前記事で、家庭での鶏肉調理時におけるサルモネラ菌の二次汚染リスクを詳しく解説しました。多くの研究がキッチンの再現実験をベースに報告されていますが、実際の家庭のキッチンでの調理状況を詳細に観察した研究はほとんどありません。今回は、ポルトガルの12人の一般家庭での生鶏肉調理を直接観察し、交差汚染のリアルなリスクに焦点を当てた興味深い研究を紹介します。安全な調理のヒントも含め、ぜひご一読を!

Cardoso  et al.
Cross-contamination events of Campylobacter spp. in domestic kitchens associated with consumer handling practices of raw poultry
Int J Food Microbiol. 2021 Jan 2;338:108984.
Open access

 実験を行ったのは、前回の記事でサルモネラの交差汚染の実験を行ったポルトガルのテイセイラ博士らのグループ(第一著者はカルドッソ博士)です。今回の研究の最大の特徴は、実験条件を大学の研究室で設定するのではなく、実際のポルトガルの家庭を訪問し、その場での観察を行った点です。実験室で家庭キッチンを再現した実験は以前から行われていますが、実際の現場での観察報告はほとんど前例がありません。この点で、この研究は非常に価値があると言えます。

家庭訪問している調査員。

以下のような取材計画が立案されました。

  • 訪問観察は、2017年10月から2018年2月まで及び2018年4月に行われました。
  • 観察対象として、ポルトガルの18世帯の家庭を選択しました。18世帯の選定に際しては、経験豊富な主婦だけでなく、調理中の交差汚染の知識レベル、経済状態、年齢などを考慮し、シニア層や調理経験の少ないリスクの高い単身者など、多様な背景を持つ人々を選んでいます。
家庭訪問している調査員、その二。
  • 参加者には同意を得た上で、彼らが日常的に利用しているスーパーや鶏肉店で鶏肉を購入してもらい、それを自宅で調理してもらいました。
スーパーのいつものところで、鶏肉を買う青年と随行する調査員。
  • 訪問時間は約4時間を予定し、その間に取材クルーや微生物研究者が同席して観察を行いました。そして、調理の様子を詳細に記録し、キッチンでの微生物サンプルも採取しました。
カメラの前で緊張するシニアの家庭主婦。
  • 最後に、購入した鶏肉やキッチンクロス、ハンドタオル、スポンジ、まな板、シンクなどのキッチンの表面や調理器具から、食品調理の前後に綿棒でサンプルを採取し、カンピロバクターの検出検査を実施しました。

結果の概要は次のとおりです。

  • 今回実施した18世帯が各自購入した鶏肉のうち、14世帯でカンピロバクターによる汚染が確認されました(77.8%)。鶏肉中のカンピロバクタ菌数は1.0 × 101から2.2 × 103 CFU/gの範囲でした。
  • 18人中12人(66.6%)が鶏肉を水道水で洗いました。また、鶏肉を調理するためのまな板を使ったのは8人(44.4%)でした。
  • 18人の消費者のうち、生の鶏肉を扱った後、石鹸を使ってきちんと手を洗ったのは5人だけでした。
  • 観察中に突発的な事故や電話、犬の鳴き声、物を落とすなどのアクシデントが発生し、それに見舞われた観察者もいました。この観察者は、突発事例の発生時に、生の鶏肉を触った手をうっかり忘れ、洗浄機で洗ったきれいなお皿を触ってしまい、それをそのままキッチンボードに収納していました。
調理中に突発事故に遭い慌てる主婦。
  • 交差汚染の事象は4つのキッチンで検出され、鶏肉からまな板(2件)シンク(2件)キッチンクロス(1件)への交差汚染が確認されました。
家庭キッチンでカンピロバクターが汚染している箇所。

 以上の結果から、研究グループは次のような考察をしています。

  • 鶏肉を水で洗う行為

 まず、鶏肉の扱い方について、水道水で洗うといった行為が見られ、多くのポルトガルの一般市民が鶏肉を洗ってはいけないという知識や習慣が身についていないことが示唆されました。汚染度の低い鶏肉であっても、キッチンでの洗浄により、カンピロバクターが厨房全体に広がる可能性があることを意味しています。

 インタビューの結果、そのような調理方法を選ぶ理由として、家庭教育や親の習慣、購入した鶏肉の状態が挙げられました。あらかじめスーパーなどでパッケージングされた鶏肉は、既に洗浄されているとの認識があるため、それを再度洗わない者もいました。しかし、近所の鶏肉店で直接購入した鳥は、その場で処理され、洗われていないため、その肉を洗ってしまう傾向がありました。

 また、鶏肉を洗う理由としては、

  • 鶏肉がすぐに腐る懸念
  • 刻んだ鶏肉の中の小さな骨片による窒息のリスク
  • 化学物質やホルモンの懸念

 などの回答が得られました。これらの背景には、消費者の鶏肉供給システムへの信頼の問題や、清潔さ・衛生・食品の安全への関心が影響していると見られました。

街の鶏肉屋の鶏肉を見て不安がある女性。

 

つぎに、家庭調理におけるカンピロバクター交差汚染のリスク要因として浮かび上がったのは

  • 調理中の電話や、犬の鳴き声、その他の突発事故による注意の散漫

 家庭の厨房での調理中、事故や混乱が起こることがあります。特に、鶏肉のような危険のある食材の取り扱いには注意が必要です。今回の観察事例では、被観察者が鶏肉の調理と食器の整理を同時に行っていました。その過程で、生の鶏肉を手から滑らせ、洗浄済みのガラス容器の上に落としてしまいました。その後、鶏肉に触れた手で、キッチンのカウンターや道具に触れ、交差汚染のリスクが生じました。さらに、彼女は触った物を再び洗わずにキャビネットに収納してしまい、安全性の問題が浮上しました。

 鶏肉の取り扱い中に、外部からの中断、例えば訪問者、電話、赤ん坊やペットの介入、または事故などによって、計画的な行動が逸脱することがあります。このような逸脱は、交差汚染のリスクや食品の不適切な取り扱いを増加させる可能性があります。日常生活は予測不可能で、それが食品安全の標準的なアドバイスが消費者に十分に効果をもたらさない一因であると、博士らは指摘しています。 博士らはまた、調理中にすべての手順を厳密に考えなければならないのであれば、それは実践的には困難であると指摘しています。しかし、上記のような予期せぬ中断による誤操作には注意が必要であるとも警告しています。

パニックになったときに、慌てて生の鶏肉からお皿に関ピロバクターを汚染してしまった可能性を思い出す主婦。

 

 博士のグループは、家庭での鶏肉の取り扱いについて、リスクコミュニケーションを国民全体にしっかり普及させる必要があるとの見解を示しています。