本基礎講座では、グラム染色の重要性の一連の記事で、グラム陽性菌は疎水性官能基を持った化合物に弱く、 グラム陰性菌は強い、ということを説明してきた。 この理解は、食品微生物の検査培地の成分の読解力にも関連してくる。 本記事では、グラム陽性菌とグラム陰性菌の疎水性官能基を持った化合物への感受性の違いが、大腸菌群の検査に用いられるデソキシコレート寒天培地とBGLB発酵菅にも利用されていることを説明する。

培地成分読解力の重要性

 まず、グラム染色と化学薬剤の抵抗性については、下記記事で確認するとよい。

グラム陽性菌と陰性菌ー化学物質に対する耐性の違い

 微生物検査培地の培地成分を原理を読み解く読解能力がないと、培地メーカーの判定マニュアルの表面的な判定方法に振り回され、培養結果にたいしての柔軟な応用力が身につかない。特に卒業生や社会人の方から受ける質問として、特定の細菌を目的とした培地中にコロニーが出現しただけで、慌てて電話をかけてくるケースである。このような質問者の共通の特徴としてこれらの培地成分の読解力がほとんど身についていない点が挙げられる。特にコロニーの出現や非出現については、選択剤の原理が理解されていないと混乱が生じる。本記事の目的は、実際にこの選択の原理がグラム陽性菌とグラム陰性菌の疎水性官能基への感受性によって大きく決定されているという、非常に単純な事実を深く理解してもらうことだ。

 特定の微生物を検査するために開発された培地は、大きく言うと次の二つの原理によって構成されている。

  • 選択の原理:目的とする微生物は増殖し目的としない微生物が増殖しないような増殖阻害剤を添加
  • 識別の原理:目的とする微生物のみを目視で識別できるような生理代謝機能大確認する工夫

 本記事では、グラム陽性菌と陰性菌の疎水的官能基を持った化合物への感受性の違いが、どのように応用できるかということを説明するために、上記の選択の原理の部分にのみ触れる。

 ざっくり話をしてしまうと、大腸菌群やサルモネラ、腸炎ビブリオなどのグラム陰性菌細菌の選択剤は、「疎水性化合物によるグラム陽性菌の排除」というシンプルな仕組みで構成されている。この点を以下に培地の代表例をあげながら説明する。

デソキシコレート平板培地

 まず選択の原理について説明する。前のセクションでクリスタルバイオレットによって染まりやすいのがグラム陽性菌、染まりにくいのがグラム陰性菌と説明した。疎水性官能基を持ったクリスタルバイオレットが細胞壁を通過しやすく、さらに言い換えれば、増殖の阻害が起きやすいということである。

 大腸菌の検査培地のデソキシコレート寒天培地には、選択剤としてデソキシコール酸ナトリウムが加えられている。デソキシコール酸ナトリウムは、胆汁酸である。胆汁酸は、私たちのからだが油を分解するための石鹸として肝臓で作られ胆嚢から分泌される両親媒性の化合物である。構造式は、ベンゼン環の部分とカルボキシル基でできている。

ここで注目すべきはグラム染色に用いたクリスタルバイオレットもデソキシコール酸も疎水性官能基と親水性官能基思った両親媒性の化合物という点で共通しているという点である。つまりクリスタルバイオレットでグラム陽性菌が染まりやすいということは、デソキシコール酸ナトリウムによってグラム陽性菌の増殖を抑制されやすいということを意味している。

 つまりデソキシコール酸ナトリウムは、大腸菌群だけが増殖できるような選択剤のシステムを使っているわけではないということだ。培地成分を読解してみればわかるように、この培地に含まれているのは、微生物の増殖阻害剤としては、単に胆汁酸という成分だけだ。つまりこれらの物質に比較的弱いグラム陽性菌をできるだけ排除しようとしているだけに過ぎない。グラム陰性菌は大腸菌群と同様に全て増殖できるような環境になってるということをまず理解しておく必要がある。従ってコロニーの出現だけでは、大腸菌群の区別はできないということの理解が重要だ。

 この記事で詳しくは触れないが、デソキシコール酸ナトリウムに出現したコロニーの中で大腸菌群だけを区別するために識別の工夫が必要となる。目的とする食中毒菌に特徴的な代謝を利用して色を識別する。ほとんどの場合はその目的とする食中毒菌だけが利用できる炭水化物が培地に添加される。そして食中毒菌が炭水化物を利用すると培地の pH が下がる。 pH 指示薬を用いてコロニーの周辺の色の変化によって目的品を識別する。別の記事でも述べたように大腸菌群の定義は乳糖を発行するグラム陰性菌ということである。したがってここでは乳糖を発酵する能力を視覚的に判断できるような工夫をすれば良いということになる。具体的にはコロニーの周りでミュートが発行されて pH が下がることを利用している。すなわち pH 指示薬による大腸菌群コロニーの周辺の赤色かで判断している。

 いずれにしてもここでは、大腸菌群の検査培地では単純にグラム陽性菌とグラム陰性菌の疎水性官能基を持った化合物への感受性の違いを、選択の原理に利用しているに過ぎないということを理解していただきたい。

BGLB発酵菅

 BGLB発酵管でも同じだ。培地成分には、選択剤として牛の胆汁末とブリリアントグリーンが含まれてる。牛の胆汁末はすでに述べたように胆汁酸である。一方ブリリアントグリーンは、グラム染色に使うクリスタルバイオレットと同様にベンゼン環と親水性の部分の両方を併せ持った色素類である。すなわちブリリアントグリーンもまたクリスタルバイオレットや胆汁酸と同じようなメカニズムで、グラム陽性菌の増殖より選択的に阻害するという点では同じである。

 このようにBGLB発酵管もまた、大腸菌群だけが増殖するようにとのメカニズムを使っているわけではない。BGLB発酵管もまた単にグラム陽性菌の増殖を阻害しているにすぎないということを理解しいただきたい。この事を理解しておくことが検査結果の判定をする際に重要だ。

 

 次にBGLB発酵菅での識別の原理についても、簡単に触れておく。大腸菌群の記事で説明したように大腸菌群の定義は乳糖を発酵しガスト酸を産生するグラム陰性桿菌ということになる。 BGLB発酵菅では、大腸菌群に限らず全てのグラム陰性菌が増殖する。ただしここで乳糖を発酵できる能力を識別の工夫として使っている。 乳糖を発酵した際に二酸化炭素を産生する。この二酸化炭素の産生を、試験管の中にあらかじめ逆さまに入れていた小さなダルハム管というガラスチューブででトラップする。ダルハム菅が二酸化炭素によって浮き上がってきた場合には大腸菌群陽性となる。

 以上大腸菌の培地を例にここでは簡単に説明するにとどめたが、読者に理解してほしいのは、培地に関してはに表面的な理解ではなくそれぞれの培地の基本的な原理を理解してほしいということである。このことによって融通性と応用性が身につき、表面的な現象に振り回されなくなる。