黄色ブドウ球菌は、多くの場合、人の手指の表皮に生息しています。従業員の手が直接食品に触れることで、黄色ブドウ球菌が食品に移行し、エンテロトキシンを生成して食中毒を引き起こすことがあります。この記事では、実際にイタリアの食堂で従業員の鼻腔や手指からの黄色ブドウ球菌による汚染が原因となり食中毒が発生した事例を紹介します。この事例は、ブドウ球菌中毒の典型的な例であり、食品取扱者が鼻や手にエンテロトキシン産生黄色ブドウ球菌を保有していたことが食品汚染の主な原因とされています。

Savini et al.
Investigation of a Staphylococcus aureus sequence type 72 food poisoning outbreak associated with food-handler contamination in Italy
Zoonoses Public Health. 2023;00:1–9.

 黄色ブドウ球菌中毒は、黄色ブドウ球菌を中心とするコアグラーゼ陽性ブドウ球菌(CPS)のエンテロトキシンを摂取することによって引き起こされます。

 イタリアで発生した黄色ブドウ球菌の食中毒が、食品取扱者の鼻腔や手指由来の黄色ブドウ球菌によって引き起こされたことを証明した事例をここでは紹介します。イタリア、ボローニャ大学獣医学部のサビーニ博士らの報告です。

2019年8月、イタリア・ピエモンテ州の高齢者介護施設で、ブドウ球菌による食中毒が発生しましたた。11人が食品摂取から約3時間後に胃腸症状、吐き気、頭痛を訴えました。彼らは10時間後に回復し、入院患者はでませんでした。

吐き気に苦しむ老人 

 昼食時に69名の方が施設内食堂で調理した食事を食べていましたチキンサラダを食べた33人のうち、9人のゲストと2人の医療従事者に症状がみられました。メニューは、ペストとフレッシュトマトのパスタ、オイルのパスタ、マヨネーズの有無にかかわらずチキンサラダ、調理済み野菜でした。

 黄色ブドウ球菌は、高齢者介護施設のゲストの嘔吐物サンプル1つ、マヨネーズ入りとマヨネーズなしのチキンサラダの食品サンプル2つから分離されました。

 疫学調査により、チキンサラダがこのアウトブレイクの原因である可能性が最も高いと特定されました。

チキンサラダを食べる老人

 一方、アウトブレイク当日と前日に勤務していた、調理師と調理補助者を含む食品取扱に関わる人員から鼻腔スワブを採取し、黄色ブドウ球菌を分析しました。その結果、ホームのキッチンで働いていた調理師の内、4人の鼻腔スワブから黄色ブドウ球菌が分離されました。

驚く調理師たち 

 患者、サラダ、調理師から分離された黄色ブドウ球菌をMLST解析注)によって調査しました。その結果、ST-72株は、嘔吐物、マヨネーズ入りチキンサラダおよびマヨネーズなしのチキンサラダから分離されました。この株は、アウトブレイク前日にチキンサラダなどの食事準備に従事していた食品取扱者4名のうち1名の鼻腔スワブからの分離株とのみ一致しました。

 さらに、分離株を全ゲノム解析のSNP解析注)により近縁解析を行ったところ、黄色ブドウ球菌が検出された4人の調理師の内1人の鼻腔ぬぐい液から分離された株が、食品サンプル(F1、F2)、嘔吐物サンプル1個(P1)から分離された菌株は共にクラスター化しました。しかし、他の3人のオペレーター(O2、O3、O4)からの分離菌株は別の枝に位置していたことがわかりました。

 以上の結果から、この1名の従業員が汚染原因と推定されました(論文ではこれらの遺伝子解析と並行してフーリエ変換赤外分光法(FTIR)も疫学解析に用いていますが、本記事では割愛しています)

自分が汚染源だと知る調理師

注)MLST解析:同じ種に属する食中毒原因菌の株レベルの識別を行うための世界的に普及している分子疫学的手法。米国やフランス、ドイツなどでは、最近は全ゲノム解析に移行しつつあるが、in silico MLSTとしても強力なツールになり得る。

注)SNP解析:ゲノム解析を行ない、一塩基の変異レベルで、その際を解析する分子疫学的手法。

MLSTやSNP解析の初心者向けのわかりやすい説明は下記の記事をご覧ください。

病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します

イタリア衛生当局は、このアウトブレイクは、作業員が衛生管理を怠り、チキンサラダを汚染したことが原因であると結論しました。

反省する調理師 

今回はイタリアの事例を紹介しましたが、米国で発生する食中毒の約40%が体調不良の従業員から起きているという事実があります。このことについては別記事で詳しくまとめていますのでご覧ください。

食中毒の裏側:米国レストランでの発生原因、従業員の健康状態が鍵を握る