一般に細菌は凍結と誘拐を繰り返すと、細胞損傷を起こし、徐々に死滅していきます。ノロウイルスの場合はどうでしょう?ヒトノロウィルスは培養方法が確立していないこともあり、凍結融解を繰り返した時の死滅や感染力についての評価データは殆ど存在していませんでした。そこで、米国農務省農業研究所のリチャード博士がこれを実験してみました。

Resilience of norovirus GII.4 to freezing and thawing: implications for virus infectivity
Food Environ Virol 4(4):192-7 (2012)

 冷凍食品によるノロウイルス食中毒としては、2012年にドイツの小学生や幼稚園の児童1万人以上が中国から輸入した冷凍イチゴによって集団感染した事例が有名です。この食中毒はドイツ史上最悪の食中毒となってしまいました。この事件の章しい説明は、以下の記事をご覧ください。

冷凍イチゴを感染経路としたドイツ児童の大規模食中毒事例

 食品を冷凍した場合、或いは解凍と冷凍を繰り返した場合に、ノロウイルスの感染力はどうなるのでしょうか?細菌の場合、凍結過程による水分活性の低下、脱水作用により、凍結融解を繰り返すと、細胞は損傷を起こし、最大1桁から2桁程度の生菌数レベルの減少ではありますが、徐々に死滅して行きます。詳しい記事が下記にまとめてありますので、ご覧ください。

冷凍と微生物の死滅

冷凍いちごの写真

 さて、ノロウィルスの場合はどうでしょうか?

 リチャード博士の行った凍結融解実験の概要は次のとおりです。

  • 実験には感染患者の便のノロウイルスを用いました。 ノロウイルスを高濃度で含む便を用い、すべての便はGII.4 NoV (New Orleans)注)を含むことを塩基配列で確認しました。

注)GII.4 ノロウィルスとは世界で流行中のノロウィルスの遺伝子型です。

  • 実験1(長期間冷凍実験)では、14本の500μlチューブに225μlのろ過したヒトノロウイルスストック液(感染患者の糞便由来)をそれぞれ接種し、-80℃の冷凍庫に入れた。サンプルは-80℃で最大120日間保存し、室温(約22℃)で1回、ゆっくり(30分)解凍した後、チューブから、ウイルスRNA抽出とRT-PCRによる分析を行ないました。
  • 実験2(凍結融解繰り返し実験)では、14本のチューブの同様に接種した試料は、-80℃で凍結し、毎週1回のペースで、室温でゆっくりと解凍することを14週間にわたって繰り返しました。指定されたF/Tサイクルの回数に達したチューブから、ウイルスRNA抽出とRT-PCRによる分析を行ないました。
凍結や凍結融解サイクル実験の実験デザイン

 なお、凍結融解後のノロウイルスの感染力を確かめるためにムチン結合試験も実施しました。感染力を保持したノロウィルスは、非感染性キャプシドよりもムチン結合ビーズに対してより大きな結合親和性を持っているからです。その実験方法は次のとおりです。

  • 豚胃ムチン結合磁気ビーズを、調製しました。磁気ビーズアトラクターを用いて、豚胃ムチン結合磁気ビーズに結合したヒトノロウィルスと結合していないヒトノロウイルスを分離しました。それぞれの画分について、ウイルスRNA抽出とRT-PCRによる分析しました。
ノロウィルスが宿主に付着している

実験結果の概要は次のとおりです。

  • 1~14回の凍結融解サイクル(-80℃/+22℃)後、または、-80℃で最長120日間保管後のキャプシドの完全性とウイルスRNAの残存率をリアルタイムRT-PCRで測定した結果、いずれの場合も、キャプシドの完全性とウイルスRNAの力価は安定したままでした。また,凍結融解サイクルを1~14回繰り返した後にRNaseを添加しましたが,検出されたゲノムNoV RNA量に変化はなく,キャプシドが無傷であることが示されました。
  • ブタ胃ムチン結合試験により,ノロウィルスの感染性を評価した結果、14回まで凍結融解したウイルスでもブタ胃ムチンとの結合力に変化しませんでした。つまり、ウイルス感染性の低下は認められませんでした。

 本研究により、次のことが結論されました。

  • 長期間(120日間)の冷凍保存によりヒトノロウイルスRNA力価は低下しない。
  • ヒトノロウイルス粒子は少なくとも14回のF/Tサイクルに渡って完全性を維持する。
  • 受容体様糖タンパク質部位へのキャプシド結合は14回のF/Tサイクル後も変化しない。
ノロウイルスは凍結融解の繰り返しでは死なない

 ヒトノロウィルスに対する複数の凍結解凍の影響を評価したのは博士らの研究が初めです。過去に人のウィルスの代替ウイルスであるネコカリシウイルスを用いた研究では、凍結融解サイクルによって、ウイルスの感染力が低下することが示されています(Duzierら、2004)。しかし、今回は博士らはヒトノロウィルスで実験を行っています。博士らはネコカリシウイルスなどの代替ウィルスはヒトノロウィルスの環境耐性の実態を反映していない可能性があるとしています。今回、ヒト人ノロウイルスを用いた実験では、長期凍結や凍結融解の繰り返しはキャプシドの完全性やRNA力価に影響を与えないことがわかりりました。

 以上から、食品や飲料の凍結・解凍は、ノロウィルス汚染を減らすための実用的な加工介入策にはならない結論しています。

人ノロウィルスは冷凍では感染力が低下しない

 冷凍食品によるノロウイルス食中毒を防ぐためには、冷凍する前の衛生管理が重要となります。