食品の大腸菌群検査の意義や基準に対して米国でも疑問の声あり

 世界の食品微生物分野での大腸菌群の検査は、今後、消えていくかもしれません。現在、日本では、多くの食品の衛生基準に大腸菌群が入っています。しかし、 すでにEUでは食品の検査に大腸菌群は用いられていません。その代わり、大腸菌(Escherichia coli)および、腸内細菌科菌群の検査が採用されています。 日本以外の主な国は、例えば、米国や南米の一部の食品(乳製品等)で大腸菌群の基準があります。また、韓国でも日本と同様に多く食品の衛生基準に大腸菌群が設定されています。しかし、最近、米国やブラジルでも、乳製品業界や大学識者から疑問の声があがっています。本記事では、それらのいくつかの例を紹介します。

 大腸菌群とは、非分類学的分類であり、定義上は、32~35℃で48時間以内に酸とガスを産生しながら乳糖を発酵するグラム陰性桿菌と定義される細菌群です。

 大腸菌群という単純な概念は、100年以上前に、水質の糞便汚染検査のために開発されました。大腸菌群検査は、その利便性の高さから、すぐに乳製品やその他の食品業界で採用されるようになりました。しかし、大腸菌群の定義は分類学的にはあいまいで、複数の属を含みます。また、自然環境にも生息している菌種も多数見つかっています。このことから、すでにEUでは食品の検査に大腸菌群は用いられていません。EUでは、大腸菌(Escherichia coli)および、腸内細菌科の検査が採用されています。

 現在、大腸菌群検査が残っている主な国は、日本と米国(一部)などです。

米国乳製品業界からの声

 米国では、一部の業界で大腸菌群検査が残っています。その代表格が乳製品の検査です。ただしその目的は、糞便汚染指標ではありません。パスツール殺菌の失敗の可能性(実際は、ほとんどおきない)、および乳製品の加工後の二次汚染(しばしば起きる)の指標としてです。しかし、最近、これらの目的でも、大腸菌群検査を疑問視する声が乳業界から上がっています。たとえば、下記です。

チーズを検査する男性

 上記の米国チーズ業界誌のの意見を要約すると次の通りになります。

「牛乳の検査に通して大腸菌群を用いているのか?これは非科学的である。 現在の進歩した技術では、実際のチーズで健康被害を与える病原大腸菌、サルモネラ菌、カンピロバクター菌などの病原菌の手頃な迅速検出技術がある。それでやればよいではないか。なぜ、いまだに大腸菌群でやるのか?」

 この記事ではその他にも色々なことを記載していますが、大腸菌群のくだりについては要約すると、このコラムの筆者はこのように、現在の米国の乳製品での大腸菌基準に不満を述べています。

米国アカデミアからの声

 そこで、 食品微生物の安全性に関する米国における強力なオピニオンリーダーの一人 であるコーネル大学のウィードマンら教授らは、この問題について、ニューヨーク州牛乳振興諮問委員会の委託を受け、研究に取り組みました。今回紹介する論文は、2016年に出版された成果報告です。

本研究の目的は、

  • 市場に出回っているチーズについて、大腸菌群と主要な病原菌の分布率の関係を評価すること、

および、

(2)大腸菌群の分布と公衆衛生との関連性を評価することです。

 教授らは、合計 273 個のチーズサンプルについて、大腸菌群の有無、およびサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、腸管出血性大腸菌、リステリア・モノサイトゲネス、およびその他のリステリア菌種の検査を行いました。

その結果

  • 検査したすべてのチーズサンプルのうち、27% (75/273) が 10 cfu/g を超える濃度で大腸菌群に陽性反応を示しました。生乳チーズでは低温殺菌チーズ(21%)に比べて42%(>10 cfu/g)の大腸菌群が検出されました。
  • 大腸菌群で汚染されたチーズサンプルでは、水分活性のみが大腸菌群濃度と有意に関連していました。
  • すべてのチーズサンプルでサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、腸管出血性大腸菌は陰性でした。リステリア・モノサイトゲネスが陽性の5検体を含む12検体のチーズからリステリア菌が検出されました。大腸菌群とリステリア菌の検出には関連性は見られませんでした。

 以上の結果から、教授らは、大腸菌群検査は、ナチュラルチーズの衛生状態の評価の指標としては不適当であると結論しています。

チーズでの大腸菌群を指標にることの不適格性を訴えるウィードマン教授

この論文は2016年に出版され、これまでに35回引用されています(2021年11月現在、scopus調べ)。
Coliform detection in cheese is associated with specific cheese characteristics, but no association was found with pathogen detection
J Dairy Sci. 2016 Aug;99(8):6105-6120.

この論文以外にも、ウィードマン教授らは、2016年以降、衛生指標細菌としての大腸菌に疑問を投げかける論文複数出版しています(例えば下記2論文)。

1)Martin, N. et al. The evolving role of coliforms as indicators of unhygienic processing conditions in dairy foods.
Front. Microbiol. 7:1549 (2016). 

2)Rojas A. et al. Coliform Petrifilm as an alternative method for detecting total gram-negative bacteria in fluid milk.
J. Dairy Sci. 103:5043–5046 (2020)

これらの論文における博士らの主張の共通の論点を整理すると以下の通りです。

  • そもそも大腸菌群は環境にも生息するので、その存在が、衛生環境の悪さ(糞便指標や他の食中毒細菌の存在の可能性)を示すとは限らない。衛生指標としてはEUのように大腸菌にすべきである。
  • 加熱後の二次汚の染指標としても、大腸菌群は不適当である。例えば、チーズ業界での加熱後の二次汚染は大腸菌群ではなくシュードモナスである。加熱後の二次汚染指標としては、グラム陰性菌にすべきである。

ウィードマン博士は、食品微生物の安全性に関する米国における強力なオピニオンリーダーの一人です。米国では、このような声が、産業界からもアカデミアからも次第に強まっています。

ブラジルでも

 なお米国と同様に乳製品業界で 大腸菌群の基準を採用してきたブラジルでも、国際基準に合わせるべく、2018年に ブラジル国立衛生監視局(Anvisa)が、大腸菌群を廃止して、その代わり腸内細菌科菌群や大腸菌を基準に盛り込むことを提案しています。下記の論文はブラジルの国立衛生機関が発行している国内雑誌ですが、その事情を説明しています。

Evaluation of Violet Red Bile Glucose agar specificity for Enterobacteriaceae isolation in raw goat milk
Vigil. sanit. debate 2020;8(1):91-96
(上記論文をご覧になりたいかたは、上記論文タイトルをコピーペーストして検索にかけてみてください。PDFの直接ダウンロードページが直接検索されます)

さて、日本は?

 特に日本では、乳、乳製品、清涼飲料水、冷凍食品、加熱食肉製品(包装後加熱)、洋菓子など、幅広い食品で大腸菌群が検査に用いられています。

 日本の基準で、様々な食品で大腸菌群が衛生指標菌に用いられていることのサイエンスとしての分かりにくさや、東南アジア諸国などでの EU 対応と日本対応での別基準による混乱などの詳細については、このたび、下記の記事で大幅改定し、詳しく説明を追加しました。是非ご覧ください。

 大腸菌とは何か、大腸菌群とは何か

 行政対応が遅いのは日本に限ったことではありません。米国も日本と同様、行政の動きは早いわけではありません。ここで紹介した業界からの声やウィードマン教授たちのこの問題に関する最初の論文は2016年で、すでに5年前です。しかし2021年現在、米国で乳製品の衛生指標菌としての大腸菌群の位置づけは行政的には変更されていません。産業界やアカデミアの声が即座に行政に反映されるわけではないのは、世界共通です。 米国もその例外ではないようです。日本と同様に大腸菌群を多くの食品の衛生基準に設定している韓国の動向ついても、現時点では、私はつかめていません。個人的感想としては、その中では、やはり、ISOやEUの動きが、諸事全般において迅速な印象を受けます。

 しかし米国でも今回紹介したような声もあります。日本においても、大腸菌群の各種基準が世界的に孤立した状態になることは避けてほしいところです。

孤立化する日本の大腸菌群法律規格

※この記事は本ブログ用に書き下ろしたオリジナル原稿です。