本記事では、ノロウィルスの基本的特性(環境耐性の高さや非増殖性の特徴)、ノロウィルスが多くの食品を介して広がる理由、感染から発症までの潜伏期間、典型的な症状(急性胃腸炎の特徴)、健康な人々によるノロウィルスの排出・拡散メカニズム、乾燥条件下でのノロウィルスの生存能力について詳述する。さらに、ノロウィルス食中毒を予防するための具体的な対策も提供する。

住処からドミノ倒しに理解する諸性質

個別の食中毒菌の性質を理解するためには、まず、それぞれの住処を理解することが重要である。住処を理解することによって、その他の性質はドミノ倒しのように連続的に理解できる。  

1.ノロウィルスが増殖可能な地球上の唯一の住処は人間の体内である。この点は食品衛生管理の上で重要である。

2.ノロウイルスはウイルスなのでグラム染色性は存在しない。

3.ノロウイルスは感染型の微生物に分類される。

4.増殖に最適な温度という概念は存在しない。なぜならばノロウイルスは人の人の体外に出たら食品中や環境では増殖しないからである。ノロウィルスは環境中では増殖せずに物質のような状態として存在し、乾燥などの物理的ストレスに対しては大変強い。

5.増殖に酸素が必要か否かなどという概念ももちろん存在しない。なぜならば、ノロウイルスは食品を含めて環境中では増殖しないからである。

6.酸に対しては強い抵抗性を示す。ノロウイルスは私たちの胃酸では殺菌されにくい。このことはわずかな数のノロウイルスが私たちの体内に入った場合でも、胃を通過して小腸に達することを意味する。従ってノロウイルスのわずかな粒子が環境中に存在するだけでも感染を起こす。

7.抗菌剤で食品中のノロウィルスの増殖を抑えるという概念は存在しない。

8.また、ノロウィルスの選択培地などという概念も存在しない。ノロウイルスを培養することはできない。研究レベルでノロウイルスの培養に成功した事例は報告されているが、現在、まだ実用レベルでの培養技術は実現していない。

 以上を、ドミノ倒しのように連続的に理解するとよいだろう。

ノロウィルスをまき散らすのは人間

 ノロウィルスは宿主である人の細胞の外では生命体というよりも物質と同じような振る舞いをする。そして人の腸内細胞に感染を起こした途端に、細胞の中で活発に増殖をし始め、細胞を破って出て行く。ノロウイルスの宿主が人間だけであるということは重要な理解である。ノロウイルスの生息場所は人間なので、各種食品への唯一の汚染源は人間である。牡蠣で食中毒が起きている。だからといって、牡蠣がノロウィルスの生息場所や増殖場所であるわけではない。トイレの排水が下水処理場に流れていく。これらの浄水場ででノロウィルスの完全な殺菌、除去が行われなければ、河川を通じて海へノロウイルスが流れていく。牡蠣などの二枚貝は、海水を取り込み、体内のろ過装置によって海水に含まれているプランクトンを食べている。この過程で海水中に含まれるノロウイルスも貝の中に蓄積されてしまう。もちろんノロウイルスは牡蠣の中で増殖するわけではない。


 もうひとつの汚染ルートは、食品工場労働者の手から直接パンやその他の食品にノロウイルスが汚染するパターンである。一般的に乾燥したパンなどでは細菌による食中毒はほとんど起きない。しかしノロウイルスによる食中毒は起きる。ここではノロウイルスが人の手から汚染されるということがポイントである。

さらにまたもうひとつの汚染ルートは、人から人へ直接ノロウイルスが移る場合である。上述したようにノロウイルスは酸に対して強い。胃酸の PH である PH 3で3時間もノロウィルスの生存が可能だったというデータもある。従ってわずかなノロウイルス粒子が入っただけでも私たちの体内に感染を起こす。つまり食品とともにノロウイルスが体内に入る必要はなく、空気中やタオルなどを通じても人に感染する場合がある。このような事実から、ノロウィルスはそもそも食中毒微生物の整理で良いのかという疑問の声もある。

食中毒症状


 ノロウイルスに感染した時の症状の特徴は嘔吐である。ノロウィルス感染箇所は小腸上部に限定される。従ってノロウイルスが私たちの体内に入って胃を通過した途端に感染が起きる。私たちの体内は感染を感じ、その感染の原因となる物質を体外に出そうとする。肛門より口に近い部分でで感染を感じるので、私たちはは下痢ではなく嘔吐という反応をするわけである。一般に、感染型食中毒細菌の場合はほとんどの場合まずは小腸に感染し、最終的にはその感染は大腸にまで広がっていく。従って最終的な症状としては大腸からの下痢である。この点が細菌による感染とノロウイルスによる感染の根本的に異なる点である。

健康人でもノロウィルスを排出・拡散させる

ノロウイルス食中毒の症状から回復した後も、トイレでノロウイルスを一週間ぐらい排出し続ける。言い換えると回復した後も指にはノロウイルスがついている可能性が高いということである。従ってノロウイルスから回復した後も食品工場や食品売り場で働いた場合には、食品従業者が原因となって食品をノロウイルスで汚染してしまう可能性が極めて高い。一度ノロウイルス食中毒と医者に診断された場合には、食品の生産に携わる従業者は、少なくとも一週間以上の休業を申し渡される。
 また、さらに重要な点は、ノロウィルスの症状を示している感染者も不顕性感染者(感染しているが症状の出ない人々)も個人としては同じ量のノロウィルスを排泄することである。違いがあるとすれば、ウイルス感染症で症状を示している患者は、嘔吐する機会が多く、その結果として、不顕性感染者よりもウイルスの拡散効率が高いとう点だけである。この事実は、ノロウィルスの食品製造現場における拡散を管理することの難しさを示している。

食品中では増殖しない


 ノロウイルスの宿主は人間だけなので、ノロウイルスは食品中では全く増殖しない。従ってノロウイルス食中毒にならないために食品を冷蔵庫などの低温管理などの概念は存在しない。

同じくノロウイルスの食品中での増殖を抑制するための保存料の開発や食品の品質設計などという概念も存在しない。ノロウィルスのリスクを防ぐための唯一の方策は、ノロウィルス感染をした可能性のある人間が食品に手を触れないということである。この点はこれまで述べてきた他の食中毒菌と全く異なる管理ポイントである。

上記状況はいずれも、ノロウィルスの特性を理解していないことから生まれる勘違い間違いです。

食品に付着したら乾燥条件でも長期間生き残り、一人から大量の人に感染させる


 ノロウィルスのもう一つ重要な特性は、一人から多数の人間に感染させてしまうことである。2017年2月に東京で起きた刻み海苔ノロウイルス食中毒では、小学校1193人の児童と教職員がノロウイルスに感染した。原因となった給食に使われていた刻み海苔は、食中毒発生2ヶ月前の2016年12月に、大阪で海苔を刻む下請け業者によりノロウィルスの汚染されたと推定された。海苔を刻む装置を年配の業者の素手で一人作業していた。インタビューすると確かにあの12月は調子が悪くて風邪のような体調だったとのことだった。


 この事件からわかることは、1)ノロウィルスは乾燥状態で少なくとも2か月間は感染力をもっていること、2)たった一人から海苔を通して1000人以上に感染する能力を持っていること、である。

なぜアルコール消毒がノロウイルスに効かないのか?

インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスは、アルコールによる除菌が比較的容易である。これに対して、ノロウイルスはアルコール殺菌に対して極めて抵抗性が高い。この差異を理解するためには、ウイルスの二つの主要な分類、すなわちエンベロープ型とノンエンベロープ型について知る必要がある。

新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスは、エンベロープ型ウイルスに分類される。これらのウイルスは宿主細胞に感染する際、細胞のリン脂質膜を自身の膜として取り込み、細胞から脱出する際にもその膜を保持する。このようなエンベロープ型ウイルスは、宿主細胞との親和性を高めるためにこの戦略を採用しているが、この細胞膜は環境ストレスに対して脆弱であるため、アルコールなどの消毒剤によって破壊されやすい。

一方、ノロウイルスはノンエンベロープ型ウイルスに属し、細胞膜を取り込まないため、アルコールなどの化学物質に対して非常に強い耐性を持つ。ノンエンベロープ型ウイルスは、その構造上、エンベロープ型ウイルスに比べて環境ストレス、特にアルコール消毒に対する抵抗性がはるかに高い。

このため、ノロウイルスの除去には、アルコール消毒ではなく、漂白剤や特定の消毒薬品を使用することが推奨される。また、手洗いも非常に重要であり、アルコールベースの手指消毒剤よりも、石鹸と水による徹底的な手洗いが効果的である。

アルコール殺菌のメカニズムの分かりやすい説明は、下記の記事をご覧いただきたい。

エタノール殺菌とその殺菌メカニズム