最近、青森県八戸市の弁当業者に起因する全国規模の食中毒事件が発生し、関連するセレウス菌が注目を浴びています。この菌は、耐熱芽胞菌の一種で、炊飯時の温度で芽胞が死滅することはありません。不適切な温度管理により、菌が増殖し、食中毒を引き起こす可能性があります。ここで、セレウス菌の発芽と増殖リスクに関する正確な冷却の温度と時間について、読者の皆様はどれほどご存知でしょうか?リスク管理には、これらの詳細なデータが必要不可欠です。本記事では、米国農務省の研究者による、炊飯米におけるセレウス菌の増殖と冷却速度の関連性についての重要な調査結果を解説し、セレウス菌食中毒の予防策について詳細に探ります。
加熱調理後の冷却速度に関する米国と日本のガイドライン
まず、加熱調理後の冷却速度に関する米国のガイドラインを紹介しておきます。
炊飯での加熱調理温度では、芽胞形成菌は生き残ります。冷却速度が遅れると、これらの菌は発芽し、増殖の可能性があります。
特にリスクとなるのはセレウス菌、ウェルシュ菌、ボツリヌス菌で、これらの中でウェルシュ菌(Clostridium perfringens)の増殖速度が最も速いため、米国農務省と米国食品医薬品局は、加熱調理食品の加熱後の冷却ガイドラインを設け、Clostridium perfringensの増殖が<1 logに収まるよう推奨しています。
具体的には、
- 米国農務省の食肉・鶏肉加工製品に対する 冷却推奨事項:54℃から27℃まで1.5時間で冷却し、 27℃から4℃まで5時間以内で冷却する)
- FDAによる冷却推奨事項:57℃から21℃まで2時間以内で冷却し、その後4時間以内で5℃まで冷却
一方、日本では、米国より厳しいガイドラインとなっており、「大 量調理施設衛生管理マニュアル」では、 加熱調理食品の調理後は、30 分以内に 20℃以下 に、1 時間以内に 10℃以下に冷却するよう工夫することとされています。
冷却ガイドライン逸脱時のセレウス菌増殖リスクの解明
以上のように米国農務省やFDAは、増殖速度の速いウェルシュ菌をもとに冷却速度のガイドラインを設定しています。
しかしこれらのガイドラインを逸脱した場合、セレウス菌の増殖程度については、これまで牛ひき肉などの高タンパク食品に関する研究例は存在しましたが、米やパスタなどの高デンプン食品、豆類、およびこれらの組み合わせ製品に関してデータを出した研究例は見当たりませんでした。そこで、米国農務省研究所のジュネージャ博士たちは、このようなガイドラインを逸脱した際に、これらの食品中でセレウス菌がどれぐらいの速度で増殖するのかを、具体的なデータとともに詳細に明らかにする目的でこの研究を行いました。
Juneja et al.
Influence of Cooling Rate on Growth of Bacillus cereus from Spore Inocula in Cooked Rice, Beans, Pasta, and Combination Products Containing Meat or Poultry
Journal of Food Protection Volume 81, Issue 3, 1 March 2018, Pages 430-436
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実験方法の概要は以下の通りです。
- 調理した米、豆、パスタ、米-鶏(4:1)、米-鶏-野菜(3:1:1)、米-牛(4:1)、米-牛-野菜(3:1:1)の安全な冷却速度を決定するために、セレウス菌芽胞の発芽・増殖能力を評価しました。
- サンプルには、熱ショック(80℃、10分間)したセレウス菌の胞子4株のカクテルを、最終胞子濃度が約2 log CFU/gになるように接種しました。
- 冷却速度は、上述の米国のガイドラインを逸脱した場合に、セレウス菌がどれぐらい増殖するかを調べる目的で設計しました。具体的には、サンプルを54.5℃から7.2℃まで下げるのに要する時間を、6、9、12、15、18、21時間に設定しました。これらの冷却速度に関しては、実際に米国の食品企業で行われている現実的な温度設定を考慮したものです。
実験結果の概要は以下の通りです。
- 食品別に見ると、セレウス菌の増殖は、豆類より米とパスタで速かった。
- 豆類を54.5℃から7.2℃まで9時間で冷却すると、セレウス菌の芽胞からの増殖は1.0-log未満に抑えられましたが、18時間以上かけて冷却した場合は、3 log CFU/g以上増加しました。
- 一方、米とパスタを9時間で7.2℃に冷却すると、セレウス菌数が1 log CFU/g以上に増加し、15時間以上かかると3 log CFU/g以上の増殖が見られました。
米国農務省の研究者らは、B. cereusの芽胞が3 log CFU/g以上増えると(米飯中の菌数105 CFU/g)、公衆衛生の懸念があると指摘しています。
研究者らは、これらの食品を指数関数的に冷却する実験は、小売または商業的な食品業務で発生しうる調理環境をシミュレートして実施されたため、本研究で定量化された安全な冷却速度データは、微生物学的に安全な調理済み食品を提供するために、小売外食業務の加工業者または調理師が使用することができるとしています。
まとめ
今回紹介した研究事例は、米飯を冷却する際の温度降下速度と発芽したセレウス菌芽胞の増殖量との関係について、詳細な実験結果を示しています。米飯を用いたセレウス菌と冷却速度に関する詳細なデータを提示したのは、この農務省の研究者らが初めてです。
米国農務省の研究者たちが示したデータによれば、もともと増殖速度の速いウェルシュ菌の1 log増殖を基準に設定されている米国の冷却ガイドラインは、セレウス菌のリスクを考慮すると、比較的厳しめに設定されていると判断できます。
なお、研究者たちは、3 log CFU/g以上の増加(米飯中の菌数が105 CFU/g)を公衆衛生上の懸念と定義しています。しかしながら、今回の炊飯米飯の実験では、研究者らは2 log CFU/gのセレウス菌胞子汚染量を基準にして行いました。従って、炊飯前の米飯でセレウス菌芽胞の汚染量が多い場合は、1 log CFU/gの増殖でもセレウス菌食中毒のリスクが考えられるべきです。実際、提供されたデータによれば、54.5℃から7.2℃への冷却時間が9時間であっても、1 log CFU/g以上に増加しています。従って、実際に炊飯のリスク管理を実施する際には、これらの事実を十分に考慮すべきでしょう。
結論として、今回紹介した米国農務省のデータは、炊飯後の米飯の冷却におけるセレウス菌の増殖の実態についての重要な科学的知見として、米飯の冷却にかかわる品質管理担当者の理解の一助になると思います。一方、現実的な冷却管理の運用においては、ガイドラインを厳密に遵守する必要があります。日本のガイドラインは、米国のものよりも厳格に設定されていますので、これを遵守していれば、米国農務省の研究者のデータから判断すると、セレウス菌食中毒のリスクは低いと言えるでしょう。
したがって、セレウス菌の食中毒が発生している実態の大部分は、このガイドラインを大幅に逸脱している場合に起こると考えられます。
セレウス菌の基礎事項については、本ブログ下記記事をお読みください。