ノロウイルスの症状は通常、軽症で、感染者の多くは完治し、長期の後遺症はないとされています。しかし、65歳以上の高齢者の場合は、ノロウイルス感染により、死亡するケースもあります。では、ノロウイルスによってどれぐらいの人数の高齢者がなくなっているのでしょうか?実は、これに関する統計は国際的にあまり存在していません。そこで、英国健康保護局のハリス博士らは、ノロウイルス感染によるを高齢者(65歳以上)の死亡数を推定しました。
Deaths from Norovirus among the Elderly, England and Wales
Emerg Infect Dis 14(10): 1546–1552(2008)
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感染症に関連する死亡者数を推定することは困難です。感染症に起因する死亡は、死亡診断書上では過小報告される傾向にあります。検査報告書には検出された病原体が記録されていますが、死亡やその他の後遺症といった長期的な結果が記録されることはほとんどありません。英国においても、ハリス博士らのこの研究は発表されるまで、ノロウイルス感染症による死亡者数を推定する公表データはありませんでした。
博士らは、イングランドおよびウェールズにおける 65 歳を超える人の消化器疾患(特にノロウイルス)に関連する死亡数を 2001~2006 年に推定しました。
解析法法の概要は次の通りです
- 死亡統計は 国家統計局(ONS)によるイングランドおよびウェールズの地方登録機関の死亡登録に基づき作成しました。
- 2001年から2006年にかけて、65歳以上の死因のうち腸管感染症の記録の記載がある死亡者を抽出しました。非感染性腸疾患によると思われる死因についても同様の検討を行いました。
- 感染者の糞便サンプル中の消化管病原体の月別カウントと、感染性および非感染性腸疾患による死亡の月別件数に回帰させることにより、消化器系関連死亡件数を推定しました(月別の死亡者数を、ポアソン分布としてモデル化しました)。
- 各月の死亡者数は、病原体の回帰モデルの係数に、その病原体の月別検査報告数を乗じることによって推定されました。
解析結果の概要は次の通りです。
- 解析した期間において、感染性腸疾患による65歳以上の死亡の20%(13.3%~26.8%)がノロウイルス感染に関連していました(ただし、Clostridium difficileによる死亡例は除く)。
- また、非感染性腸疾患による死亡の13%(7.5%~18.5%)がノロウイルスに関連していたことが示唆されました。
- 本研究の6年間で、ノロウイルスに起因すると考えられる65歳以上の死亡者数は453人(感染性ID228人、非感染性ID225人)でした。平均すると、英国の65歳以上の年齢層では毎年80人がノロウイルス感染に関連して死亡していると推定されました。
ノロウイルスは通常、軽症考えられており、感染者の多くは完治し、長期の後遺症はないとされています。しかし、今回の調査では、65歳以上の高齢者がノロウイルスに感染した結果、死亡するリスクがあることが示されました。
英国でも、65 歳を超える人口の割合が増加する高齢化社会に突入しています。博士は今後、ノロウイルス感染による高齢者の死者の割合が増え続けていくと予想をしています。
一方、日本での厚生労働省の統計を見ると、平成21年から令和3年までの13年間でノロウイルスによる死亡者はゼロが続いています。
ただし、同じく厚生労働省のQAでは、必ずしも日本でもノロウイルス感染による死者がゼロではないことを示しています。このQAでは次のように記載されています。
- 病院や社会福祉施設でノロウイルスの集団感染が発生している時期に死者が出たことある。
- もともとの疾患や体力の低下などにより介護を必要としていた方などが亡くなった場合、ノロウイルスの感染がどの程度影響したのか見極めることは困難である。
- 吐いた物を誤嚥することによる誤嚥性肺炎や吐いた物を喉に詰まらせて窒息する場合など、ノロウイルスが関係したと思われる場合であっても直接の原因とはならない場合もある。
英国で毎年80人の65歳以上の高齢者が死亡し、日本ではゼロというのは、やはり不自然です。
今回紹介した英国のレポートのような詳細な統計解析は、日本では行われていませんが、日本でも英国と同様に、一定数の高齢者のノロウイルス死者が毎年出ている可能性があると考えておいた方が良さそうです。
消費者に食品を提供する業界は、ノロウイルス感染では死なないと考えることは危険だということを認識しておく必要があるでしょう。