カンピロバクターは微好気性の性質であるため、空気中の酸素濃度では徐々に死滅します。環境中で様々なストレスにより損傷菌状態、もしくは、VBNC(生きているが培養できない細胞) になっていることも知られています。しかしこれらの損傷菌状態や VBNC が実際に感染経路として役割を果たし、感染を起こすことができるかについてはまだ議論の余地があるところです。

カンピロバクターの基礎事項を確認したい方は、下記記事をご覧ください。
食中毒菌10種類の覚え方 ③カンピロバクター

 一方、カンピロバクターが環境中で生残し、他の食品への二次汚染をする場合があるのも事実です。なぜ、このようなことができるのはなぜでしょう?空気中での死滅をまぬがれる生存戦略によって、生存期間を延ばしていると考えらます。

カンピロバクターが環境中に放出された場合に様々なストレスに耐えなくてはなりません。ここで重要になってくるのがカンピロバクターの形成するバイオフィルムです。

今回はカンピロバクターの環境中でのバイオフィルム形成に関する2つの論文を紹介します。どちらの論文も、カンピロバクターがどのような環境でバイオフィルムを作りやすいかについて調べた論文です。

1つ目は、  英国食品研究所(Institute of Food Research)のルーター博士質の論文です。

 博士たちは、特に酸素濃度に着目しました。

 博士らの研究では、カンピロバクターの増殖に好ましい微好気性条件(5%O2、10%CO2)と好気性条件下(20%O2)において、カンピロバクターのバイオフィルムの形成のされやすさを調べました。その結果、微好気性環境よりも空気中の環境の方がカンピロバクターのバイオフィルムが急速に形成される事が明らかとなりました。また、博士たちは、これらのバイオフィルムからカンピロバクター細胞が放出される現象も確認しています。さらに、論文の中でデータは示されていませんが、このようにして形成されたバイオフィルムの中でカンピロバクターは50日間以上にわたって生存したということを博士らは述べています。

この論文は、微好気性であるカンピロバクターが酸素の十分な大気中で、なぜ生き残ることが出来て、そして交差汚染を引き起こすことができるのかについてひとつの答えを示している論文として注目されています。

2010年に発表されてからこれまでに133回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

Biofilm Formation by Campylobacter jejuni Is Increased under Aerobic Conditions
APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY, Apr. 2010, p. 2122–2128

 もうひとつの論文を紹介しましょう。こちらも、こちらも同じく英国食品研究所(Institute of Food Research)のブラウン博士たちの研究です。

 ブラウン博士たちは、カンピロバクターによるバイオフィルム形成の初期段階に注目しました。カンピロバクターが固体表面でバイオフィルムを形成するためにどのような条件が最も適しているのかについて興味を持ちました。そこで博士たちは、鶏肉滲出液(チキンジュース)がカンピロバクターの表面付着およびバイオフィルム形成に及ぼす影響を調べました。

 ガラス、ポリスチレンおよびステンレス鋼表面上にブルセラブロス(液体培地の一種)及びそのブロスに5%以上の鶏肉抽出液を加えてみると、 培地だけの場合よりもの鶏肉抽出液を加えた場合の方がカンピロバクターのバイオフィルムの形成が著しく促進されました(微好気性条件および好気性条件の両方で)

 そこでこのようにして形成されたバイオフィルムを電子顕微鏡で観察しました。その結果、カンピロバクター細胞が、表面自体ではなく非生物的表面に付着したニワトリ胚芽微粒子に付着していることを見つけました。つなわち、鶏肉抽出液が、非生物的表面を覆い、コンディショニングすることによってカンピロバクターのバイオフィルムの形成をサポートしているということです。また、鶏肉抽出液が栄養源になっている可能性もあるようです。

 この論文は、食品工場のラインで鶏肉のエキスで 汚れた場合に、水洗いなどの洗浄程度では落ちない薄い皮膜がカンピロバクターのバイオフィルムの温床になる可能性を示す論文として注目されています。

2014年に発表されてから、すでに85回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

Chicken juice enhances surface attachment and biofilm formation of Campylobacter jejuni
Applied and Environmental Microbiology p. 7053–7060 (2014)

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。