カンピロバクター食中毒の原因となる食べ物は鳥刺しなどの鶏肉。一般的に私達はこのように考えています。しかし、カンピロバクターは養鶏場の鶏だけではなく、 牛、豚、羊、ヤギなどの家畜や、野生動物、野鳥などの腸内からも頻繁に検出されます。だから私たちの食品流通の過程で、これらの動物の肉などが感染経路になっても不思議ではありません。ではカンピロバクター食中毒が鶏肉由来である割合は統計的に果たしてどれぐらいでしょうか??今回はこのことに関する論文を紹介してみたいと思います。

カンピロバクター

カンピロバクターの基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ③カンピロバクター

鶏

カンピロバクター腸炎は散発事例が大半

 はじめにカンピロバクター腸炎の実態です。実はカンピロバクター食中毒の大半は、一つ一つの食中毒事例における患者数が極めて少ない散発事例です。散発事例の食中毒の場合は、大規模食中毒事例とは異なり、その感染経路の特定は実はとても困難です。特に、カンピロバクターの場合、次のような理由から、大半の原因食品が解明されていないというのが実態です。

  • 潜伏期間が比較的長い
  • 症状が比較的軽い
  • 食品での死滅が早い

鶏肉以外を原因とするカンピロバクター腸炎の発生割合

 カンピロバクターは養鶏場の鶏だけでなく、野鳥や、牛、豚、羊、ヤギなど多くの動物の腸内にも住んでいます 。このことから考えると、カンピロバクター食中毒の原因は必ずしも養鶏場から来た鶏肉だけではない可能性も想定できるわけです。

 このような問題意識から、 オックスフォード大学のシェパード博士らは、 この問題について膨大なデータを解析して統計的な推論を行いました。

調査方法の概要は次の通りです。

  • 2005年7月から2006年9月までスコットランドのヒトのカンピロバクター症の症例から得られた5674株の分離株およびカンピロバクター症の可能性があるヒトからの臨床株999株のカンピロバクター種分離株についてMultilocus Sequence Typing(MLST)解析によるST(シークエンスタイプ)と分離源との関連性についてsource attribution 解析(感染源を推定する解析)を行いました。

MLST 解析とはどんなものかについては本ブログの下記別記事をご覧ください。

病原菌や食中菌の感染ルート把握のための分子疫学解析手法(菌株の識別法)のすべてをわかりやすく解説します 

 また、博士らの解析には二つの解析モデルを使っていますが、解析モデルの詳細はここでは省略します。

 結果の概要は次の通りです。

  • 解析したCampylobacter jejuni菌株の58%~78%(数字の違いは異なる解析法による)は、鶏肉が主な感染経路と結論づけられました。
  • その他、鶏肉以外に起因するカンピロバクターの大半は牛などの反芻動物であることも明らかになりました。
  • 一方、ヒト臨床株において、野生の鳥類、豚および七面鳥、および環境由来のカンピロバクター株は比較的少ないという結果になりました。

 シェパード博士らのこの論文は、カンピロバクターの食中毒の主犯はやはり養鶏場によって生産される鶏肉であるということを、多数の菌株を用いて統計学的に証明しています。どうやら先進国においては少なくとも、カンピロバクター症を防ぐためには家禽産業に焦点を当てた対策が最も重要であるようです。

 論文が発表されたのは2009年ですが、これまでに273回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

論文→Campylobacter genotyping to determine the source of human infection
Clinical Infectious Diseases 2009; 48:1072–8

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。