2023年5月の連休前の4月21日、22日に福島県福島市の焼肉店で食事をした男女18人がカンピロバクター食中毒になったニュースが報道されました。報道によれば、焼肉店で提供された牛肉の加熱が不十分だった可能性が指摘されています。そこで、本記事では、日本の牛肉がどの程度カンピロバクターに汚染されているのかを調査した研究例を紹介し、牛肉によるカンピロバクター食中毒リスクについて解説します。

焼肉とカンピロバクター食中毒のイメージ写真。

 福島県福島市の焼肉店で食事をした男女18人がカンピロバクター食中毒になったニュース報道については、例えば、下記を御覧ください。

福島テレビ:加熱が不十分な肉が原因か 焼肉店でカンピロバクターによる食中毒 18人が体調不良を訴える<福島市>

日本のカンピロバクターの原因肉80%は鶏肉だが、10%は牛肉でも起きている。

 日本では、国立医薬品食品研究所の熊谷博士らの研究(2020)で、2007年から2018年にかけてカンピロバクター属菌による食品由来アウトブレイクを調査した例があります。その結果、カンピロバクターの原因食品は次のように報告されています。

  • 1位:鶏肉(80.3%)
  • 2位:牛肉製品(10.5%)
日本におけるキャンピロバクター食中毒原因食品割合の円グラフ。

日本の牛肉におけるカンピロバクター汚染の実態

 牛肉を原因とするカンピロバクター感染は、数は少ないものの、日本で散発的に発生していることがわかっています。しかしながら、肉牛におけるカンピロバクター属菌の有病率に関する報告はほとんど存在しませんでした。

 そこで、国立医薬品食品研究所の佐々木博士らは、肉牛におけるカンピロバクター属菌の有病率と抗菌薬耐性について調査を行いました。

日本の肉牛にキャンピロバクターどれくらいいるかを示すイメージ図。

 この論文は日本の肉牛から分離されたカンピロバクターの分布率と抗生物質耐性率の両方を調査したものですが、本記事ではカンピロバクターの分布率に焦点を絞って紹介します。

Sasaki et al.
Prevalence and fluoroquinolone resistance of Campylobacter spp. isolated from beef cattle in Japan
Animal Diseases (2022) 2:15

調査方法の概要は以下の通りです。

  • 2021年3月から2021年8月の間に7地域(北海道、東北、関東、東海、近畿、中国、九州)の34農場から出荷された肉牛164頭から直腸スワブを採取しました。164頭のうち、130頭が黒毛和種(JB)、33頭が交雑種(JB×ホルスタイン・フリージアン)(HF)でした。
  • 16頭(9.8%)(JB牛15頭、JB×JS交雑牛1頭)が生まれた肉牛農場から直接屠殺場に出荷されたのに対し、残りの148頭(90.2%)は、少なくとも2農場(平均2.5農場、2~6農場)で飼育されていました。

結果の概要は以下の通りです。

  • 調査した肉牛164頭のうち、94頭(57.3%)からCampylobacter spp.が分離されました。このうち、C. jejuniは68頭(42%)から、C. coliは26頭(16%)から分離されました。C. jejuniC. coliの両方を保有している動物はいませんでした。

この結果から、カンピロバクター属菌は、屠殺場で屠殺された肉牛の消化管に蔓延していることが示唆されました。

日本の肉牛におけるカンピロバクターの検出割合を示す円グラフ。

 論文によると、日本では、肉牛が生まれた農場から屠畜場へ直接輸送されることはほとんどないようです。代わりに、酪農場で生まれた牛は肉牛農場へ輸送され、肥育が行われます。今回の調査では、90.2%の牛が少なくとも2つの農場(最大6農場)で飼育されていることが明らかになりました。牛がカンピロバクター属菌に汚染された状態で農場間で輸送されると、この菌は日本全国の肉牛飼育場に広まり、肉牛の有病率が高いままである可能性があると、博士らは推測しています。

ブログ執筆者追記情報

カンピロバクターの本来の棲家

 カンピロバクターの最適な増殖温度は42℃であり、これは鳥類の体温と一致しています。また、この菌は牛などの哺乳動物からも検出されるものの、鳥類がカンピロバクターの本来の自然宿主であると考えられています。 

カンピロがクターの基礎事項については、下記の本ブログ記事をご覧ください。

食中毒菌10種類の覚え方 ③カンピロバクター

カンピロバクターの本来の宿主は鳥類であることを示すイラスト。

 

カンピロバクターの環境適応能力

しかし、先述の通り、カンピロバクターは鳥類以外の宿主、たとえば牛などでも生存し、増殖することができることが本記事でも示されています。また、日本以外の地域における鶏肉以外のカンピロバクターの分布状況については、以下のブログ記事も参考にしてください。

カンピロバクター食中毒の感染経路は鶏肉以外もあるの?

牛でカンピロバクターが検出される理由はいくつか考えられます。

  • 適応能力:カンピロバクターの最適増殖温度が宿主の体温と異なっていても、哺乳類の腸内で生き残り、増殖することができる。増殖速度の観点から、哺乳動物の体温を最適とする腸内細菌と比較すると、不利であるが、完全に排除はされない可能性がある。
  • 伝播:カンピロバクターは、汚染された食品や水の摂取、汚染された糞便との接触など、さまざまな経路で宿主間で伝播します。共有水源や飼料、感染した鳥の糞便など汚染された媒介物に接触することで、牛はカンピロバクターに感染する可能性があります。とくに、カンピロバクターは、環境中で様々なストレスにより損傷菌状態、もしくは、VBNC(生きているが培養できない細胞) になっていることも知られています。

カンピロバクターの環境での生残能力については、本ブログの下記記事にまとめていますので御覧ください。

カンピロバクターのバイオフィルム戦略とは?

牛がカンピロバクターを保菌していても、牛肉自体の汚染率は低い

 この記事では、国産肉牛のカンピロバクター保菌率が高いことを示す研究を紹介しましたが、牛肉自体のカンピロバクター汚染率が高いかどうかについては、そうでもないようです。

 1999年に埼玉県衛生研究所の小野博士らの調査では、下記のような結果が得られています。

  • 牛の糞便Campylobacter jejuni は頻繁に分離されました。特に、黒毛和種からのC. jejuniの分離率は50.2% で、ホルスタイン種の牛からの分離率 (30.9%) より高かったという結果が得られました。
  • 一方、牛肉ではCampylobacter jejuni は検出されなかったことが確認されました。具体的には牛肉では輸入肉58検体のうち陽性検体0、国産牛肉54検定のうち陽性検体0でした。

Ono et al.
Contamination of meat with Campylobacter jejuni in Saitama, Japan.
International Journal of Food MicrobiologyVolume 47, Issue 3, 15 March 1999, Pages 211-219

 小野博士らの上記論文では、同時に、養鶏場の鶏、食肉処理場の鶏、市販鶏肉でのCampylobacter jejuni の存在を調べており、いずれも高い割合で検出されています。したがって、牛肉の場合は、鶏肉と異なり、たとえ、腸内にカンピロバクターが高い確率で生存していても、このことが、直接牛肉のカンピロバクター汚染には直結していないと推察できます。

キャンピロバクターが肉用牛の腸内に保菌されていても、牛肉の汚染が高いとは限らないことを示すイラスト。

牛レバーには高頻度でカンピロバクターが存在する

 ところで、牛のレバーの生食はすでに禁止されていますが、カンピロバクターは牛のレバーにもいることが分っています。厚生労働科学研究食品安全確保研究事業において、健康な牛の肝臓及び胆汁中のカンピロバクター汚染調査を行ったところ、カンピロバクターは従来、胆汁には存在しないと考えられていましたが、胆嚢内胆汁25.4%、胆管内胆汁21.8%、肝臓では11.4%が陽性であることが示されています(厚生労働省HP)

 厚生労働省は、2011年に生食用食肉(牛肉)の規格基準の策定及び2012年に牛の肝臓を生食用として販売することを禁止しました。規制前後でカンピロバクターによる食中毒件数を比較すると、規制前の2010年では牛の肝臓を原因とする食中毒は16件でしたが、規制後の2013年から2015年までは1件に減少したことが明らかになっています(厚生労働省HP)

 なお、牛の 胆汁サンプルのから高い頻度でカンピロバクターが分離されることは、最近の下記の研究でも確認されています。

佐々木ら、牛胆嚢内胆汁のカンピロバクター汚染状況と分離株の性状、食品衛生学雑誌2020.61:126-31 

焼肉とカンピロバクター、食中毒のリスクを示すイメージ写真

焼肉では、腸管出血性大腸菌のほうが危険

 本記事で紹介したように、カンピロバクター食中毒は鶏肉の鳥刺しに限定されるものではありません。牛肉の焼肉にも同様にカンピロバクターが存在する可能性があるため、これを念頭に入れておくことが重要です。 

ただし、牛肉の場合は、カンピロバクターよりはるかに重篤な症状を引き起こす可能性のある腸管出血性大腸菌に注意が必要です。この点については言うまでもありません。

牛肉では腸管出血性大腸菌が一番怖いことを示すイラスト。