマイシン治療を受けました。その後の血液培養は陰性で、症状の再燃もありませんでした。
一般にカンピロバクター食中毒は腸炎として発症し、自然に回復することもあります。しかし、免疫抑制状態にある患者では、カンピロバクターが腸管内にとどまらず、血液中に侵入して菌血症を起こすことがあります。今回の患者も、SLEの治療によって免疫機能が抑えられていたことが、カンピロバクター菌血症を起こした重要な要因と考えられました。

まとめ
今回紹介したのは、焼き鳥を食べた後に、カンピロバクターとサルモネラの両方に感染した患者の症例です。鶏肉の食中毒というと、現在はカンピロバクターに注目が集まりがちです。しかし、鶏肉が保有する可能性のある病原菌はカンピロバクターだけではありません。サルモネラなど、複数の病原菌に同時に曝露される可能性もあります。
今後、生食用鶏肉に関する全国的なガイドラインが整備されれば、事業者側の衛生管理が一段と進むことが期待されます。ただし、ガイドラインはリスクを低減するためのものであり、生の鶏肉を「安全な食品」に変える魔法の仕組みではありません。現在の食鳥処理や加工技術によっても、カンピロバクターやサルモネラのリスクを完全にゼロにすることは困難です。
特に、免疫抑制治療を受けている人、免疫機能が低下している人、高齢者などでは、通常の腸炎にとどまらず、今回のように菌が血液中に入り込んで重症化する可能性があります。ガイドラインが整備されたとしても、こうしたハイリスクの人々は、鶏刺し、鶏のたたき、加熱の不十分な焼き鳥など、生または十分に加熱されていない鶏肉を避けることが重要です。

