本記事では、食品微生物学や微生物学の入門者に対して、食中毒菌や腐敗細菌と人間との関係について解説する。人間も微生物も、恒星エネルギーの利用の観点でみれば、植物に対しての負け組である。植物と異なり、太陽エネルギーを化学エネルギーに変換できないからだ。宇宙人から見れば、植物こそがが尊敬すべき生命体であり、人間と微生物については、どちらも似たり寄ったりの下等生物と見なしているかもしれない。すなわち、食品微生物学とはエネルギーの観点から見た地球生物学における負け組同士の戦いに関する学問と捉えることもできる。
植物こそ地球生態系の勝者、人間と微生物は負け組
恒星の周辺を巡回する惑星に住む生物の勝者は、恒星の発するエネルギーを固定できる能力を持つ生物である。すなわち、太陽系で言えば、太陽が発するエネルギーを地球上で固定できる能力を持つ生物ということになる。すなわち植物である。
植物は、無機物である二酸化炭素と水から有機物に合成する際に、太陽エネルギーを使う。有機物を積み木ブロックと例えるならば、二酸化炭素や水のブロックをつなぎ合わせるための接着剤が必要だ。この接着剤が太陽エネルギーに相当する。積み木ブロックの接着剤として使われた状態の太陽エネルギーは、化学エネルギーと呼ぶ。
一方、残念ながら、人間を含む動物全般、および、食品微生物学で登場する微生物注)は、進化の途上でこのような能力を持つことができなかった。人間も微生物もいくら太陽に向けて口を開けても、太陽エネルギーが固定されることはない。
注)地球全体では光合成細菌が存在するが、食品微生物学では登場しない。
つまり恒星のエネルギーを吸収できるか否かという惑星における生物の能力評価においては、植物が勝者であり、人間や微生物たちは、敗者と見なせる。
このように考えてみると、人間は宇宙人が地球に来ると人間を意識していると勘違いしているが、宇宙人からすると、人間のように自分で太陽エネルギーを固定することができないような下等生物は相手にしていないかもしれない。
宇宙人が地球に飛来してくる真の目的は、高度に太陽エネルギーを固定する能力を持っている生物、すなわち、植物の能力を詳しく分析しようとしているのかもしれない。
まずは以上のように、人間と微生物の地球における敗者としての位置付けを整理した上で、以下に食品微生物学における人間と微生物の関係について整理してみたい。
人間と微生物は有機物破壊競争のライバルだ
上に述べたように、人間も微生物も太陽のエネルギーを自分では固定することができない。その結果、エネルギーを得るためにどうするかといえば、植物を破壊するしか道はない。
太陽エネルギーを直接利用することができないので、植物を破壊するという、野蛮で残念なライフスタイルである。
もちろんこの野蛮で残念なライフスタイルという点では、微生物も同じである。
つまり地球生態系における人間と微生物の関係は、負け組同士が植物由来の有機物を奪い合っているという構図になる。
このような人間と微生物の地球生態学における位置付けを理解した上で、さらに食品微生物学における腐敗とは何かを整理してみよう。
微生物に先を越された場合を腐敗と呼ぶ
植物由来の有機物を人間が微生物より先に破壊する場合、人間はこれを新鮮な食べ物を食べるとみなす。
しかし、微生物が先に有機物を破壊している場合には、人間はこれらの植物が腐っていると呼ぶ。
微生物が先に有機物をある程度分解しているので、すでに化学エネルギーレベルが低下しているので、その分解産物が人間の下には、美味しく感じないのだ。
以上のように、腐敗とは基本的に微生物が先に有機物をアタックしている状態と考えればよい。
なぜこのようなことを改めて説明しているかというと、微生物の大多数は、基本的に人間と競争しているだけで、人間を攻撃をするものではないということを理解していただくためである。
99.9%の微生物は人間と有機物をめぐり競争するだけで、攻撃はしない
上に述べてきたように、微生物も人間も、エネルギーから見た地球生物学上の負け組同士である。微生物は人間に特段の危害を与えているわけではなく、たまたま微生物が先に有機物をアタックした場合に人間が、「しまった!先にやられた!」と思っているだけだと整理すればよいだろう。
その上で、次の理解をする。
どのような世界でも言えることが、稀に例外が存在する。すなわち、多くの微生物の中には稀に人間に危害を加えようとする微生物が存在するということだ。人間の世界でも99.9%が善良な人々であっても、やはりわずかながら犯罪者が存在する。微生物の世界も、これと同じだ注)。
注)99.9%という数字は、正確に病原菌の種類を全微生物の種類で割って求めた数字ではない。地球上に存在している微生物数の多さから推定すると、正確に計算すれば、99.9%よりさらに100%に近づくと想定される。
このような、いわば指名手配犯に相当するのが、食品微生物学で学ぶ食中毒細菌である。
ここで重要な理解は、微生物が何千何万と種類があるのに対して、わずかにこれだけの種類が人間に危害を加える指名手配犯ということになる。
私たちは腐った食べ物を見ると危険だとみなす。
食品が腐っている状態では微生物の大量に存在している。仮にそこに病原菌が混在していた場合、病原菌の数も感染レベルまで達している可能性が高い。したがって、腐っている食べ物は食べてはいけないことはいうまでもない。
しかし、腐っていること、そこに食中毒菌が存在している可能性は別の話であるという理解も、食品微生物学を学ぶ者にとっては重要である。
賞味期限が一日でも超えた食品を危険だと感じる消費者もいるが、食品中に食中毒細菌が存在していなければ、食中毒になるわけではない。一方、たとえ賞味期限内であっても、そこに食中毒菌が混入していれば食中毒になる可能性もある。
すなわち、食品微生物学とは、次のような目的を持っていると整理することができる。
- 食べ物をめぐって多くの微生物に先を越されないようにすること
- 食べ物に指名手配犯の微生物(食中毒菌)が混入しないようにすること
上記の2つの目的を達成するための手段や考え方には、共通している部分もあるが、異なる場合もある。この点を使い分けて両目的の達成を目指すのが食品微生物学といえる。