グラム陽性菌と陰性菌ー食中毒菌として

 さて、以上述べた2つの細菌の違いは、食中毒菌としての側面でも、大きく関連してくる。食中毒菌は毒素型食中毒菌と感染型食中毒菌に2分できる。毒素型食中毒菌とは、菌が作り出す毒素が食品中に蓄積して、ヒトがその毒素を食品とともに摂食して発症する食中毒である。この場合、ヒトに危害を与えるのは細菌が生産した毒素であって、細菌そのものではない。つまり、食品中で細菌がすでに死滅していても毒素が残っていると食中毒になる。2000年に起きた雪印乳業の黄色ブドウ球菌食中毒事件はこの例である。菌自体は牛乳中で殺菌死滅していたが、毒素が残っていたわけである。
 一方、感染型食中毒菌の場合、ヒトに危害をあたえるのはあくまでも菌自身である。菌自身がヒトの口→胃→腸管へと侵入し、最終的に腸管粘膜上皮細胞から体内に侵入しようとする攻防の結果、下痢を引き起こす。

 このように毒素型と感染型ではヒトへの発症メカニズムが違うので、発症するまでの時間や症状にも違いがでる。毒素型食中毒の場合、毒素入りの食品を食べてから発症するまでかかる時間はおおむね数時間から十数時間であり、症状も吐き気などの症状が主体である。一方、感染型食中毒の場合、菌入りの食品を食べてから発症するまでに10数時間から24時間と長時間要する場合が多く、症状は下痢症状である場合がほとんどである。毒素型の場合、体内に吸収された毒素がすぐに症状をひきおこすが、感染型の場合は、侵入した菌がまず、強力な殺菌力を持つ胃酸の洗礼をうけ、その後、なんとか腸管に達した生残菌が、腸内にもともと生息する腸内細菌との栄養の取り合いや戦いに勝ち、最終的に腸管粘膜上皮細胞の到達し、そこにへばりつき危害を加えるという長いプロセスがある。したがって、発症までに時間がかかるのである。腸管粘膜上皮細胞が侵入者の存在を嫌がり、水分吸収停止という措置(一種の生体防御反応)にでるため下痢症状になるわけである。


 さて、それでは、グラム陽性菌と陰性菌の違いと、感染型、毒素型食中毒との間にどのような関係があるのであろうか。ごくおおざっぱに整理すると、グラム陽性菌は毒素型食中毒菌が多く、グラム陰性菌は感染型食中毒菌が多い。その理由を考えてみよう。例えば、黄色ブドウ球菌やボツリヌス菌などグラム陽性菌の食中毒菌は毒素型であり、サルモネラ菌、大腸菌、腸炎ビブリオなどのグラム陰性菌は感染型である。先にのべたようにグラム陽性菌は基本的に陸上生活に進化適応した細菌である。細胞壁は物理的に強固ではあるが、水に生息する場合と異なり、多様な水溶性物質の侵入の脅威に常にさらされているわけではない。したがって、その壁は化学的には穴だらけである。この点が水に住むグラム陰性菌との大きな違いである。グラム陽性菌の細胞壁は外からの薬剤侵入にもろいと同時に、内からの細胞外酵素などの分泌はしやすい構造となっている。おそらく、陸上で生息するグラム陽性菌では生物の死骸を分解する際に、細胞外に消化酵素などを分泌したり、毒素を分泌しても、水に流される心配があまりないので、細胞外に酵素や毒素などのタンパクを分泌しやすいのだと整理するとわかりやすいのではないだろうか。一方、水に生息するグラム陰性菌は、基本的に消化酵素や毒素などを細胞外に気前よく分泌することはない。他の生物を攻撃したり、死骸を分解する際でも、基本的には体当たり攻撃で相手にへばりつく性向がある。