世界には『コーデックス食品基準委員会』による国際標準が存在し、多くの国々がこれを基に自国の食品安全基準を設定している。特にEUでは、これをさらに発展させて統一されたEU基準を設定している。日本も、食品衛生法に基づく明確な基準を適用している。一方で、米国では独自のアプローチを採用しており、法的拘束力を持つ連邦法の規定は限られている。その代わりに、「民生品目記述票(CID)」などの政府調達における品質基準やFDAのガイダンス文書などを中心にしたシステムが採用されている。この記事では、米国独自の食品微生物規格の構造の説明と、それがどのように適用されているのかを、分かりやすく解説する。読み進めることで、食品微生物学入門者の読者にとって、米国の食品安全規格の世界とその理由を理解できるようになるだろう。

若い社員に問い詰められて困惑する。古手社員。

米国のシステムの独自性

 世界には「コーデックス食品基準委員会」によって策定された、食品の微生物に関する国際標準が存在する。これは、各国が食品安全の基準を設定する際の指針となる「国際的な標準メニュー」であり、多くの国々がこれを基に自国の規則を形成している。特にEUは、コーデックスの基準をさらに発展させ、統一されたEU基準を確立している。これにより、EU加盟国間での食品の微生物基準がほぼ統一されている。日本も同様に、食品衛生法に基づく明確な食品別の微生物規格基準を設け、これを適用している。

 つまり、EUも日本も、大元の法律(EUではEU基準、日本では食品衛生法)に基づく基準が設定されており、この基準を逸脱すれば法令違反となる。このシンプルな構造は、非常に理解しやすい。

微生物規格基準について協議する日本とEUの職員。

 一方で、米国のシステムは、他国と比較して著しく異なる構造を有している。アメリカ合衆国では、国全体に適用される法律(連邦法)と、州ごとに設定された独自の州法が存在する。連邦法レベルでの食品に関する具体的な微生物基準は、限られた食品にしか設定されていない。代わりに、政府調達における品質基準として「民生品目記述票(CID)」が存在するが、これは政府調達目的に限定され、一般の食品業界には直接の法的拘束力はない。さらに、食品安全に関する法規制は、特定の食品カテゴリーに対する微生物基準など、FDAが発行するガイダンス文書によって示されることが多い。これらのガイダンス文書は、EUの微生物規格基準や日本の食品衛生法のような明確な法的規定ではなく、その法的位置づけは複雑である。例えば、「ready to eat」食品のリステリア管理基準は、ガイダンス文書に記載されており、これは具体的な法的規制ではない。

米国の複雑な規則に困惑する日本とEUの職員。

 このように、米国における食品安全に関する規制体系は、連邦法と州法の二重構造に加え、法律ではなくガイダンス文書によって多くの基準が設けられていることから、非常に複雑だ。

 以下に、このように複雑化する米国の食品微生物規格基準の概要説明と、その背後にある理由、それらがどのように適用されるのかを解説する。

米国では連邦法(国の法律)における食品微生物の規格基準は限定的

 食品における微生物規格基準を大元の法律で詳細に制定することは、各国にとって公衆衛生を守る上で不可欠な要素だ。例えば、上述したようにEUでは加盟国全体に適用される統一されたEU基準が存在し、加盟国がEUの基準よりも緩やかな規則を設けることは許されず、EUの規格を下回ることはできない。日本では食品衛生法に基づいて、食品ごとに微生物の規格基準が制定されている。

 米国の場合、連邦法レベル(すなわち国レベル)で見ると、具体的な食品の微生物規格基準が設定されているのは限られた範囲の食品、例えばフレッシュポークソーセージ1)、卵2)、一部のミルク、飲料などに限定されている。また、連邦法では、食品の安全に関する規定が連邦法内で特定の食品ごとに異なる法律や章、節に分散して記載されている。EUの微生物規格基準や日本の食品衛生法に見られるような、一覧表で簡潔に整理されている形式とは異なり、米国の連邦法では、これらの規定が複数の文書にわたって散在している。このため、特定の食品に対する連邦法の安全基準を把握するには、関連する多くの法律や規則文書を参照する必要がある。この構造は、特に食品安全規制に不慣れな者にとっては、情報にアクセスし、理解するのが難しいかもしれない。

1)Code of Federal Regulations:Title 9 Code of Federal Regulations Title 9: Animals and Animal Products PART 319
2)Title 21 Code of Federal Regulations (CFR) Part 160 Eggs and Egg Products

米国連邦法のイメージ。

 以上のように、米国の食品安全規制の特徴は、連邦法による直接の詳細規定ではなく、規制機関による実施規則やガイドラインに依存しているところにある。

民生品目記述票(Commercial Item Descriptions, CID)とは?

 米国には、食品の微生物基準の観点としては、 EUや日本ではあまり見られない独特の制度として民生品目記述票(Commercial Item Descriptions, CID)が存在する。CIDは、連邦政府、州政府、地方政府等が食品を調達する際に必要とされる品質基準や仕様を定めたものだ。政府機関や地方行政機関の調達における要求事項として機能する。特に、政府との取引を目指す企業にとって、その要求基準を満たすことは極めて重要だ。例えば、下記のような食品に記載がある。

8905: 魚、肉、鶏肉、貝類
8910: 乳製品・卵
8915: 果物、ジュース、蜜、野菜
8920: ベーカリー&シリアル製品
8925: 菓子、ナッツ、砂糖
8930: ジャム、ゼリー、ピーナッツバター、保存食
8935: ブイヨン、スープ、スープ&グレービーベース
8940: 栄養食品&食品専門調理
8945: 油脂
8950: 調味料・関連製品
8955: ココア、コーヒー、紅茶
8960: 飲料&飲料ミックス、ノンアルコール&水
8970: 複合食品パッケージ
その他

 CIDは民間取引においては直接的な法的拘束力を持つわけではないが、民間企業が自社製品の品質基準を設定する際に参考にすることがあり、品質管理の実践において重要な役割を果たすこともある。

米国のCIDのイメージ。

FDAやUSDAの発行するガイダンスと法的拘束力について

 米国における食品安全は、連邦法に基づく機関であるFDA(食品医薬品局)USDA(農務省)によって担保されている。これらの機関は、日本の食品衛生法やEUの微生物規格に類似した食品に関するガイドラインを発行している。例えば、米国におけるすべてのready to eat食品に対するリステリアのゼロトレランス政策は、連邦法案やCID(民生品目記述票)注)に明記されているわけではなく、FDAが発行するガイドラインで示されている。

注)ただし、CIDでは、チーズ、冷凍牛肉パテ、フランクフルトソーセージなど個別に食品についてはリステリアの規格基準(ゼロトレランスポリシー)が記述されている(内閣府食品安全委員会資料より)。

ガイドラインの法的位置づけに困惑する米国の食品企業社員。

 FDAやUSDAが発行するガイダンスは、業界のベストプラクティスや遵守の指針として利用されることが一般的であり、この点において、これらのガイドラインは、法律によって定められたわけではなく、本質的には法的な拘束力がない。

FSMAとは何か? - 米国食品安全規制の革新

 上述したように連邦法に基づく機関であるFDA(食品医薬品局)とUSDA(農務省)の発行するガイドラインの多くは推奨事項として機能し、本質的には法的な拘束力がない。

 しかし、米国の食品規制における70年ぶりの抜本改革として、2011年に成立した食品安全近代化法(FSMA)により、FDAが発行するガイドラインは、法的拘束力を持つようになった注)。この法律は、2000年代に発生した一連の食品安全事故を受けて、より効果的な食品安全対策の必要性が高まったことにより成立しものである。食品安全管理をリアクティブ(事後的措置)からプロアクティブ(予防的措置)へとシフトさせることを目指したものだ。FSMAでは、食品製造業者はリスクに基づいた予防措置計画を作成し、実施することが義務付けられている。また、FDAにはこれらの計画の評価と監視のための新たな権限が与えられており、必要に応じて食品のリコールを命じることができるようになった。

注)ただし、FSMAの下で法的拘束力を持つのは、予防措置計画や特定の食品安全基準など、特定の要件に限られており、FDAが発行するすべてのガイダンスが自動的に法的拘束力を持つわけではない。

2011年、米国の食品安全近代化法。

米国の食品安全規制システムの複雑さの理由

 米国の食品安全に関わる法体系は、連邦法を基礎として微生物規格など限定的な規定を提供している。これに補助的に、CID(民生品目記述票)、FDA、USDAから発行されるガイドラインが存在する。これらのガイドラインはEUや日本の法律と根本的に異なり、ただちには法的拘束力は持たないが注)、柔軟性と迅速性の面で重要な役割を果たしている。

注)上述したように、 2011年に成立した食品安全近代化法(FSMA)により、FDAが発行するガイドラインは、一部、法的拘束力を持つようになった。

 以下はブログ筆者の個人的見解であるが、このような米国のシステムの階層構造の主要な理由は、多様で変化に富む食品安全の課題に対応するためであろう。FDAやUSDAのガイドラインは、法律を改正するよりも迅速に、改訂や修正を施すことが可能だ。この方式により、規制機関は柔軟かつ効率的に対応することができるのだ。

 このシステムを、DNA情報の変更が困難なバクテリアのゲノムと、容易に変更できるプラスミドとの関係に例えることができるかもしれない。連邦法は変更が難しい基本的な枠組みであり、一方でCIDやFDA、USDAのガイドラインは、プラスミドのように柔軟に変更できる要素である。米国の食品安全規制の融通性と迅速性は、このような関係によって理解できるだろう。

微生物のゲノムとプラスミドに例える米国の法律構造。

まとめ 

 本記事では米国の食品安全規制における法的な位置づけやその複雑性の違いの解説を入門者向けに試みた。米国ではFDAやUSDAといった連邦機関が食品の安全を守るための柔軟なガイドラインを提供している。これらの規制は迅速に更新が可能で、変化する環境への対応を効率的に行えるようにしている。

 一方、EUや日本では食品安全に関する基準を法律で定めており、変更にはより時間がかかる構造になっている。特にEUでは多国間の合意が求められるため、法的枠組みの変更は複雑でハードルが高い。しかし、現実的には、多国間での議論が活性化し、EU全体としての食品安全に関わる微生物規格基準などのの更新がむしろ活発に促されていることも事実だ。

EUでの活発な議論

 一方、日本は食品安全規制を国際基準に合致するよう更新するための努力を行っているが、単一国家であるにも関わらず、法律の更新速度は多国籍で構成されるEUやガイドラインによる柔軟な対応が可能な米国と比べてやや遅れがある印象だ。食品安全規制のさらなる改善と国際基準への適応を加速させることが期待される。