本記事では、 乳児用調製粉乳への汚染から乳児への感染が心配されるクロノバクタ・ーサカザキ(Cronobacter sakazakii)とはどのような細菌なのかについて整理する。また、乳児用調製粉乳の調乳の注意事項や、粉ミルクと液体ミルクの違いについても、微生物学的安全性の観点から解説する。

発見の歴史

 エンテロバクター・サカザキが初めて世界的に注目されたのは1961年のことです。英国で新生児がこの菌に感染しましたが、当時は原因が特定されませんでした。その後、1979年には米国でも同様に新生児に多数のエンテロバクター・サカザキによる感染症が確認されました。この時も菌が原因であることは分かりましたが、感染源は不明でした。

 事態が大きく動いたのは2001年のことです。この年、米国では9.11アメリカ同時多発テロ事件が発生し、日本では小泉内閣が誕生しました。テネシー州の新生児集中治療室で、9名の乳児が同時にエンテロバクター・サカザキに感染する事例が発生しました。この複数乳児の同時感染を受け、調製粉乳が原因ではないかと疑われ、調査が行われました。その結果、未開封の調製粉乳からエンテロバクター・サカザキが分離され、当時のパルスフィールド電気泳動によって遺伝子型の一致が確認されました。これにより、エンテロバクター・サカザキと粉末乳が関連していることが初めて科学的に実証され、以後、粉末乳はリスクの高い要因として注目されるようになりました。

粉末ミルクを持って驚く米国の医者たち

分類学的位置づけ

 Cronobacter sakazakiiは、グラム陰性桿菌で、通性嫌気性菌の腸内細菌科(Enterrobacteriaceae)に属する細菌である。 2007年にCrobnobacter属として独立するまでは、大腸菌群のEnterobacter属の一つとして、 Enterobacter sakazakiiと呼ばれていた。系統樹的にはこのように大腸菌群のEnterobacter属やCitrobacter属などと近いところに位置している。

 

Cronobacter sakazakiiの分類学的な位置づけ。

 Cronobacter属の”Crono”という語句は、ギリシャ神話で、自分の生まれた子供を食べてしまう神である”Kronos”からきている。後述するように、この細菌は1歳未満の乳児に致命的な感染を起こすので、子供を攻撃するという意味からこの名前がつけられた。

ギリシャ神話で自分の子供を食べる神

自然界や食品で見つかる場所

Cronobacter sakazakiiはその他の腸内細菌科に属する細菌と同様に、陸上動物の腸内から検出されるだけではなく、自然界に広く生息分布している。したがって、この菌の汚染防除という観点からは対策を立てにくい。つまり、どこからでも汚染が考えられるということである。

環境のどこにでもいるCronobacter sakazakii

 Cronobacter sakazakiiの汚染の多い食品としては、ハーブティーや各種香辛料、でんぷん食品などが挙げられる。その他、粉末状のスープ製品や乾燥食品、あるいはサラダなど、広くその汚染の可能性がある。また、食品工場(チョコレート、シリアル、ポテト、パスタの加工業者)などさまざまな食品からも検出される。

 ただし、後述するように、この菌は一般の成人に感染することはあっても、重篤な症状をおこすことは少ない。一方、乳児の場合は感染を起こすと致死率の高い深刻な症状を引き起こす。したがって、粉末製品や乾燥食品の中でも、特に乳児用粉乳における本菌の混入リスクが懸念される理由である。

Cronobacter sakazakiiが見つかる主な食品

病原性について

感染し易い年齢層

 Cronobacter sakazakiiによる感染症はすべての年齢層で発生している。とくに、乳児と免疫力の低下した高齢者も感染率が高い。乳児や高齢者以外の一般の成人では、手術後の創傷感染や尿路感染などが主である。また、本菌は一般健康人の糞便からも検出される場合も多い。

年齢別Cronobacter sakazakii感染者の割合

 上の図の引用元。米国疾病予防管理センターが発行するオープンアクセスジャーナルのEmerging Infectious Diseases • www.cdc.gov/eid • Vol. 20, No. 9, September 2014.本ジャーナルのパブリックドメインポリシーにより原図のまま掲載

症状

  新生児、特に低出生体重児は、本菌が新生児集中治療室の患者に髄膜炎、壊死性腸炎(NEC)、敗血症を引き起こす可能性があり、高い死亡率を示す。1歳未満の乳児この菌に感染した場合の死亡率は40から80%と考えられている。また、生存しても水頭症、四肢麻痺、神経発達の遅延など壊滅的な神経学的な後遺症も伴う場合も多い。したがって、新生児はハイグループとされている。

Cronobacter sakazakii感染乳児の致死率

感染メカニズム

 Cronobacter sakazakiiの病原メカニズムについては、腸管上皮細胞の接着因子であるフィブロネクチンに接着して侵入しているらしいことや、本菌の細胞外膜タンパク質(0mpA)が病原性に関与しているらしいことなどが分かっている以外は、まだほとんど分かっていない。また、乳児の場合には、大人に比べて腸管上皮細胞同士の接着部分が未発達であるので、その間隙を縫って本菌が血管やリンパ管に侵入しているとも考えられている。

Cronobacter sakazakiiの腸管上皮細胞への侵入

 本菌は、ヒトの腸管細胞に侵入し、マクロファージで複製し、血液脳関門に侵入することが示されている。乳児の症例として最も多いのは、臨床症状から敗血症と髄膜炎である。

Cronobacter sakazakiiによる感染パターン

発症菌量

 最小感染量(MID: Minimum Infectious Dose)については、明確に確立されていない。しかし、いくつかの研究から、特に免疫力の低い新生児に対して非常に低い菌数でも感染が成立する可能性が示唆されている。具体的な数値としては、一般的に約1000 CFU(コロニー形成単位)という推定値が示されているが(Iversen and Forsythe, 2004)、これはあくまで一般的な推定値に過ぎない。特に病原性の強い株や免疫力の低い新生児の場合、この数値よりもさらに低い菌数で感染が成立する可能性がある。

日本での感染事例

これまでに超低体重出生児において、2例報告されている(2007年多発性脳膿瘍、および2009年敗血症)。ただし、感染経路は不明とされている。

 なお、Cronobacter sakazaki感染症は米国においても過小評価されている可能性が高いとされている。なぜなら、1歳未満の乳児からCronobacter sakazakiが検出された場合に報告義務を設けているのはミネソタ州だけであり、他の州ではその義務がない。従って、米国においても、Cronobacter sakazaki感染症の発生頻度は過小評価されていると危惧されている(CDC)。

最も注意すべきMLSTのST4

 病原菌を種の解像度以上に遺伝的にタイピングする一つの手法としてMLST(Multi Locus Sequence Typing)がある。Cronobacter sakazakiiについては、66の配列タイプが定義されている(www.pubMLST.org/cronobacter)。Cronobacter sakazakiiの臨床分離株41株を対象に、7遺伝子のMLST法を適用した研究では、C. sakazakiiの半数(20/41株)が配列型(ST)4であることがわかっている。また、髄膜炎の9/12株がST4であることがわかっている。すなわち、C. sakazakiiのST4は,新生児髄膜炎を起こしやすい病原性の高い遺伝子型(sequence type:ST)であると考えられている。

※MLST技術のわかりやすい解説は下記別記事をご覧ください。

Multilocus sequence typing(MLST)法

 また、Cronobacter sakazakに多剤耐性菌の存在も確認されている。したがって、抗生物質を治療に使えない感染症の発生も危惧されている。

Cronobacter sakazakiiは乾燥に強い

 Cronobacter sakazakiiが、上述したような乳児用粉乳やその他の乾燥食品で問題となる理由として、この菌が乾燥に強い点が挙げられる。もちろんこの菌はグラム陰性菌の腸内細菌科に属するので、乾燥に対してグラム陽性菌のような強さは持っているわけではない。しかし、グラム陰性菌の中では、乾燥に最も強いグループの一つと考えられる。

Cronobacter sakazakiiの乾燥状態に対する耐性

 腸内細菌科のいくつかの細菌の乾燥条件下における生産能力の違いを見た研究がある。この研究によると腸内細菌科は乾燥耐性について3のグループに分かれるようだ。

第1グループの乾燥に最も弱いグループで、Citrobacter koseri、Citrobacter freundii、Enterobacter cloacaeが含まれる、これらのグループの腸内細菌群は固体表面の乾燥条件下では、6ヵ月後には検出できなくなった。

第2グループのSalmonella Enteritidis、Eshechichia coli、Klebsiella pneumoniaeである。 これらの細菌グループは乾燥条件下で15カ月まで生き残ることができた。

第3グループが乾燥条件下に最も強いグループである。 これらのグループには、Cronobacter sakazakii、Escherichia vulneris、Klebsiella oxytoca、Pantoea spp.などが含まれる。これらの細菌は乾燥条件下で、2年後も回収可能であった。

さまざまな腸内細菌科菌群の乾燥条件下での生存比較

上の図は下記論文のデータおよびグラフをもとに、作図したものである。
Dry stress and survival time of Enterobacter sakazakii and other Enterobacteriaceae in dehydrated powdered infant formula
J Food Prot. 2007 Sep;70(9):2111-7.

Open access

 以上のように、Cronobacter sakazakiiは腸内細菌科軍の中でも最も乾燥に強いグループに含まれている。このような乾燥に対する耐性が乳児を粉乳やその他の乾燥食品で長く生産し、感染を引き起こす可能性を残す理由となっている。

Cronobacter sakazakiiが乾燥耐性なのは莢膜による保護が大きな要因らしい

 同じグラム陰性菌の腸内細菌科のグループの中でもなぜ乾燥耐性が違うのだろうか? この乾燥耐性はどのようなメカニズムで起きているのだろうか?

 Cronobacter sakazakiiの全ての株ではないものの、多くの株が細胞外多糖類や莢膜を作る能力を形成することが研究でわかっている。

 ここで細菌の莢膜、細胞外多糖類、バイオフィルムの関係について、簡単に整理しておく。

  • 莢膜は、ドイツ語のKapsel(カプセルと同語。英語のcapsule)に対する訳語である。膜という言葉から細胞膜のようなしっかりとした構造物を想像してしまうかもしれないが、そうではない。細菌が分泌した高分子多糖類が細胞の周りに比較的均一に分泌している状態を莢膜と呼んでいるにすぎない。次に述べる細胞外多糖類やバイオフィルムの多糖類と成分的にはおなじである。
  • 細胞外多糖類は、文字どうり細菌が細胞外に分泌する多糖類のことである。莢膜ほどしっかりとした細胞の周辺での構造物としての定着がない場合を言う。
  • バイオフィルムは、細胞が多糖類が細胞間に広範に分泌されて一つの集団を形成している状態のことを言う。

 以上のように、細菌の莢膜、細胞外多糖類、バイオフィルムは、形状は異なるものの、本質的に同じ構造物であるとまずは理解しておくとよい。

 またこのような多糖類は細菌の菌株によって、あるいは環境条件によって、作ったり作らなかったりする。すなわち、全ての細菌の菌株が莢膜を持ったり、細胞外多糖類を産生するわけではなく、株によって作るものを作らないものもあるし、また環境条件によって莢膜ができたりできなかったりする場合もあり得る。

バクテリアは、細胞外多糖類をさまざまな形状で分泌する

 これらの構造物の役割として、一般的には宿主の免疫細胞からの攻撃の防御や、環境での生存戦略と考えられている。病原菌の多くの場合、動物に感染した時に莢膜を形成するが、純粋培養してみると莢膜膜を形成していない場合などもよく見受けられる。また、微生物は環境における栄養の枯渇など、環境条件が悪化した時に、固体表面で多糖類を分泌してバイオフィルム戦略を取る。

 さて、なぜ、Cronobacter sakazakiiが乾燥に強いかについてであるが、上述したように、Cronobacter sakazakiiの全ての株ではないものの、多くの株が細胞外多糖類や莢膜を作る能力を形成することが研究でわかっている。加えて、腸内細菌科の感想条件下での生存を比較した上の図の研究を行なった研究者たちの結果でも、次のような結果が得られている。

  • 乾燥保存の最初の18ヶ月間は、莢膜形成と回復の間に相関関係は見られなかった。
  • しかし,2年後には回収した5株のうち4株が莢膜を形成する株であった。
  • さらに、2.5年後に回収できたのは莢膜を形成した2株のみであった。

 これらの結果から、Cronobacter sakazakiiの乾燥条件下での長期間の生存に、はやはり境膜の存在が重要な役割を果たしていると推定されている。

乳児用粉乳での汚染パターン

 国際的には一般に乳児用粉乳の食品工場での製造工程では完全にCronobacter sakazakiiの混入を防除することをすることが難しいとさている(CDC)。その理由として乳児用の栄養成分は加熱殺菌で失われやすく、そのため加熱後の最終段階でこれらの栄養成分を添加する場合が多いためだどとされている注)。粉乳を最終的に包装段階に入る際の菌の混入も完全に防ぐことは不可能だと考えられている。

注)メーカーにより製造工程が異なる。上記はあくまでも国際的な一般的な製造工程を指している。

製造段階での混入

 また、Cronobacter sakazakiiは日常生活の周辺環境にも存在している可能性があるため、家庭で乳児用粉乳をお湯で調整する際に混入する可能性もある。

家庭での調乳段階での混入

日本の製品の汚染状況

2005年~2007年に厚生労働省科学研究班が行った調査結果では、市販の幼児用調製粉乳の汚染率は各年度2~4%であった。ただし、汚染菌数は低く、 2006年以降の検出はすべて検出限界値である333g中に1個であった。国内の幼児用調整乳の規格基準は0.222g中に大腸菌群陰性であるので、およそ1000倍以上の検体量の検査によりようやく検出される低い菌数レベルであると報告されている。

 また、2006年11月から2008年2月で調査結果発表した論文においては、国産品61製品のうち4製品(7%)でCronobacter sakazakii陽性であった報告されている。また、同じレポートで輸入品88製品のうち5製品(6%)がCronobacter sakazakii陽性であったと報告されている。

70℃で調製

 WHOは、家庭で乳児用粉乳をお湯で調整する際に、まず、お湯を沸騰させて、粉乳を溶かす際に次のようなガイドラインを設定している。

  • 粉乳を溶かす際には必ず70°C以上を保つこと。
Cronobacter sakazakiiの殺菌条件と、しての70°C

なぜ70°なのだろうか?

ここでは微生物を殺菌するD値という概念の理解必要となってくる。

※加熱殺菌における。D値の基礎事項を確認したい方は、下記の記事をご覧ください。

D値とは?

以下の計算をしてみよう。

 Cronobacter sakazakiiの加熱実験の研究により、70°CでのD値=3.9秒と実験で求められている。一方、これまでのCronobacter sakazakii粉ミルク中の汚染レベルは1cfu/100g程度もしくはそれ以下である場合が多い。そこで、70℃で4D殺菌、すなわち、3.9秒×4=15.6秒の殺菌時間をかければ、0.0001cfu/100gとる。これにより、本菌による感染リスクをほぼ0にできる計算となる。

70°殺菌でどれぐらい殺菌できるかの計算

以上のようにD値を用いて具体的に自分で計算してみれば、70°Cで粉ミルクを調整した際に、どの程度Cronobacter sakazakiiによる感染リスクを防げるかが理解できるのではないだろうか。

液状ミルクは最も安全

 乳児用粉乳とは異なり、液体で販売されている乳児用ミルクに関しては、包装後に加熱殺菌を行っているか、あるいは充分な液体殺菌を行った後に無菌環境下で確立された手法でパッケージングされている。したがって、液状ミルクではCronobacter sakazakiiの混入リスクはないと考えられている。米国CDCは、特に生後三ヶ月未満の乳児については、できるだけ液体ミルクを使うように推奨している。

 なお、日本では、 2018年、厚生労働省において「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」及び「食品、添加物等の規格基準」改正・施行したことで、乳児用液体ミルクを国内で製造・販売することが可能となっている。

液体ミルクが一番安全