ノロウイルスが流行する時期、トイレに入る際の感染リスクについて考えたことはありませんか? 多くの人が利用する公衆トイレでは、便座やドアハンドルなどの接触面にウイルスが付着していたり、場合によっては嘔吐物が残っていることもあります。ノロウイルスは非エンベロープ型ウイルスであり、固体表面上に長く生存することが知られています。米国アリゾナ大学環境科学部のAbney博士が率いる研究チームの最新の研究(2024年発表)では、トイレ利用後の自動手指消毒ディスペンサー(非接触型の手指消毒器)の利用がリスク低減に最も効果的であることが示されています。食品業界の品質管理担当者にも役立つ、実践的な知識と予防策を今回のブログでご紹介します。

トイレで心配な顔をする男性

ノロウイルスとトイレ環境のリスク:研究の背景

 ノロウイルスは、非エンベロープ型のウイルスであるため、固体表面上で長期間生存することが可能です。公衆トイレのように多くの人が利用する環境では、ウイルスが様々な接触面に広がるリスクが高まります。

 特に、トイレの便座ドアハンドルなどは、感染の原因となる「高頻度接触面」として知られています。こうした表面は、感染リスクのある病原体が手を介して次々と広がる可能性を持ち、トイレ利用時に十分な衛生管理が行われていない場合、食品従事者や一般の利用者に感染が広がることが懸念されています。

 米国アリゾナ大学のAbney博士らが2024年に発表した最新の研究では、この研究では、トイレ内の特定の接触面の危険性と、手洗いや非接触型消毒剤の効果について定量的に評価が行われました。

Abney et al.
Transmission of Viruses from Restroom Use: A Quantitative Microbial Risk Assessment
Food and Environmental Virology Volume 16, pages 65–78, (2024)
Open accessクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0

実験方法

4つの行動シナリオと自動手指消毒ディスペンサーの使用有無における消毒効果を比較

 本研究では、トイレ利用時の行動パターンを次の4つのシナリオに分類し、それぞれについて以下の2つの条件でリスクを比較しています。

  • 自動手指消毒ディスペンサー(非接触型の手指消毒器)を行う場合
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使わない場合

 

※なお、本研究では、個々のトイレ利用者が自分自身から感染するリスクではなく、トイレ内に付着している外部由来のノロウイルスへの接触リスク を評価している点に注意が必要です。そのため、後述するように、「手洗いをしない方が感染リスクが低い」という結果が得られた背景には、「手洗いをすることで新たな接触が発生する可能性がある」という要素が関係していると考えられます。

シナリオ1:トイレを使用し、手洗いのみを行うパターン

  • 行動の流れ: 入室→便座に触れて→手洗い→ドアを触って退出
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合:退出後に非接触型消毒を行い、感染リスクの変化を評価
ノロウィルスのトイレでの感染シナリオ1

シナリオ2:手を洗うためだけに入室するパターン

  • 行動の流れ: 入室→手洗い→ドアを触って退出
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合:退出後に非接触型消毒を行い、再汚染リスクの変化を評価
ノロウィルスのトイレでの感染シナリオ2

シナリオ3:手洗いを省略し、トイレを使用するパターン

  • 行動の流れ: 入室→便座に触れて→ドアを触って退出
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合:手洗いを行わず退出後に非接触型消毒を行い、感染リスクの変化を評価
ノロウィルスのトイレでの感染シナリオ3

シナリオ4:鏡を見るなど、トイレ利用なしで入室するパターン

  • 行動の流れ: 入室→ドアを触って退出
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合:ドアノブに触れるだけのリスク評価として、退出後に非接触型消毒
ノロウィルスのトイレでの感染シナリオ4

※上記の実験シナリオを示すイラスト図は、クリエイティブ・コモンズ表示4.0ライセンスに基づき、著者の図を適切に使用しています。

トイレ利用における感染リスクの評価手順

 本研究では、トイレの便座やドアノブといった「高頻度接触面」におけるウイルス量に基づき、感染リスクを数値的に評価しました。具体的には、ウイルスが手から顔の粘膜へと移る際の感染確率を、定量的微生物リスク評価(QMRA)モデルを用いたシミュレーションで算出しています。各シナリオにおける行動パターンごとに、手洗いや非接触型消毒剤の使用効果も加味した上で、10,000回の反復計算を通じて確率的な感染リスクを導き出しました。

実験結果:4つのシナリオと消毒方法の効果

 この研究はノロウイルス、SARS-CoV-2、アデノウイルスの感染リスクを評価しましたが、ここではノロウイルスに関する結果のみを抽出しています。ノロウイルスは他のウイルスに比べて感染リスクが高く、特に注意が必要です。

シナリオごとのノロウイルス感染リスク評価

ノロウィルスのトイレでの感染のグラフ

シナリオ1(トイレを使用し、手洗いのみを行うパターン)

  • 感染リスク:手洗いのみの場合、ノロウイルスの1回のトイレ利用あたりの感染リスクは1.5%でした。また、1日に3回トイレを利用した場合の累積リスクは3.7%に増加しました。
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合: 退出後に非接触型消毒を行うと、リスクは0.01%未満にまで低減され、最も効果的なリスク対策であることが確認されました。

 手洗いを行ったにもかかわらず、手洗いを省略したシナリオ3よりも感染リスクが高くなるという、一見すると意外な結果が得られました。この理由として考えられるのは、「手洗いをすることで、新たにトイレ内の接触面(蛇口、ペーパータオル、エアドライヤー、ドアハンドルなど)に触れる機会が増え、結果として外部由来のノロウイルスを手に付着させる可能性が高まる」 という点です。つまり、手を洗った後に十分に乾燥させないまま、再び汚染された接触面に触れることで、ウイルスを拾ってしまう可能性があると考えられます。

シナリオ2(手を洗うためだけに入室するパターン)

  • 感染リスク: 手洗い後に退出時のドアハンドルに触れる行動で、感染リスクは約0.03%でした。
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合: 非接触型消毒を追加することでリスクがさらに低減されましたが、具体的なパーセンテージは記載されていません。

シナリオ3(手洗いを省略し、トイレを使用するパターン)

  • 感染リスク: 手洗いを行わない場合、ノロウイルスの感染リスクは0.02%でした。
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合: 退出後に非接触型消毒を行うと、感染リスクが0.01%未満に低減されました。手洗いを省略しても、非接触型消毒が高い効果を発揮することが確認されています。

シナリオ4(鏡を見るなどトイレ利用なしで入室するパターン)

  • 感染リスク: ドアハンドルにのみ触れる場合の感染リスクは約0.005%と最も低い数値となりました。
  • 自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合: 退出後に非接触型消毒を行うと、さらにリスクが低減されましたが、具体的な低減率は示されていません。

 いずれのシナリオでも、ノロウイルスに対しては手洗いのみよりも自動手指消毒ディスペンサーを使用する場合が効果的であることが示されました。特に、手洗い後にドアハンドルに触れることで再汚染のリスクが残る一方、自動手指消毒ディスペンサーのような非接触型消毒では追加の接触がないため、リスクが大幅に低減される結果が得られました。

 また、手洗いを省略し、退出後に非接触型消毒のみを行った場合でも、感染リスクは0.02%程度まで抑えられ、手洗いと比較しても、非接触型消毒の効果は同等以上であることが示されました。

まとめ(筆者の見解)

 今回の研究では、シナリオごとのリスク評価において、手洗いを行ったシナリオ1の方が、手洗いを省略したシナリオ3よりも感染リスクが高くなる という、一見すると意外な結果が得られました。これは、「手を洗うこと自体が問題なのではなく、手洗い後に濡れた手で汚染された表面(ドアノブや蛇口など)に触れることで、ウイルスが手に付着しやすくなる」 ためと考えられます。さらに、本研究では「トイレ内にすでに付着している外部由来のノロウイルスへの接触リスク」を評価しているため、「手を洗わずに退出した場合、手洗い場の蛇口やペーパータオルなどの接触を避けたことで、新たな汚染リスクを回避できた」 という可能性もあります。

濡れた手でトイレの出口ドアノブに触れようとしている様子。ドアノブの上にはウイルスキャラクターがニヤリと笑いながら待ち構えており、感染リスクを示唆している。

 しかし、これは 「手洗いをしない方が良い」 という意味ではありません。手洗いは感染予防において極めて重要な基本対策であり、決して省略すべきではありません。ただし、手洗い後に手が湿ったままの状態でドアノブなどの汚染された表面に触れると、かえってウイルスが手に付着しやすくなるため、十分な乾燥が不可欠 です。この点について、WHO(世界保健機関)の手指衛生ガイドライン でも「手洗い後の十分な乾燥が感染リスク低減に重要である」と明記されており、湿った手は乾いた手に比べて微生物の付着率が高く、再汚染のリスクを高める要因となる ことが示されています。

 したがって、最も効果的な感染予防策は、「手洗い+十分な乾燥+非接触型の手指消毒」 の組み合わせです。特に、食品業界や公衆衛生の観点からは、トイレ内での手洗いに加え、トイレ出口に自動手指消毒ディスペンサーを設置することで、手洗い後の再汚染リスクを最小限に抑えることが推奨されます

 また、本研究の重要な指摘は、退出時に自動手指消毒ディスペンサーのような非接触型の消毒剤を使用することで感染リスクが大幅に低減できるという点です。日本ではトイレ内に消毒剤が設置されることが多いですが、本研究ではトイレの外に自動手指消毒ディスペンサーを設置することで、退出後の再汚染リスクを大幅に低減できることが示されました。食品業界や日常生活で活用する場合、この配置の工夫が実用的なリスク低減策となるでしょう。

消毒ディスペンサーの前で考え込む女性