前の記事では、EUの食品事業者が自社製品に賞味期限と消費期限のどちらの表示を施すかについて、EFSAが示した判断基準ガイドラインを紹介しました。この記事では、消費期限表示が適用される場合に、どのような日数を消費期限に設定すべきかに関するEFSAのガイドラインの内容について説明します。

2020年に発行されたEFSAガイドライン

Guidance on date marking and related food information: part 1 (date marking)

この文書の概要は、次のとおりです。

1.賞味期限と消費期限の区別に関する基準

 この部分では、賞味期限と消費期限を区別するための基本的なガイドラインが提供されました。

2.消費期限の設定プロトコルに関する指針

 この部分は微生物学的危険度が高い食品に焦点を当て、消費期限の設定に関する詳細なガイドラインを提供しました。

 1.については、前記事で紹介しました。

消費期限VS賞味期限:EFSAが提供する明確なガイドラインと便利なフローチャートで判断を簡単に!

本記事では本ガイドラインの2.についての概要を紹介します。

消費期限設定が必要な食品とは?

 まず、消費期限を設定すべき場合、前記事で説明したように、食品事業者が製造した食品が工場から流通・出荷され、消費者に届くまでの間に、病原菌や腐敗微生物が増殖する可能性がある場合に消費期限を設定します。

消費期限と賞味期限の区別を模式化したグラフ。

消費期限設定で考慮する要素

消費期限を設定する際は、次の項目を考慮します。

対象微生物の設定 

 まず第一に考慮すべきことは、対象微生物の設定です。これは、HACCP(ハサップ)のハザード(危害)設定の考え方に似ています。例えば、多くの場合、次の二つの点が考慮されます。

  • 製品の品質に影響を与える微生物(腐敗細菌)
  • 食中毒菌などの有害微生物

 これらの微生物を基準として設定し、続いて、これらの微生物が流通過程でどのように増殖するかを評価する必要があります。

 なお、消費期限の設定においては、腐敗微生物と食中毒菌に基づくそれぞれの限界日数が定められた場合、より早い日数を優先して消費期限とします。例えば、食中毒菌に基づく消費期限が5日で、腐敗細菌に基づく消費期限が3日の場合、消費期限は3日と定めます。逆に、腐敗細菌に基づく消費期限が5日で、食中毒菌に基づく消費期限が3日の場合も、消費期限は3日とします。

腐敗菌と食中毒菌のどちらで消費期限を判断するかを示したグラフ。

対象微生物の初期菌数の推定

 対象微生物を決定した後の次のステップは、工場から製品が出荷される時点でのこれらの対象微生物の菌数を推定することです。例えば、1cfu/gと100cfu/gでは、スタート時点の菌の濃度が異なるため、同じ時間を経過しても、閾値に達するまでの時間が異なります。したがって、消費期限を設定する際の製品中の初期菌数の推定は非常に重要な作業となります。

初期菌数の設定方法には、以下の二つの方法があります。

  • 実際にその菌数を定量的な菌数測定で測定する。
  • 微生物の定性検査の結果から定量的な数値を推測する。

 直接定量法(❶)は、腐敗菌などの場合に有効です。しかし、食中毒細菌の場合、製品中での存在が極めて不均一であり、また存在していたとしても非常に低い濃度であるため、この方法では限界があります。そのため、食中毒細菌に関しては、定性検査の結果から定量的な数値を推測する方法が適している場合があります。この方法(❷)については、後日その具体的方法例を本サイトで紹介する予定です。

微生物の直接定量法と汚染率から濃度を推定する方法の比較イラスト。

温度履歴の設定

 この予測において最も重要なのは、流通過程の温度履歴です。製品がどのような温度履歴を経て消費者に届くかが、この予測の基礎となります。温度履歴に関しては、常に合理的に予見可能な最悪の状況を想定する必要があります。例えば、流通過程や販売の状況、さらには消費者が購入後に冷蔵庫で保管する温度など、これらすべてにおいて最悪のケースを想定します(例えば、製造から小売店舗陳列までを8°Cと想定しても、消費者が冷蔵庫に製品を保管する場合、冷蔵庫が8°Cではなく12°Cになる可能性も想定します。これが「合理的に予見可能な最悪の状況」、すなわち常に最悪のケースを想定することを意味します。このような温度履歴を想定しながら、二つの主要な危害微生物の増殖を予測します。

食品の温度履歴はワースト履歴を想定する。

消費期限設定の4つの手段

 消費期限を決定する際には、食品中の腐敗細菌や食中毒細菌が最大許容レベルに達する時期を特定することが重要です。腐敗細菌の最大許容レベルに達する時期は、各食品の品質評価との関連性を考慮して、各事業者によって決定されるべきです。一方で、食中毒細菌の場合は、それらが食中毒を引き起こす最小発症菌数などの科学的データに基づいて判断されます。例えば、リステリア・モノサイトゲネスの場合、コーデックス基準によると、100 cfu/gが最大許容レベルとされています。最大許容レベルに関しては、食品事業者が対象微生物ごとにケースバイケースで判断すべきであるため、このガイドラインではそれについての詳細は省略されています。ガイドラインでは、各食品の微生物の増殖をどのように予測するかの方法について述べられています。

 微生物の増殖を予測する方法には、次の4つが考えられます。

  • 実際の食品中で微生物を直接測定する方法
  • 文献などを参考にして判断する方法
  • 予測微生物学的な手法を用いる方法
  • 対象の微生物を食品に植え付け、その増殖を測定する方法

以下、これらの方法について順に説明していきます。

1.実際の食品の微生物の増殖を測定する方法

 第一に、実際の食品中での微生物の増殖を測定する方法は、実際に当該食品に自然に存在する増殖を測定するため、最も現実的かつ正確な方法であるというメリットがあります。この方法は主に腐敗微生物の測定に適しています。

直接食品の微生物を測定する場合、腐敗細菌は適している

 一方で、食中毒菌の予測には適さない場合が多いです。その理由は、食中毒菌の分布が腐敗微生物と異なり、非常に不均一であるためです。一つのサンプルで食中毒菌が増殖していなくても、これはそのサンプルに限った話であり、全ての製品に当てはめることはできません。この不均一性は、サンプリングの計画における不確実性、曖昧さ、信頼性の問題を引き起こします。特に不均一な場合、単一のサンプル抽出は合理的ではありません。これはHACCPの原則に基づく考え方です。HACCPでは、一つのサンプルの検査結果だけで全ての製品を判断するリスクを避けるため、サンプリング検査結果への過度の信頼は否定されています。以上の理由から、食品そのものを保存して病原菌を評価する方法は不適切であると言えます。

食中毒菌の場合は直接食品の定量実験は誤った判断になる可能性が高いことを示すイラスト。

では、どのような方法が適しているのでしょうか。

2.科学文献によって判断する方法

 対象微生物が予測されうる合理的な温度履歴において増殖したり、毒素を産生したりするかについては、これまでの科学的なデータを参照します。対象微生物の増殖条件に関する文献を取り寄せることで、これらの微生物が増殖する可能性があるかどうかを判断できます。また、もし増殖する場合、どのような条件で増殖するのか、閾値はどれぐらいかなどの詳細なデータを文献から得ることができます。この方法により、対象食品の温度履歴における微生物の増殖の可能性やリスクを大雑把に判定することが可能です。

 科学文献は、食品特性と生産、包装、および貯蔵条件が、関連する微生物の増殖を支持しないことを示すことを目指す場合に特に重要です。

 ただし、文献データはあくまで文献に記載された実験条件下での結果であるため、自社製品の実際の温度履歴における増殖のきめ細かいデータを得ることは困難です。そのため、より細かい温度条件や環境条件を考慮する必要があり、予測微生物学という手法が必要になります。

科学論文のイメージ。

3.予測微生物学

 予測微生物学は、pHや水分活性などのあらかじめ分かっている指標を基に、それぞれの微生物の増殖曲線から予測モデルを使用して、様々な条件下での増殖を計測するものです。一つ一つの実験には無限の組み合わせがあり、これには大量の時間と労力が必要です。そのため、多数のデータから間を埋めるようなシミュレーション、つまり予測が用いられます。この分野には、ComBaseなどの予測微生物学のウェブサイトがあり、特にpHや水分活性などの基本的な指標に基づく予測が可能です。この方法を用いれば、微生物の増殖に関してかなり正確な予測が可能です。

予測微生物学のイメージ。

 予測微生物学は非常に便利なツールですが、万能ではありません。特に、食品の種類によっては、共存する微生物の種類が異なることがあります。これらの微生物は、予測微生物学のモデルで十分に反映されない場合があります。例えば、ある微生物が食品中の別の微生物を抑制する物質を分解することによって、対象の微生物の増殖が予想よりも早くなることがあります。また、共存する微生物によって食品のpHや水分活性が変化し、これが微生物の増殖速度に影響を及ぼすこともあります(逆の影響を及ぼす場合もあります)。このような複雑な状況を正確に理解するためには、予測微生物学ソフトウェアによるデータの解釈を微生物学の専門家が行う必要があります。

共存する微生物が予測微生物学の予想を覆すことを示すイメージ。

4.植菌実験

 この方法では、対象食品に特定の微生物を意図的に植菌し、その増殖を測定します。特定の微生物が特定の食品でどのように増殖するかを直接観察できるため、この方法は実際の食品環境における微生物の挙動を理解するのに有効です。特に、製品中での食中毒菌の増殖リスクを判定するためにはこの方法が適しています。先に述べたように、実際の食品中で微生物を測定するだけでは、たまたまその製品に食中毒菌が存在しない可能性もあり、適切なリスク評価ができない場合があります。したがって、食中毒菌を植菌して実際の増殖挙動を調べることにより、的確な増殖予測が可能です。

植菌実験のイラストイメージ。

 ただし、植菌実験は手間のかかる実験です。実験を始める前に、微生物の増殖を精度よく予測し、最終的な検証としてその増殖を確認する目的で行うのが良いでしょう。事前準備なしにやみくもに植菌実験をすると、実験がうまくいかない可能性があります。危害微生物の増殖を文献調査し、予測微生物学ソフトで予測を行い、その予測が正しいかどうかを最終的に検証するために植菌実験を行うことが、最も効率的な実験方法です。

植菌実験を行う前に充分微生物増殖予測のデータを集めておくことを示すイラスト。

日本の消費期限設定基準は?

 日本の消費期限の設定基準に関しては、平成17年(2005年)に厚生労働省と農林水産省が策定したガイドラインが存在します。このガイドラインでは、消費期限の判断に必要な検査方法や対象微生物に関する基準が示されています。特に、一般生菌数、大腸菌群数、大腸菌数、低温細菌残存の有無、芽胞菌の残存の有無などが重要な指標として採用されています。これらの指標をもとに、代表サンプルの保存試験を行い、それに基づいて期限を設定する方法が採用されています。

 一方で、本記事で紹介した2020年に欧州食品安全機関(EFSA)が発行したガイドラインは、食中毒細菌のリスクも含んで、より具体的な内容を含んでおり、HACCPの考え方に基づいています。このガイドラインでは、腐敗細菌と食中毒菌を危害として設定し、流通温度でのワーストケースシナリオを想定してこれらの微生物の増殖を推定します。増殖の推定方法としては、実際の食品中での微生物増殖の測定(保存試験)、科学文献に基づく推定、予測微生物学、食品への微生物の植菌などがあります。EFSAはこれらの方法を組み合わせて消費期限を設定することを推奨しています。

 日本の現行のガイドラインとEFSAの新しいガイドラインを比較すると、EFSAの新しいガイドラインの方がより詳細で、各業界に対する具体的な指針を提供している点が特徴的です。また、日本の現行ガイドラインはHACCP導入以前のもので、抜き取りサンプルの検査結果に依存した方法に基づいているという印象を受けます。特に、実際の食品での食中毒菌のリスク解析部分が欠落している印象を受けます。いずれにせよ、その予測を行う際には、食中毒菌の分布が不均一であるため、食品のみの微生物測定は、腐敗微生物や指標微生物には適用されるものの、食中毒菌の予測には不適切である点に注意が必要です。

消費期限設定は奥が深いと考え込む2人の食品企業の研究者