リステリア菌は食品工場での混入リスクが高いことで知られていますが、本菌は食品製造工場でバイオフィルムを形成しやすく、調理済み食品(RTE)製品への混入の完全防止は必ずしも容易ではありません。そこで米国で注目されているのが、流通段階でのナイシンと有機酸を組み合わせた制御方法です。本記事では、この方法が調理済み食品のリステリア菌制御にどのように役立つかを解説します。RTE製品の安全性を高めるために、ぜひ一読してみてください。

調理済み食品におけるリステリア菌の増殖制御の必要性

 米国では、エッグパティ、オムレツ、スクランブルエッグなどの「調理済み」卵製品は、通常最高85℃まで加熱されます。この加熱処理は、液体卵製品中のサルモネラ菌を5桁減少させるためにUSDA FSIS(2020)が推奨する低温殺菌処理をはるかに上回り、リステリア菌も十分に減少させることができます。 

二次汚染リスクを心配して工場をチェックする食品工場の品質管理担当者。

 しかし、どのように加熱殺菌工程が実施されても、加熱殺菌後の包装出荷工程までにリステリア菌の二次汚染リスクは避けることは困難です。

 そこで、このリスクを最小化するためには、適切なリステリア菌の増殖制御手段が必要となります。本記事で紹介するCargill社は、米国の農業、食品、金融、工業製品などの複数の分野の多国籍企業であり、同社のシュレスタ博士は、ナイシンと有機酸の組み合わせで調理済み食品の安全性を向上させる方法について詳細に検討しました。


Subash Shrestha et al.,
Ready-to-eat egg products formulated with nisin and organic acids to control Listeria monocytogenes
Journal of Food Protection、Available online 28 March 2023, 100081

調理済み卵製品のリステリア増殖制御実験

実験方法の概要は以下の通りです。

  • 実験には、調理済み全卵製品を用いました。殺菌された液状の全卵は、卵の供給業者から冷蔵で輸送され、実験室で7日以内に処理されましたた。低温殺菌された液状全卵は、水(17%w/w)および2%(w/w)以下の大豆油、デンプン粉末、全粉乳、キサンタンガム、塩と混合されて製品化されました。
  • すべての卵製品にナイシンを添加しました。ナイシンの添加量は、6.25ppmでした(USDAは卵製品に6.25ppmまでのナイシンを許可)
卵製品にナイシンと有機酸製剤を入れているイラスト。
  • リステリア菌(L. monocytogenes)を表面接種し、ヘッドスペースガスを20:80 CO2:NO2 としたパウチに包装し、4.4℃で8週間保存しました。
  • 異なるpH(6.0、7.0、7.5、8.0)の製品における中心加熱温度73.9℃または85℃で90秒間調理された卵の中のナイシンの安定性を評価するためにバイオアッセイテストが行われました。バイオアッセイテストは、ナイシン感受性菌を接種した寒天プレートによる増殖阻止円の阻害帯径(mm)を測定することによって、ナイシン力価測定のために行われました。
  • ナイシンとの組み合わせで各種有機酸生残の組み合わせ効果も検討しました。酢酸系抗菌剤を1.0%w/wで使用した卵剤(A1.0)、プロピオン酸を0.3%(P0.3)、酢酸ジ酢酸を1.0%(AD1.0)、酢酸ジ酢酸0.6%(AD0.6)および陽性コントロールとして乳酸2.0%(L2.0)を組み合わせた場合の効果について検討しました。
卵製品に使用された抗菌剤およびその濃度を示す表。

上の表は、本記事で紹介している論文の共有ライセンス(CC BY-NC-ND 4.0)により、表を和訳して掲載しています。

結果の概要は以下の通りです。

  • pH6.3の条件下で、6.25ppmのナイシンを加えた調理済み卵は、4.4℃で4週間保管しても、リステリア菌の増殖は2-log未満にとどまりました。しかし、pH7.3または7.8の条件下では、ナイシンを加えなかった場合と同様に、4週間でリステリア菌は4-log増殖しました。    
ナイシンの効果と食品中のphの関係を示すグラフ。

上の図は、本記事で紹介している論文の共有ライセンス(CC BY-NC-ND 4.0)により、図を和訳して掲載しています。

  • 各種pHと加熱の組み合わせによる調理卵中でのナイシンの安定性を調べた結果、pHが6から8に上がるにつれて、ナイシンの消失率が増加することがわかりました。また、卵を74℃で調理する場合よりも、85℃で調理する場合の方が、ナイシンの活性低下が大きいことが分かりました。
ナイシンの熱安定性を示すグラフ。

上の図は、本記事で紹介している論文の共有ライセンス(CC BY-NC-ND 4.0)により、図を和訳して掲載しています。

  • ナイシンに有機酸系抗菌剤を組み合わせた場合、酢酸系抗菌剤(1.0%)および酢酸/二酢酸系抗菌剤(1.0%)では、4℃、20週間の貯蔵期間中にリステリア菌は増殖しませんでした。一方、乳酸(1.0%)では6週間で、プロピオン酸(0.3%)では15週間で、それぞれリステリア菌の2-log増殖が認められました。
ナイシンと有機酸を混合した場合のリステリアの増殖制御効果を示すグラフ

上の図は、本記事で紹介している論文の共有ライセンス(CC BY-NC-ND 4.0)により、図を和訳して掲載しています。

実験で明らかになったこと

 米国では、ナイシン製剤は、USDA FSIS指令7120.1「卵製品に250ppm(ナイシンの6.25ppmに相当)を超えない安全で適切な成分」に基づき、抗菌剤として承認されいます(FSIS、2021)。また、プロピオン酸、乳酸、酢酸などの有機酸、およびそれに対応する塩も、さまざまな食品の保存に使用されています。

 今回の実験では、次のことが明らかとなりました。

  • ナイシンの抗菌効果はpHが低いほど高まる。単独でも弱酸性(pH6.3)に卵製品のpHを調整すれば、リステリアの増殖を一定程度防止できる。しかし、完全な防止には至らない。そこで、有機酸製剤との組み合わせが有効である。
  • ナイシンの活性は、pHや調理温度が高くなるほど失われやすくなる。ナイシンの活性を保持するためには、できるだけ低いpHで製品を製造する必要がある。
  • ナイシンと有機酸製剤の組み合わせでは、酢酸系製剤が最も効果的であり、4℃、20週間にわたりリステリア菌の増殖を完全に抑制することができる。

博士らは、この研究は、卵製品にナイシンと有機酸を配合することで、冷蔵流通・保存中のリステリア菌の潜在的な増殖を抑制できることを実証した初めての研究であると述べています。

補足:ブログ筆者の見解

 今回紹介した論文のいくつかのポイントについて、改めてブログ筆者から整理しておきたいと思います。

ナイシンの抗菌性とpHの関係

 この論文の結果から、ナイシンの抗菌効果は、pHが弱酸性の場合に特に効果的であることがわかりました。一般的に、ナイシンの抗菌効果は比較的広いpH域で安定的な抗菌効果を示しますが、特に、pHが弱酸性の場合に中性域に比べてやや高い抗菌効果が報告されています。

 なぜでしょうか?

 この理由については、下記記事で解説していますので御覧ください。

保存料「ナイシン」について

ナイシンの熱安定性について

 この論文の結果によると、アルカリ域と加熱によるナイシンの失活が観察されました。一方で、ナイシンを含めて多くのバクテリオシンは通常、熱安定性であることも知られています。特に、中性から酸性域では、100°C以下の殺菌では一般的に失活しないと考えられています。したがって、この論文において、74℃と85℃で加熱とアルカリ域での加熱失活は興味深い結果ですが、特に失活の程度については、今後、複数異なる評価手法を使用した追加実験が必要であると思います。

酢酸と乳酸の抗菌性比較について

 今回紹介した論文の実験結果では、乳酸ナトリウムは酢酸ナトリウムに比べて抗菌効果が低い結果となりました。しかし、これまでの多くの報告では、必ずしも、乳酸ナトリウムは酢酸ナトリウムに比べて抗菌効果が低いわけではありません。実際、多くの食品で乳酸ナトリウムの抗菌性は確認されています。乳酸ナトリウムによるリステリアの増殖制御については、次週公開のブログ記事で紹介予定です。

まとめ

ブログ筆者は、調理済み食品のリステリア菌の増殖を抑える戦略としては次のように整理します。

  • 可能な限りpHを低くして、ナイシンと有機酸系の抗菌剤を組み合わせて添加する。

その理由として、

  • ナイシンはpHが下がることにより陽電荷を帯びるようになる。その結果、マイナス荷電の微生物細胞への吸着度が増し、抗菌性が高まる。
  • 有機酸はpHが下がることにより疎水性の性質を帯びるようになる。その結果、微生物細胞膜を通過しやすくなり、抗菌性が高まる
Phを下げることによりナイシンと有機酸による抗菌効果を上げる結論

なお、本記事で紹介したナイシンは、日本でも2009年に食品添加物として認可されています。ただし「保存料」表示義務のある添加物という整理になっています。

ナイシンについての基礎事項は本ブログ下記記事でまとめていますので、ごらんください。

保存料「ナイシン」について

また、抗菌剤としての有機酸についての基礎事項も本ブログ下記記事でまとめていますので、ごらんください。

微生物の増殖および死滅とpHの関係