食品の安全性を確保するうえで、消費期限の設定は極めて重要です。一般的に、食品メーカーが製造するパッケージ製品では、消費期限が厳密に設定されています。しかし、小売店舗のバックヤードでスライスされ、パッケージされたReady-to-Eat(RTE)食品については、その消費期限が曖昧である場合があります。このような背景を受け、スペイン・バルセロナ公衆衛生局は、小売店舗でスライス・パッケージされるRTE食品の安全な消費期限を科学的に評価し、明確な指針を策定する必要性を認識しました。この問題に対処するため、同局はスペイン国内の食品安全科学諮問委員会に調査を依頼しました。その結果、チーズや調理済みハムなど多くの製品でリステリア菌の増殖リスクが確認され、家庭での保管温度(9.5℃)を考慮したシミュレーションに基づき、安全な消費期限を「5日未満」とする結論が導き出されました。一方で、乾燥ハム(生ハム)についてはリステリア菌の増殖リスクが低いことも科学的に示されました。本記事では、このプロセスを解説し、食品品質管理の現場で役立つ知見をお届けします。

出展Informe sobre el establecimiento de la vida útil segura de determinados alimentos listos para el consumo,loncheados y preenvasados en el comercio minorista,en relación con el riesgo de Listeria monocytogenes
Food Risk Assess Europe FR-0038(2022)
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問題意識と調査の背景

 小売店舗のバックヤードでスライス・パッケージされた食品には、消費期限が設定されていない場合があります。このため、バルセロナ公衆衛生局は、これらの製品が安全に消費できる期間を科学的に評価し、消費期限を設定するための指針を明確にする必要があると考えました。特に、致死率の高いリステリア菌(Listeria monocytogenes)の増殖リスクを正確に把握することが重要であり、EU基準に準拠した科学的な調査が開始されました。

小売店舗で生ハムをスライスして販売する場面。店員が消費期限について知らないことを示し、小売バックヤードでのRTE食品の消費期限設定が曖昧である課題を表現している。

調査と評価の詳細:どのような手法がとられたか

食品サンプルの収集

 委員会はまず、バルセロナ市内の小売店舗で調理・スライス・パッケージされているReady-to-Eat(RTE)食品から計90種類のサンプルを収集しました。これらのサンプルには、以下のカテゴリーが含まれています:

  • チーズ
  • 調理済みハム
  • パテ/フォアグラ
  • 生ハム(Jamón curado)

EFSAの消費期限・賞味期限決定フローチャート(Decision Tree)によるスクリーニング

 収集した食品についてpH水分活性(aw)を測定し、EFSA(欧州食品安全機関)が提供するフローチャート「決定木(Decision Tree)」を使用して評価を実施しました。このチャートは、病原菌の増殖リスクに基づき、その食品に厳格な「消費期限(Use by)」が必要か、あるいは品質保持のための「賞味期限(Best before)」でよいかを判断するガイドラインです。

小売店でスライスされるRTE食品のpHと水分活性(aw)を測定し、リステリア菌の増殖リスク評価に用いるために並べられた食品サンプルのイメージ。

この「フローチャート」について詳しい解説をご覧になりたい方は、以下の記事を参照ください。

📄消費期限VS賞味期限:EFSAが提供する明確なガイドラインと便利なフローチャートで判断を簡単に!

リスク評価の分かれ道:増殖する食品・しない食品

増殖しないと判断された食品の特性

 評価の結果、EU規則(EC)2073/2005の基準に基づき、以下の特性を持つ食品はリステリア菌の増殖リスクがないと判断されました。

  • 水分活性(aw)が0.92以下、またはpHが4.4以下の食品
  • pHが5.0以下かつ水分活性(aw)が0.94以下の食品

 特に乾燥ハム(生ハム)は、水分活性が低く、リステリア菌が増殖できない(代謝枯渇により死滅する)ことが確認されました。ただし、こうした食品でも黄色ブドウ球菌のリスクは残るため、温度管理が不要なわけではありません。

リステリア菌が増殖できない(非増殖)食品の例を示す比喩的イラスト。菌が踏み潰されている様子で、pHや水分活性が低い食品ではリステリア菌が増殖できないことを表現している。

増殖リスクを持つ食品

一方で、以下の食品群はリステリア菌の増殖リスクが高いと判断されました。

  • チーズ
  • 調理済みハム
  • パテ/フォアグラ

 実際に収集されたこれらのサンプルは、平均pHが約6.0、水分活性(aw)が0.96以上という高い数値を示しており、冷蔵管理が不十分な場合、リステリア菌が容易に増殖する環境にあることが確認されました。

pHや水分活性が高いためリステリア菌が増殖できる食品をイメージした概念図。グラフが急上昇し、リステリア菌が増殖する様子を示している。

予測微生物学によるシミュレーション

チャレンジ試験の代わりに予測モデルを採用

本来であれば、各食品にリステリア菌を植菌する「チャレンジ試験」が理想的ですが、多岐にわたる食品すべてに実施するのは困難です。そのため、委員会は予測微生物学の手法を採用しました。

予測微生物学モデルを示した増殖曲線の概念図。ラグ相、指数増殖相、定常相が表され、リステリア菌の増殖挙動を予測する手法の説明に用いられる。

使用されたモデルと「保守的な評価」

成長/非成長の境界モデル (Augustin et al., 2005)

リステリア菌が増殖可能な環境かどうかを判定

ガンマコンセプトモデル (Mejlholm & Dalgaard, 2009)

増殖速度(μmax)を予測するモデル。

特筆すべきは、このモデルが本来12種類もの因子(亜硝酸塩や保存料など)を考慮できる高度なものであるにもかかわらず、今回の調査では「pH・水分活性・保存温度」の3つの主要パラメータのみを使用した点です。これにより、保存料の効果を期待しない「最もリスクが高い状態」を想定した、保守的な評価(Conservative approach)が行われました。

家庭での保管温度を考慮したシミュレーション結果

4つの温度シナリオ

委員会は、小売店(5℃)と家庭用冷蔵庫(9.5℃)の組み合わせで4つのシナリオを設定しました。特に「9.5℃」という家庭用冷蔵庫の温度は、スペインの家庭における実態調査の上位5%(ワーストケース)に基づいています。

  • シナリオI: 7日間すべて5°C(理想的)
  • シナリオII 5°Cで5日間 + 9.5°Cで2日間
  • シナリオIII 5°Cで2日間 + 9.5°Cで5日間(リスク高)
  • シナリオIV 7日間すべて9.5°C(最悪のケース)

シミュレーション結果

 リステリア菌が100 CFU/g(法的基準値)に達するまでの日数を予測した結果、以下の事実が判明しました。

  • シナリオI(5℃管理): 多くの食品で7日間安全性が維持されました(Listeria monocytogenes、100 CFU/g未満で維持)。
  • シナリオIII(家庭で9.5℃): 調理済みハムやパテの多くで、期間内に基準値(Listeria monocytogenes、100 CFU/g)を超過しました。特に、このシナリオにおける安全な消費期限(5〜10パーセンタイル)は「4.5日〜4.9日」と算出されました。
ーストケースシナリオ(家庭の冷蔵温度9.5℃など)を考慮して評価する保守的アプローチを示した概念イラスト。食品安全評価は最悪条件を前提に設定すべきことを強調している。

結論:科学が導き出した「5日」という基準

以上の結果から、委員会は以下の結論を下しました。

  • 現実的なリスク管理: 家庭での冷蔵温度が不十分(9.5℃)になる可能性を考慮すると、7日間の消費期限はリスクが高すぎる
  • 5日ルールの妥当性: ワーストケースを想定したシミュレーション結果(4.5〜4.9日)は、EU規則(EC No 2073/2005)が定める「科学的根拠がない場合は消費期限を5日以内とする」という規定と完全に合致します。

※EU規則(EC No 2073/2005)が定める「5日間ルール」については、近日中に別記事で詳しく解説予定です。

したがって、小売店でスライス・パッケージされたRTE食品(チーズ、ハム、パテ等)については、「5日以内」の消費期限を設定することが、消費者の安全を守るための科学的に妥当なラインであると結論付けられました。

小売店舗でスライスされたRTE食品に、科学的根拠に基づき「5日以内」の消費期限を設定する方針を示したイメージ。EU規則に合致する5日ルールを直感的に表現している。

まとめ

 今回のスペインの事例は、品質管理において「工場出荷時の理想的な状態」だけでなく、「消費者の家庭での実態(9.5℃など)」を考慮に入れた安全側(Conservative)の評価がいかに重要であるかを教えてくれます。予測微生物学モデルを活用することで、膨大な実験を行わずとも、論理的かつ科学的な裏付けを持って消費期限を設定することが可能です。