ノロウィルスの感染メカニズムの解明や予防・治療方法の確立(薬の開発など)にはまずはノロウィルスが培養できることが不可欠です。2016年の8月、ノロウィルス研究におおきな進展が見られました。これまで培養できないと考えられていたノロウィルスの培養に成功したニュースが世界を駆け巡りました。

※ノロウィルスの基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ⑩ノロウィルス

ノロウィルス感染している子供

この論文は、米国ヒューストンにあるベイラー医科大学エステス教授(写真)のグループによる仕事です。

ベイラー医科大学エステス教授

ベイラー医科大学エステス教授

なぜこれまで多くの研究者たちに挑戦して失敗してきたノロウィルスの培養にエステス教授のグループが成功することができたのでしょうか?

答えは2つのブレークスルーです。

1つ目は、 2011年にオランダ Hubrecht 研究所のクレーバー教授のグループによって開発されたヒトの腸管上皮幹細胞の3次元培養(腸管上皮細胞が立体的な組織構造体(オルガノイド)を形成)を用いることに着目した点です。エステス教授のグループは、これまで多くの研究者はノロウィルスの培養に失敗していたのは用いている組織培養に原因があると考えました。

今回の成功までに、博士らは、数多くの組織培養用いてノロウィルスの培養を見てきました。これらは全て失敗に終わっていました。そこで、オランダグループによって開発された3次元培養を用いれば、ノロウイルスを培養することができるかもしれないと考えました。この3次元培養とは、人の腸管の幹細胞から作り出した細胞組織幹培養です。用いられている幹細胞は自己複製もできますし、また、すべての分化細胞を産生することもできます。

この3次元培養を1年かけて確立し、まずは、 ロタウィルスを培養してみました。ロタウィルスはこの新しい組織培養で大変よく増殖することがわかりました。そこでいよいよ、ノロウイルスを培養していました。その結果、ノロウィルスのいくつかの株はこの組織培養で増殖することができましたが、その他の株は増殖できませんでした。

さてここから先は2つのブレークスルーです。博士らのグループは、この組織培養に何かの因子が足りないと考えました。実際に人間の腸の中では、腸管上皮細胞は、小腸から分泌される様々な消化酵素などの化学因子の影響を受けているはずです。博士らは、これらの因子を加えてみることにしました。すい臓から小腸に分泌されるいろいろな消化酵素の効果を試してみました。これらの消化酵素は、ロタウィルスの組織培養での増殖を促進しました。しかし残念ながらノロウィルスには効き目がなかったようです。

そこで次に思いついたのが、消化酵素ではなく、胆汁でした。胆汁はご存知のように、人が脂肪を消化するために、胆嚢から小腸に分泌する界面活性剤です。いわば、人体の出す石鹸のようなものです。さて、この組織培養に胆汁を加えますと、なんとノロウィルスは活発に増殖し始めたのです。この瞬間こそが長年のノロウィルス人口培養の研究の停滞を切り開いた瞬間でした。

肝臓から胆汁分泌

ただし、2021年8月現在、世界中のノロウィルス研究者が簡単に現場で実施できる培養の確立までにはもう少し時間がかかりそうです。

ところで最後に、日本人研究者の貢献について書きます!

実は、そもそも2011年のオランダのグループの論文の第一著者は、現在慶応大学医学部の佐藤俊朗先生です。オランダ Hubrecht 研究所での滞在時代の仕事です。またアメリカのエステス教授の論文の第一著者が3人いますが、そのうちの1人は、日本の国立感染研ウィルス第二部の村上耕介博士です。やはりベイラー医科大学エステス教授研究室に滞在していた時の仕事です。

このように、日本人研究者がノロウィルスの培養の研究にには大きく貢献しています!

この論文は2016年に発表されて、すでに688回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

論文→ Replication of human noroviruses in stem cell-derived human enteroids
Science 10.1126/science.aaf5211 (2016).

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。