食品や包材から新型コロナウイルスが果たして感染するかについては科学的なデータが不足しています。 2022年、食品や包装材料からの新型コロナウイルスの感染に関して、2論文が発表されました。一つは食品や食品包材からの感染伝播の可能性が低いことを示した論文です。もう一つは中国で実際に輸入された冷凍食品から感染が起きた可能性を示唆した論文です。2つの論文からは相反する結論が導き出されています。本記事では、これらの論文の要旨を紹介します。

FAOの見解(2021年8月時点)-新型コロナウイルス感染が食品や食品包装によって広がる可能性は低い

 まずは2021年8月の時点での国際連合食糧農業機関 - Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO)の見解から整理しておきます。

 FAOは2021年8月、食品や食品包材からコロナ感染のリスクを示す科学的なデータは存在せず、したがって、食品や食品包材からのコロナ感染は食品安全の重大な懸念事項にはならないと公表しています。

COVID-19: Guidance for preventing transmission of COVID-19 within food businesses-Updated guidance  

冷凍の魚を扱う工場労働者の手

FAOの見解公表後、 2022年4月と7月にこの問題に関する2つの重要論文が出版されました。以下に紹介します。

論文1( 2022年4月出版):食品および包装材料からから新型コロナの感染力は低い

 1つ目の論文は、スイスを本拠地とするネスレ社のブトー博士ら米国微生物学会のAppl Environ Microbiol誌に2022年 4月に発表した論文です。

Data on Transfer of Human Coronavirus SARS-CoV-2 from Foods and Packaging Materials to Gloves Indicate That Fomite Transmission Is of Minor Importance
Appl Environ Microbiol. 2022 Apr; 88(7): e02338-21.

 食品および包装材料から新型コロナウイルスSARS-CoV-2の感染の可能性は低いと結論した論文です。

 ブトー博士らは、食品(レタス、ハム、菜食主義者肉代替品)および包装材料(段ボール、プラスチック)から手袋へのSARS-CoV-2の移行率を、湿潤、乾燥、および冷凍ウイルス接種剤を用いて定量的に制御し、手袋から手袋への移行率を評価しました。

実験方法の概要は以下の通りです。

  • 実験には、ジュネーブ大学病院 新興ウイルス感染症センターにより提供されたSARS-CoV-2を用いました。
  • 実験に用いた食品は、バターヘッドレタス、調理済みハム、菜食主義者用代用肉製品(ミートボールに似ているが、大豆および小麦タンパク質がベース)です。

 実験は、汚染された食品または包装表面に触れた人が、その後顔に触れることによる食品や食品包材からのウイルス感染を模倣するように設計しました。そのために、2つの移行実験を行いました。

  • 最初の移行実験は、コロナウィルスを接種した食品または包装材面を、手袋、すなわち受容面(手)に接触させるというものです。安全上の理由からボランティアの手を使用することができないため、手の代わりに手袋を使用しました。
  • 2回目の移行実験では、手から顔への移行を模擬しました。コロナウィルスを接種した手袋を、別の手袋(顔の代替)に接触させました。

 累積移行率(食品や包材からヒトの顔への移行率)は、❶食品または包装材から手袋への移行実験と、❷手袋から別の手袋(人の顔の代用品)への移行率と合わせて算出しました。

ダンボールや食品から手を介して工場労働者に感染する可能性を示すイラスト
  • 食品や食品包材から手袋や顔への移行データは、"湿った状態"、"乾燥状態"、"冷凍状態 "という異なる現実的なシナリオで作成しました。"湿った状態"実験は、室温でドナーの表面にウイルスを接種した後に直接行われた移殖であり、接種物がまだ湿っていることを想定した実験です。"乾燥状態"実験は、接種したドナーを室温で1時間保存した状態で行った移し替えで、接種物が乾燥している状態での実験です。"冷凍状態 "実験は、室温で接種したドナー表面を、接種直後に-20℃で24時間凍結して行われた移植に相当する実験です。

実験結果の概要は次のとおりです。

  • 最も累積移行率が高かったのはレタスで4.7%、次いでハムで3.4%、代用肉製品で1.3%でした。
  • 代用肉製品では、湿った状態でので累積移行率(1.3%)は,凍結での累積移行率(0.0011%)よりも有意に高い結果を得ました。
  • プラスチックおよび段ボールについても同様に累積移行率を測定して結果、コロナウィルスの移行は、乾燥状態では観察されませんでした。また、冷凍段ボールからの累積移行率も非常に低い値となりました(0.035%)。
湿ったダンボール、乾燥したダンボール、冷凍したダンボールからのコロナの移行率
  • 一方、湿潤状態のプラスチック製包装材で最も高い累積移行率(3.0%)を示しました。
湿ったプラスチックペットボトルの表面からのコロナウイルスの移行

博士らの行った実験により、博士らは次のように結論しました。

  • 食品または食品包装材が感染伝播に果たす役割は小さい。
  • SARS-CoV-2の移行は、湿潤条件下(wet)でのほうが、乾燥条件下(dry)よりも高い。

 博士らは、コロナウイルスの用量反応モデルがないため、これらの低い移行率が感染量以下のウイルス量につながるかどうかを確実に判断することは、現在のところ不可能であるとしながらも、食品や食品包装において想定できるほとんどのケースの場合は、付着したウイルスが乾燥にさらされる可能性があるため、食品や食品包材からの感染のリスクは低いと結論しています。

論文2( 2022年6月出版):輸入冷凍食品からコロナ感染起きた可能性高い(中国)

 一方、中国におけるコロナウイルスアウトブレイクが実際に中国に輸入された冷凍食品から起きたことを示す論文がChina CDC Weekly上に2022年6月に出版されました。

COVID-19 Outbreaks Linked to Imported Frozen Food in China: Status and Challege
China CDC Weekly,  2022, 4(22): 483-487

中国国家食品安全リスク評価センターのワン博士らのレポートです。中国CDCに個別にに報告されたレポートの概要をまとめた全体レポートの形となっています。

調査方法の概要は次のとおりです。

  • データはすべて中国国務院合同予防管理機構から入手しました。

 中国はSARS-CoV-2に対応するため、2020年初頭に国務院合同予防管理機構を設立しました。中国国務院合同予防管理機構は、中央レベル(または省・地方レベル)の複数省庁の調整機構および作業プラットフォームです。合計32の部門が関与しています。この共同メカニズムは、COVID-19パンデミックに関するデータ収集と情報公開を担当しています。ビッグデータの収集と整理、疫学的調査、発生源とウイルス源の追跡、ワクチン接種、プレスリリースなどを行っています。

調査結果の概要は次のとおりです。

 調査期間内に全体で37件のCOVID-19アウトブレイクと5,741人の感染者が報告されました。そのうち7件、689人の感染者が輸入冷凍食品と関連していることが明らかになりました。

個別事例解析の概要は次の通りです。

  • 2020年6月に北京のXinfadi 市場で発生したアウトブレイクの調査では、同社の冷蔵倉庫にあるオリジナルの密封パッケージのサーモンから採取した5つのサンプルがSARS-CoV-2陽性であることが判明しました。市場以外の初期の独立した感染チェーンは見つからず、Xinfadi市場が唯一の発生源であることが示されました。特筆すべきは、市場外に位置する新発地市場独自の輸入食品サプライヤーである同社の保冷庫で密封されたままのサーモンから採取した表面拭き取りサンプル5個がSARS-CoV-2陽性であったことです。魚の綿棒に含まれるウイルスは、少なくとも7つの変異をXinfadi 市場のものと共有していました。ただし、食品サンプルからは活性ウイルスと感染性ウイルスは分離されませんでした。
  • 北京発生の翌月、2020年7月に大連で発生したアウトブレイクは、輸入冷凍食品に関連していました。SARS-CoV-2に汚染された冷凍タラの外包装に接触し、運搬作業者が感染したと考えられました。ここでも、食品サンプルからは活性ウイルスと感染性ウイルスは分離されませんでした。
  • その後、青島で輸入冷凍タラを同じ貨物船で2つの別々の保管倉庫で10時間輸送した港湾労働者2名が感染したと報告されました。この2名はCOVID-19の高リスク地域には行ったことがなく、COVID-19患者や海外旅行者との接触歴もありませんでした。彼らは作業中にマスクを外し、手を洗わずにタバコを吸っていました。しかし、同時に冷凍タラを扱った他の69人の港湾労働者はマスクを外しておらず、感染もしませんでした。この事例では、冷凍タラの汚染された外箱サンプルから、活性型SARS-CoV-2サンプルが分離されました。ウイルス遺伝子配列の比較から、感染した港湾労働者から分離されたウイルスは輸入冷凍タラの外箱から分離されたウイルスと遺伝子型が同一であり、SARS-CoV-2に汚染された輸入冷凍タラの外箱が青島でのCOVID-19流行の発生源であることがさらに示されました。
  • 2020年11月に天津市で発生した2件のコロナウイルス感染の最初の感染者は、輸入冷凍食品の汚染された外包装に密着した、あるいは冷凍食品の取り扱い中にウイルスに汚染された環境にさらされた運搬作業者でした。
  • 2020年12月に大連で発生したCOVID-19の再流行も、輸入冷凍食品貨物の取り扱いによる感染した港湾労働者が発端となり、さらに大規模な地域内感染が誘発されだと推測されました。
  • 2021年5月に発生した遼寧省営口市と安徽省六安市のCOVID-19集団感染につながったウイルス配列は、2020年7月に発生した大連市のCOVID-19集団感染株と高い遺伝子的相同性を示しました。さらなる疫学調査により、2020年7月に大連でCOVID-19の流行を引き起こした輸入冷凍タラの外装材に付着したウイルスが、営口と六安の流行の発生源でもあることが示されました。これらのSARS-CoV-2に汚染された冷凍タラは、2020年7月から大連で11ヶ月近く冷蔵保存されていましたが、それでも取り扱い時に作業者に感染したと考えられます。このことから、SARS-CoV-2は-18℃の低温で長期間(少なくとも11ヶ月)感染力を維持できることが明らかとなりました。
中国において輸入冷凍食品を起因としてコロナ感染したと考えられる主な事例

 ワン博士らのレポートでは、冷凍食品から得られたウイルスのゲノム配列は、症例のものと同一であったものの、青島事例以外では、感染性ウイルスは分離ができていません。このことから、ワン博士らは、青島事例以外では、PCR法で検出されたウイルスが実際に人に感染をを引き起こしたという直接的な証拠は提示できていないとしています。しかし、これらの複数事例における状況的なエビデンスからは、冷凍食品がSARS-CoV-2の経路として働き、国や地域間でのウイルス伝播のリスクをもたらす可能性が高いと推察しています。

 具体的には、ー20℃以下の冷凍倉庫や冷蔵貨物室で数時間作業する場合,作業者を効率的に保護することは困難であるとしています。汗や深呼吸でマスクやシールド、ゴーグルに氷が付着するため、防護設備の効果が低下し、マスクを外して呼吸をするようになり、外装材に付着したウイルスに感染する確率が高くなる可能性があるとしています。また、高湿度で換気の悪い環境での冷凍食品の取り扱いや加工、販売時に発生するエアロゾルが多く、人から人へのCOVID-19の感染を促進する可能性が高いとしています。

中国の冷凍食品を扱う食品工場労働者がコロナ感染に気を付けるべきだと注意している写真

 結論として、輸入冷凍食品に接触した取扱者や加工業者は,効果的な自己防衛を行い、COVID-19の臨床症状を毎日監視し,定期的にPCR検査を行う必要があるとしています。

まとめ

 論文1のデータからは、食品や食品包材からのコロナウイルス感染のリスクが定量的にどのぐらい高いのか(現実的に起き得るのか)について、実験上では低いことが分かりました。もちろん、これらの実験も一つの人工的な条件で行っていますので、感染リスクが完全にないとは言いきれないでしょう。

 一方、論文2で紹介したように、中国CDCが公表したデータから、冷凍食品から作業運搬車などへの感染の可能性は否定できないようです。ただし、これについても、冷凍食品を扱う作業場での労働環境や作業者の食品衛生教育の熟度などによっても感染リスクが異なってくると考えられます。また、日本をはじめ、世界のほとんどの国ではすでに市中にコロナウイルスが拡散しています。国際的な人の移動も行なわれています。このような状況の中では、輸入冷凍食品からの感染リスクへに特化しての注目度は、ゼロコロナ対策をとっている中国とは、異なってくるかもしれません。

 結論として、食品や食品包材からのコロナウイルスの感染リスクを過大評価することなく、一方で、手袋マスクなど食品衛生の基本をしっかりと守って食品を扱っていくことが重要でしょう。

 また、ここで示した2つのレポートは、急速に増加しているフードデリバリーなどによる間接感染リスクなどを考えるうえでも、参考になる論文です。

食品デリバリー業者に対して、お客がコロナ感染を心配している。