食中毒菌10種類の覚え方 ④腸炎ビブリオ

住処からドミノ倒しに理解する諸性質

個別の食中毒菌の性質を理解するためには、まず、それぞれの住処を理解することが重要である。住処を理解することによって、その他の性質はドミノ倒しのように連続的に理解できる。

1.腸炎ビブリオはコレラ菌とともにビブリオ属に属する菌である。ビブリオとは”コンマ“の意味で、小さいコンマ状の桿菌であることからこの名前がつけられている。腸炎ビブリオの主な住処は海に住む魚などの動物の腸内である。もちろん、海水中などにも浮遊している。

2.水の環境なので、腸炎ビブリオはグラム陰性菌と理解できる。

3.グラム陰性菌であるので感染型食中毒菌と理解できる。腸炎ビブリオのような海洋細菌が陸上の哺乳動物に感染型食中毒を起こすということは極めて例外的な現象である。この点については後述する。

4.最適増殖温度は37°Cである。この点も海洋細菌としては例外的な特徴である。

5.グラム陰性菌であるので乾燥や熱などの物理的ストレスには弱い。

6.酸素の要求性については海の動物の腸内細菌なので通性嫌気性である。

7.酸に対する耐性も特徴的である。これまで陸上に住む哺乳動物の腸内細菌である腸管出血性大腸菌やサルモネラ菌は通性嫌気性菌なので酸に対して強いと説明した。したがって腸炎ビブリオもまた酸に対して強いと理解するのが自然である。しかし、腸炎ビブリオは実際のところ酸に対しては強くはない。むしろアルカリ性に対して強い。この理由は、腸炎ビブリオの生息域である海水の pH にある。一般的に海水の pH は淡水よりも0.5以上高い。平均的な淡水の pH が7.2から7.5であるが、海水の場合は8.0から8.2ぐらいである。このように海水の pH が高いので、そこに生息する海洋細菌である腸炎ビブリオも酸性よりはアルカリの方に強いという性格を持っている。

8.また、腸炎ビブリオはグラム陰性菌と同様に化学的薬剤には一般的には強い。従って腸炎ビブリオの選択培地を作る場合には胆汁酸などの疎水性官能基を持った化合物を使うことが可能である。

9.腸炎ビブリオの選択培地の代表的な培地である TCBS 培地の選択の原理はアルカリ性ということになる。このように培地をアルカリ性にしておくことで、同じようにグラム陰性菌である大腸菌やサルモネラ菌などが増殖できなくなるように工夫している。

以上を、ドミノ倒しのように連続的に理解するとよいだろう。

海洋細菌なのになぜヒトに感染する?

 ところで、ビブリオ属は海洋細菌である。本来、腸炎ビブリオのような海洋細菌は、魚とともにと冷たい水の中に生息しているため、その体表面や消化管に住む細菌は、本来、冷蔵庫のような低温にも適応できる。しかし、腸炎ビブリオはビブリオ属細菌の例外ともいえる菌であり、もともと海に生息する細菌でありながら、ヒトの腸内に感染し、下痢、発熱を引き起こす。この点でも、海洋細菌らしからぬ特徴を持っている。元来、海で生息している海洋細菌の中には、ヒトが食べ物と一緒に摂取しても食中毒を引き起こす菌は存在せず、この菌は海洋細菌の中でも、数少ない例外の一つといえる。わたしたちの腸内(37℃)で猛威をふるえるような菌は、このような環境に適応しているはずであり、そのほとんどは、他の陸上温血動物の腸内をすみかにするような菌(腸管出血性大腸菌O157、サルモネラ菌など)ということになる。腸炎ビブリオのように本来の住家が冷たい海でありながら、温血動物の暖かい腸内でも旺盛に増殖をし、猛威を振るう細菌というのは、かなり特殊な部類といえる。


 一方、この菌は冷蔵庫の温度(10℃以下)ではほとんど増殖できない。この点で、腸炎ビブリオは夏草に相当するような微生物と言えるかもしれない。腸炎ビブリオは海を本来の住処とする海洋細菌であるにも関わらず、 このように低温には弱いということも、不思議である。いずれにしてもこのような性質がなければ、日本に寿司文化は発達しなかっただろう。ならばもし腸炎ビブリオが冷蔵庫のような低温でも増殖することができるなら、わたしたちは魚を生で食べるた時に腸炎ビブリオによる食中毒に頻繁にかかってしまったと想定できるからである。

 一方、腸炎ビブリオを、例えば真夏の外気温30℃などの条件下に置くと、18分に一度の速度で分裂する。この速度は、腸管出血性大腸菌O157やサルモネラ菌など他の食中毒菌と比べても圧倒的に速く、分裂速度という点ではトップクラスの食中毒菌である。今、1切れの刺身に10細胞の腸炎ビブリオが付着していたと仮定する。この程度は日常的にありうる汚染量である。この刺身を30℃の食卓に置いておくと、3時間後に1万細胞となる。すなわち、その刺身を10切れ食べれば、10万細胞の腸炎ビブリオを食べることになる。このように腸炎ビブリオは夏季の室温では他の食中毒菌に比べても極めて早い増殖をするというのが特徴で、生鮮魚介類の温度管理が重要である。

日本では激減、世界では増えている腸炎ビブリオ中毒

最近は世界中で腸炎ビブリオの食中毒増加傾向にある。これは世界中で寿司や刺身などを食べるようになった事とも関連するだろう。しかし日本では逆に腸炎ビブリオの食中毒は2000年以降激減し、現在ではほとんど食中毒が起きていない。その理由は2000年に日本の厚生労働省が制定した規則によると考えられる。ガイドラインの最も大きなポイントは、魚介類の流通加工の温度を10°C以下に厳密に管理することを決定したところにある。このガイドラインにより、多くの魚介類の加工業者が、古くなった冷蔵庫を新しい冷蔵庫に買い換えるなど、流通において徹底した低温管理が実現した。