今回はちょっとユニークな論文を紹介します。カンピロバクターはヒトに感染すると下痢や発熱などの腸炎を起こしますが、養鶏場で飼育されている健康な鶏にとって無害であると考えられています。つまり健康な鶏の腸内にカンピロバクターが生息していても鶏には感染せず、無症状と考えられています。このことについてはこれまでいくつかの実験でも確かめられています。また、世界中の養鶏場での実態でもそのことは確認されています。

カンピロバクターの基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ③カンピロバクター

 ところが、2014年に、この常識に疑問を投げかける論文が出版されました。 リバプール大学の ハンフリー博士らの研究です。

博士の研究の結論を一言でまとめますと、

鶏もカンピロバクターに感染をすると腸内の炎症を引き起こし、下痢をする場合があるということです。

下痢をしている鶏

そもそも博士たちはこの論文を出版する前の段階で、鶏の足に時々起きる膝節の炎症痕(アンモニアによる足の色焼け炎症現象、hock burn)とカンピロバクターの保菌率の間に相関関係があることを見出していました。鶏の足における炎症痕は、隣の鶏の尿が足につくことによってアンモニア焼けすると考えられています。

そこで博士らは次のような仮説を立てました。

1)カンピロバクターを保菌している鶏の糞は下痢気味でやらかくなるのではないか。

2)下痢気味の水っぽいの糞が落とされると飛び散って隣の鶏の足につく頻度が高くなる。

3)その結果、隣の鶏の足がアンモニア焼けする。

これまでの実験でカンピロバクターを保菌しても免疫寛容起こして特段の免疫拒否反応は起こさない、下痢なども起こさないことを示す論文が多く出版されていました。

 しかし博士 これまでの実験の欠点について次のように考えました。すなわち、これまでの実験のほとんどが病原体フリーの鶏(specific-pathogen-free(SPF)の鶏をストレスのない良好な環境の中でゆっくりと(成長までに時間がかかる)育てて実験を行っていた。この実験方法に問題があったのではないか?

 そこで博士らは、まず実験には、実際に商業的に用いられている鶏群を使用することとしました。そして、鶏を育てている現実の鶏舎を想定し、早熟に成長させる環境(ストレスのかかる環境)で鶏を育て実験に用いました。その結果、実験の詳細は省略しますが、博士らの実験環境で育てられた鶏は、カンピロバクターを保菌すると、腸内において炎症反応を引き起こすことが実験的に示されました。そして実験に用いたの鶏の一部は下痢症状も引き起こすことも明らかになりました。

 これまではカンピロバクターが腸内に存在していても、鶏には免疫反応や炎症反応などの下痢なども起きないと考えられていました。

しかし、博士らの研究は。。

1.カンピロバクターは、実は鶏の免疫に何の反応も起こさない(免疫寛容)の存在ではない。

2.腸内の免疫応答を引き起こし、状況によっては炎症や下痢を引き起こす場合がある。

ということを実験データで示しました。

 この博士らの研究成果は、カンピロバクターが必ずしも鶏にとって無害な居候というわけではなさそうであることを示しています。しかし一方で、実際には、多くの養鶏場の鶏はカンピロバクターを保菌していても実際には無症状であることも事実です。したがって、博士らの研究成果を拡大解釈するのは時期尚早で、もう少し多くの鶏群や実験条件での実験結果を待つ必要がありそうです。

 いずれにしても、鶏の鶏舎での健康管理(免疫)とカンピロバクターの保菌状態と関係を考える上では、今後、とても重要な研究テーマになってくると考えられます。

 この論文は2014年の発表され、これまでにすでに162回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

Campylobacter jejuni Is Not Merely a Commensal in Commercial Broiler Chickens and Affects Bird Welfare
mBio 5(4):e01364-14. doi:10.1128/mBio.01364-14.

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。