今夏は土用の丑の日の7月下旬に、神奈川県横浜市のデパートでうなぎ弁当を原因ととする黄色ブドウ球菌の大規模食中毒が記憶に新しいところです。弁当を販売した店の一部スタッフは、手袋を使用せずに作業していたとのことです。ここで気になるのは、一般の人々の中で黄色ブドウ球菌はどれぐらいの割合で保菌しているのかという疑問です。黄色ブドウ球菌は健康な成人の前鼻に常在する常在菌であり、世界人口の20%から30%が断続的および持続的に感染していると言われています。本記事では、その保菌率やなぜ保菌してしまうのかの原因についての詳細な実態を解明します。黄色ブドウ球菌の保菌に関心がある方必見です!
世界の一般成人における黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌率
研究によると、健康な一般成人における黄色ブドウ球菌の鼻腔保菌率は以下の通りです。
- 西ヨーロッパにおける保菌率:オランダで24~25.2%(Wertheimら、2004年、Lebonら、2010年)、ノルウェーで27.3~27.6%(Skrammら、2011年、Sangvikら、2011年)、スイスで36.4%(Mertzら、2009年)
- アメリカにおける保菌率:30.4%であった(Gorwitz et al., 2008)
- 中国における保菌率:23.1%(Ma et al.)
- 日本における保菌率:35.7%(Uemura et al., 2004)
上記のデータは、下記の総説の情報に基づきます。
Sollid et al.
Staphylococcus aureus: Determinants of human carriage
Infection, Genetics and Evolution Volume 21, January 2014, Pages 531-541
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以上のように、世界的にある程度のばらつきがあるものの、およそ世界各国では人口の20~30%が鼻腔に汚職ブドウ球菌を保菌していると考えられています。
定着する人と定着しない人がいる
鼻腔に黄色ブドウ球菌が定着しやすい人としにくい人が存在するようです。以下に、オランダのエラスムス大学医療センターのベルクム博士らのの研究成果を紹介します。
van Belkum et al.
Reclassification of Staphylococcus aureus Nasal Carriage Types
The Journal of Infectious Diseases, Volume 199, Issue 12, 15 June 2009, Pages 1820–1826
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ベルクム博士らは、黄色ブドウ球菌の混合株を人為的に接種したボランティアを対象とした22週間の追跡調査をおこないました。
ボランティア実験の概要は次の通りです。
黄色ブドウ球菌の鼻腔内保菌に関するボランティアを募りました。応募した51人のボランティアをあらかじめ黄色ブドウ球菌の持続性保菌者なのか、ノンキャリアなのかについての判別を行ないました。この判別の方法は、次の通りです。
ボランティアは、平均6ヵ月間にわたって黄色ブドウ球菌の鼻腔内保菌についてスクリーニングを受けました。サンプル採取間隔は3~4週間ででした。そして、採取サンプルのの80%が黄色ブドウ球菌陽性であった場合、持続性保菌者と判定されました。すべての鼻腔培養で陰性であった参加者はノンキャリアとされ、それ以外の参加者は間欠的キャリアとされました。
あらかじめ実験に参加するボランティアをグループ分けしたところ、次のようになりました。
- 15人(29%):ノンキャリア(年齢中央値、22歳;範囲、19-53歳;男性7人、女性8人)。
- 24人(47%):間欠的キャリア(年齢中央値、25歳;範囲、20~50歳;男性11人、女性13人)に分類されました。
- 12人(24%):持続性保菌者(年齢中央値22歳、範囲20-37歳、男性5人、女性7人)に分類されました。
被験者すべての鼻腔にムピロシン2%鼻腔軟膏(グラクソ・スミスクライン社製)を1日2回、5日間自己投与してもらい、鼻腔に存在する常在黄色ブドウ球菌株およびその他の微生物を除菌しました。そして、被験者の鼻腔に、医師の立ち合いのもと、被験者の両前鼻腔に黄色ブドウ球菌1×107個の細胞を1回接種しました。その後の黄色ブドウ球菌の定着率をモニタリングしました。接種から1、2、4、8、16、22週後に鼻腔培養を行いました。
その結果、次のことが明らかとなりました。
接種後の平均保菌期間は、
- 持続性保菌者: 154日
- 間欠的キャリア: 14日
- ノンキャリア: 4日
博士らの研究では、人工接種試験を実施することにより、鼻腔ににおける黄色ブドウ球菌の持続的保持者と間欠的キャリアやノンキャリアにおける定着率に大きな違いがあることをを実験的に証明しました。
ただし、ある人が持続性保菌者であるのに対し、他の人が間欠性保菌者または非保菌者である理由は依然として不明であるとしています。
アトピー性皮膚炎の人の表皮には黄色ブドウ球菌が多い
以上のように、黄色ブドウ球菌の鼻腔や表皮の定着の要因については、科学的に未解明で謎の部分が多いところです。しかし、全体的に見ると、やはり皮膚に炎症を起こしている人、特にアトピー性皮膚炎の場合には黄色ブドウ球菌の保菌率が高いようです。以下に、オランダのエラスムス大学医療センター皮膚科のトット博士らの研究成果を紹介します。
Totte et al.
Prevalence and odds of Staphylococcus aureus carriage in atopic dermatitis: a systematic review and meta-analysis
British Journal of Dermatology (2016)175, pp687–69
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博士らは、アトピー性皮膚炎患者における黄色ブドウ球菌の皮膚および鼻腔内コロニー形成の有病率と確率を評価を試みました。調査方法としては、この問題に関する文献調査を行いました。
抽出した58の論文によると、全体の男性患者の割合は52%で、平均年齢は14歳、地域別では、54%がヨーロッパで、27%がアジアで、13%が米国で実施されたものでした。
抽出された文献のデータをまとめプール解析注)を行ないました。その結果の概要は概ね以下の通りです。
注)プール解析(Pooling analysis):複数のデータセットやサンプルを一つの大きなデータセットにまとめ、その集合データを用いて統計的な解析を行う解析法う。この方法により、サンプルサイズが小さい個別のデータセットよりもより大きなサンプルサイズを持つ仮想的なデータセットを作成し、より信頼性の高い統計結果を得ることができます。
鼻腔のコロニー形成を評価した21の研究のうち19の研究(患者1051人、対照1263人)のプール解析では、アトピー性皮膚炎患者の57%が鼻の黄色ブドウ球菌陽性であったのに対し、対照では23%でした。
またアトピー性皮膚炎患者の黄色ブドウ球菌保菌率、病変部皮膚で70%、非病変部皮膚で39%、鼻で62%であり、非病変部でも高い黄色ブドウ球菌の保有率を示しました。
この系統的レビューにおいて、アトピー性皮膚炎患者は健常対照者と比較して、病変部、非病変部の皮膚および鼻のいずれにおいても黄色ブドウ球菌をに保菌されている可能性が有意に高いことが示されました。
博士らは、現在までのところ、これはアトピー性皮膚炎患者における黄色ブドウ球菌のコロニー形成に関するデータを系統的にまとめた最も包括的なレビューであるとしています。
※上記論文では、その他にも詳細な解析を行っていますが、このブログ記事では省略しました。
まとめ
この記事では、私たちの皮膚のどれぐらいの割合の人々が黄色ブドウ球菌を保菌しているかについて紹介しました。また、黄色ブドウ球菌を保菌しやすい人と保菌しにくい人がいることも紹介しました。さらに、アトピー性皮膚炎患者には黄色ブドウ球菌の保菌率が高いことも紹介しました。黄色ブドウ球菌の保菌についてはなぜそうなるのかについてまだ科学的に未解明の部分もありますが、いずれにしても食品製造に従事する品質管理担当者は、製造ラインで働く従業員の約30%が黄色ブドウ球菌を保菌していることに留意しておく必要がありそうです。
また、食品製造工場、食品販売業、レストラン業などを問わず、消費者の口に直接に入る食品を扱っている作業者は、マスクを外すことにより、自身が保有する黄色ブドウ球菌を食品中に移行させる危険があることを常に認識しなくてはなりません。
食品取扱者が保菌する黄色ブドウ球菌が原因で食中毒を起こした事例は、下記のブログ記事をご覧ください。