ノロウイルスは手洗いを怠った感染者が触れた生活空間の固体表面から感染します。また、呼吸系の感染症は鼻粘膜に汚染された指との接触で広がります。日常生活の中で、私たちはどれほど頻繁に固体表面に触れた手で顔の粘膜に触れているのでしょうか?この記事では、これらの接触頻度について統計的に整理された論文を紹介します。

はじめに

 人が自分の顔を触る行動は、人類の進化の過程で生まれたものです。二足歩行になり前足が自由になったことで、手を顔に持っていくという行動が可能になりました。目をこする、鼻を掻く、口や顎に指を添える、手の上に顎を乗せる(「ロダンの考える人」)などは、霊長類におけるフェイスタッチの特徴的な行動パターンです。

二足歩行をする原始人のイラスト。笑顔で指を目元に当てながら、「二足歩行で手が自由になったから、ここ、さわれるようになったぜ」と話している吹き出し付き。背景には自然の風景とオオカミが描かれている。

 しかし、この本能的な行動がノロウイルスや呼吸系感染症ウィルスの感染を促進する可能性があります。

 ノロウイルスや呼吸系の感染症ウィルスによる感染は、感染者の手指が生活環境の様々な表面に接触し、それを別の人が触ってからTゾーン(目、鼻、口の区域)に触れることで起こることがあります。Tゾーンは粘膜で覆われており、外部からのウイルスや細菌が入りやすい脆弱な箇所です。下の図に示すように、これらの箇所の目と鼻と口を線で結びつけると、ローマ字の大文字のTのようになるため、Tゾーンと呼ばれます。

顔のイラストに「目」「鼻」「口」と書かれ、Tゾーンを示す部分が青く強調されている。Tゾーンは感染リスクが高い領域であることを説明するための図。下部に「感染リスクのあるTゾーン」とのテキストが記載されている。

 ノロウイルスに限らず、インフルエンザやコロナウイルスなどの感染を防ぐためには、頻繁に手を洗うことと、人との距離を保つことが基本です。しかし、日常生活において頻繁に手を洗える環境にないことも多いです。そのため、自分の手を顔のTゾーンに持っていかないよう注意することが重要です。

手が顔に触れる頻度の調査

 ニュージーランドのオークランド大学のラーマン博士らは、人々がどれくらいの頻度でTゾーンに手を触れているかを調査しました。博士らは、過去の論文を精査し、データベース検索とその他の情報源(雑誌、ニュースレター、タブロイド紙など)を通じて、合計96,871件の研究を検索し、重複を除外した結果、8,928件のレビューをスクリーニングの対象としました。最終的に、求める情報が含まれていると判断された1973年から2019年の間に発表された10件の論文をを選択して情報を整理しました。

 10件の研究のうち6件が米国 、1件が英国 、1件がオーストラリア 、1件が日本 1件 は日本(大阪大学)と英国(カーディフ大学)で行われたものです。

How Frequently Do We Touch Facial T-Zone: A Systematic Review
Ann Glob Health. 2020; 86(1): 75.

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 多くの論文では、大学生が講義中に無意識に取る行動をビデオ観察していました。

大学の講義室で講義を受ける学生たちをビデオ撮影しながら観察する研究者。研究者の横にいる人物が「また触ってる」と吹き出しで発言しており、学生の顔に触れる行動を記録している様子を示す。背景には講義を行う教授とアメリカ国旗が見える。

 日本の研究では、通勤列車を模擬した状況での人間の行動が観察されました。

満員ではない通勤電車の車内で、座席に座りスマートフォンを操作する乗客たち。前景には白衣を着た研究者2人が立ち、車内を観察している様子が描かれている。左側の研究者が「自然体でお願いしますね」と吹き出しで発言しており、乗客の自然な行動を記録しようとしている。

 データを統計処理した結果、人々が自分の顔に触れる頻度は1時間あたり50回Tゾーンには1時間あたり69回でした。男女で顔に触れる頻度に差はなく、男性も女性も頻繁に顔に触れていました。また、ある研究では、自発的な自己顔面タッチが類人猿のこの行動と比較され、顔面タッチのパターンはゴリラ、オランウータン、チンパンジーと同等であることがわかりました 。

 顔を触るのに左手を使う頻度が高いことがわかりました。右脳は左半身とつながっています。顔を触る際に左手を多く使う行動は、感情処理に関わる右脳の働きに密接な関係をもっていることが、示唆されます。

女性が頬に優しく手を添える様子を描いたイラスト。下部には「顔面タッチ:1時間50回」とのテキストが記載され、無意識のうちに顔を触る頻度の多さを示している。
コミカルな表情の男性が、自分の口に指を入れる様子を描いたイラスト。口を触る行動が無意識に行われることを示唆し、感染リスクとの関連を示す場面として使用される可能性がある。

特に顎に触れる率が高く(29%)、次いで鼻(17%)、唇(13%)、目(6%)でした。

顔のTゾーン(目・鼻・口)への接触割合を示した図。目(6%)、鼻(27%)、口(13%)、顎(29%)の割合が記載され、Tゾーンのエリアが青色で強調されている。下部には「顔のTゾーンへの接触割合」とのタイトルが表示されている。

 博士らは、手洗いが頻繁にできない環境においては、顔を触る行動についての注意喚起が必要だと述べています。しかし、顔を触る行動は進化の過程で備わった本能的なものであり、ストレス解消などの未解明な役割も持っているため、行動を簡単に制限することは難しいとも述べています。

まとめ

 人類が二足歩行になってから長らく持っていた本能的な行動パターンであるフェイスタッチ。特に左手は人間の感情と密接に結びついている右脳に直結しているので、それを制限すると精神衛生上よくないかもしれませんね。

 したがって、解決策としては日常生活では、手を頻繁に洗えない場合には(通勤列車や会議中など)、意識的に顔のTゾーンに手を持っていかないよう注意しましょう。

電車のホームでスーツ姿の男性が手を広げ、困惑した表情を見せている。吹き出しには「ここでは我慢我慢」と書かれており、満員電車の環境で顔を触らないように意識している様子を表している。背景には通勤時間帯の混雑した駅の様子が描かれている。

家に帰って手を洗った後に顔を触るようにすると良いかもしれません。

スーツ姿の男性が家の洗面所で手を洗っている様子。吹き出しには「家に帰ったら手を洗って」と書かれており、帰宅後の手洗いの重要性を強調している。背景には鏡やタオルがあり、家庭の洗面所の雰囲気を示している。
スーツ姿の男性が自宅のソファでくつろぎながら、リラックスした表情で顔に手を触れている。吹き出しには「心置きなく触れるよーん」と書かれており、帰宅後に手を洗ったことで安心して顔を触れることを示している。背景には家庭のリビングの雰囲気が描かれている。