ノロウイルスに感染した後、私たちは実際にどれくらいの期間ウイルスを排出し続けるのでしょうか?治癒後も排出が続くと言われるノロウイルスに関する情報は多いですが、具体的な日数や期間に関する詳細データは意外と少ないです。そんな中、約15年前の2008年にテキサス州ヒューストンのベイラー医科大学で発表されたこの研究は、今でもその価値を持っています。アトマー博士らのチームは、ノロウィルス研究としては稀なヒトボランティア実験を実施しました。その結果、ノロウイルスは治癒後、驚きの最長8週間も糞便中に検出されることが確認されました。

Atmar et al.,
Norwalk Virus Shedding after Experimental Human Infection
Emerg Infect Dis. 2008 Oct; 14(10): 1553–1557.

 博士らの研究以前では、ノロウィルスの排出期間について知られていることの多くは、自然感染の観察研究から得られたものでした(一部ヒトボランティア実験もあり)。そこで、博士らは、ヒトボランティア実験によって、ノロウィルス感染者におけるウイルス排出の期間と規模につい詳細に調べました。

パソコンを見つめる研究者。

  健康な成人(18~50歳)がインフォームド・コンセントを提供し、他の人への感染リスクが高いとされる仕事(外食産業、医療、航空産業など)に従事していないボランティアが選抜されました。

ノロウイルス感染のボランティア実験に志願する男。

 接種当日、参加者はベイラー医科大学総合臨床研究センターに入院し、異なる用量のノロウィルス(ノンウオーク)接種液(10倍希釈で4.8~4,800RT-PCR単位)またはプラセボを夕方に経口投与されました。参加者の臨床症状および徴候はセンターにいる間、4時間ごとに評価され、すべての糞便サンプルは採取され、直ちに冷蔵保存されました。

ノロウィルスを飲むボランティア実験の被験者たち。

 被験者のうちノロウィルス感染は次のように定義されました。

  • 血清反応(ELISA法で測定した、接種前のベースラインから30日後の血清サンプルまでの力価の4倍上昇)、またはRT-PCR法もしくは抗原の存在によって検出された糞便中ウイルス排泄

 →ノーウォークウイルスを接種された人のうち、合計16人がノーウォークウイルス感染症の基準を満たしました。

  また、16人の感染者のうち、ウイルス性胃腸炎は、次の2条件のいずれかを満たすものとして定義されました。

  • 連続24時間の中等度の下痢(単独)(中等度の下痢とは、採取容器の形状を直ちにとる200gを超える水様便)
  • または1回の嘔吐に加え腹部のけいれんまたは疼痛、吐き気、腹部膨満感、緩い便(下痢の定義を満たさない場合)、発熱(口腔温37.6℃超)、筋肉痛、または頭痛のうち1つを伴う疾患

 →その結果、16人の感染者のうち11人に臨床的胃腸炎(上記定義)が発症し、症候性疾患は1~2日続きました。また、ウィルス性胃腸炎の定義に当てはまらなかった5人は、吐き気(n=5)、食欲不振(n=5)、倦怠感(n=4)、腹部けいれん(n=3)、筋肉痛(n=3)、頭痛(n=3)、37.6℃を超える体温(n=2)、悪寒(n=2)、200g未満の水様下痢(n=2)がみられました。

トイレに駆け込む男。

接種を受けた参加者は最低96時間センターに滞在し、退院時には少なくとも18時間水様便や嘔吐がない状態を確認しました。

退院する男。

 患者の退院後、すべての糞便サンプルが21日間毎日採取され、その後最長5週間まで毎週採取されました(合計観察期間は接種後最長8週間)。検体は採取後1日以内に検査室に届けられました。

 分析法は次の2つの方法で行われました。

  • ノロウィルス特異的抗血清を用いたサンドイッチ ELISA 法
  • 糞便検体中のノロウィルス RNA のRT-PCR(qRT-PCR)
毎日の検便が面倒くさいと感じる男。

  臨床的胃腸炎の11人(嘔吐、下痢)とその定義に当てはまらなかった残りの5人(吐き気等のみ)の症状の持続時間は、いずれも10~61時間(中央値は23時間)であり、両群の参加者で同程度でした(下図)。

 ノロウィルスの排出は、抗原ELISAと定量PCR法では、異なる排出期間の結果が得られました。

  • 抗原ELISAでは排出は、接種後10日間(中央値7日間)持続した(下図)。
  • 定量PCR法では、接種後13~56日(中央値で28日間)持続した(下図は14日まで記載)

  定量PCR法で得られた結果の特徴は次の通りです(下図)。

  • 糞便中のノーウォークウイルス濃度接種から中央値で4日後にピークに達しました。ウイルス性胃腸炎の定義を満たした参加者と満たさない参加者で、排出がピークに達した時期は同様でした。
  • 糞便中ウイルス濃度が最も高かったのは、臨床症状が消失した直後の1日でした(11人、69%)
  • ウイルス排出量のピーク中央値は95×109(範囲0.5~1,640×109)ゲノムコピー/g糞便であり、少なくとも14日目まで100×106コピー/gを超えるウイルスを排出していた参加者が5人いました。
  • 胃腸炎の臨床的定義を満たした人は、胃腸炎でない人に比べてウイルス排出のピーク中央値が高く(250×109対12×109ゲノムコピー/g糞便)、接種後2週間にわたって糞便中で測定されたウイルスゲノムコピーの平均総数も臨床的胃腸炎群で高い値となりました(1013.3対1012.4)。
ノロウィルスの排出実験データを示すグラフ。

上のグラフは、本ブログ紹介論文(コピーライト、図表自由使用可)の図の1部に、イラストを加えて表現しなおした。

  • 接種後2週間以降に採取された糞便中のウイルス濃度は低かった(範囲225,000~40×106ゲノムコピー/g)ものの、ウイルス接種後最長で56日間(2人の被験者)(中央値28日間、被験者の半数)、糞便検体からノーウォークウイルスが検出されました。
ノロウイルスを排出していることを知ってびっくりするボランティアの男性。

 博士らは、この結果は、ノロウイルスの集団発生が、症状のある感染から回復した食品取扱者および胃腸炎を発症していない人に関連して起きているという疫学的観察を説明するのに役立つとしています。

 なお、博士らの結果も含めて、これまでの先行研究の間でも、ノロウィルス排出期間は様々な期間が報告されています。博士らは、これらの研究で観察された結果が異なる理由としては、検体の採取方法(単回採取と連続採取)、使用したリアルタイムアッセイ(広範囲に反応するように設計された汎用アッセイとノーウォークウイルス検出専用に設計されたアッセイ)、感染株の病原性、研究対象集団の違い(年齢、免疫状態など)、臨床的胃腸炎を発症しなかった感染者の数が少ないことなどが考えられるとしています。

 博士らの用いたリアルタイム定量PCR法では、驚くほどウィルス排出期間が長いことがわかりましたが、これらのウイルスがまだ感染力を持っていいるかの判断は、ノロウイルス培養法の開発を待つ必要があるとしています注)

注)2008年のこの論文出版時点ではノロウィルスの培養は成功できていませんでしたが、博士らのベイラー医科大学の研究グループは、2016年に世界で初めてノロウィルスの培養に成功したことを発表しています。この経緯は下記ブログ記事を御覧下しさい。

ノロウィルス感染メカニズムや予防・治療研究の悲願ーノロウィルスの培養

 以下ブログ筆者コメント

 ノロウイルスを検出する高感度な方法が開発されるにつれ、ウイルス排出が認められる期間も長くなる傾向があります。リアルタイム定量PCRでは、なんと、回復後、最長で56日間もノロウィルスの便での排出が確認されましたが、これらが、そのまま、どのくらいの感染力があるか否かは不明です。ですが、この論文で同時に行った抗体ELISA法でも、やはり、回復後、10日まで便中でノロウィルスの排出が認められています。

 したがって、食品製造・流通・販売従事者は、ノロウィルス回復後も、自分がノロウィルスを排出している自覚を持つ必要があるでしょう。

 なお無症状な調理従事者でも感染者と同じ程度の排泄リスクがあることに関する関連記事は下記をご覧ください。

ノロウィルスの排出期間や感染力は無症状な調理従事者でも感染者と同じなので、うつる可能性あり

働くレストランで心配顔なノロウィルスから回復した男。

※本記事内で使用されているイメージ写真は、事例の概要を読者の理解を助けるために使用されており、実際の出来事や関係者とは関係ありません。