2026年2月、米国で冷凍アトランティックサーモンのリコール事案が発生しました。一見すると、世界各地で報告されてきたスモークサーモンにおける典型的な Listeria monocytogenes (Lm) 汚染事例に見えます。しかし、本件の特筆すべき点は、当該製品が「非RTE(要加熱調理用)」として流通していた点にあります。この事案の背後には、米国FDAが発行している”ラベルに加熱指示が書かれていても、実際に消費者が加熱せずに食べる可能性がある場合はRTE食品と見なされる”とのガイダンスが背景にあります。

 そして極めて重要なことに、欧州委員会(EC)も2025年12月の最新ガイダンスにおいて、これと同様の基準を明文化しました。本記事では、米欧の規制が「同期」した現状と、日本の食品企業が直面する新たな品質保証の要件について考察します。

ニュース(米国):加熱調理用のサーモンが「リコール」

2月12日FDAの発表によると、、今回のウェルズリー・ファームズ(Slade Gorton社)の冷凍サーモンフィレは、パッケージに「Cooking Instructions(調理方法)」が記載された、本来は非RTE(要加熱調理)食品です。しかし、米国FDAは「抜き打ち検査」で菌を検出し、即座に市場から排除しました。

サーモン加工工場でFDA検査官がリコールを宣告し、製造側が加熱用製品だと主張している様子

リコールに至った法的な根拠には、以前の本ブログ記事で解説した「ある規則」が深く関わっています。

米国における「Adulterated Food」の解釈と CPG 555.320

 今回のリコールを読み解く鍵は、FDAの遵守方針ガイド CPG 555.320 にあります。米国では、非RTE食品であっても、消費者が生食あるいは加熱不十分な状態で喫食することが「合理的に予見可能(Reasonably Foreseeable Use: RFU)」である場合、実質的にRTE食品と同等のゼロトレランス基準が適用されます。

エノキ工場の製造担当者が加熱前提なのに米国でリコールされる理由に戸惑っている様子

 FDAの視点は、ラベルに記載された「加熱用」という製造者の意図(Intended Use)を超え、消費者の実際の行動様式に重点を置きます。この原則により、最近では韓国や中国から米国へ輸出される「エノキダケ(生野菜)」もリコール対象となっています。

参考記事: エノキダケは生野菜なのに、なぜ米国でリコール?― EUとの違いから見える制度設計

欧州における「冷凍スイートコーン事件」の教訓

対してEUはこれまで、規則 (EC) No 2073/2005 に基づき、製造者が定義した「RTEか否か」の分類を尊重する法的枠組みとなっていました。この「隙間」を突いたのが、2018年に発生した冷凍スイートコーンによるアウトブレイクです。

加熱せずそのまま投入してしまう消費者行動のリスクを示す工場内の想定場面

参考記事: 冷凍野菜に潜む危険: スイートコーンとリステリア事件

非RTEとして流通していた製品が生食され、広域な被害を招いた際、欧州当局は「意図された使用」に依拠する規制の限界に直面しました。これが、その後の大規模なパラダイムシフトの起点となったのです。

2025年12月改定ガイダンス:EUにおけるRFUの明文化

2026年7月1日から施行される新規則 (EU) 2024/2895 では、RTE食品において「賞味期限内を通じて 100 CFU/g 以下」を立証できない場合、「25g中不検出」という厳格な基準が適用されます。これについては、以前の記事で詳しく解説しました。

参考記事:2026年からリステリア規制が厳格化!EUの新基準が日本食品業界に与える影響

さて、本規則の完全施行を前に、欧州委員会(EC)は2025年12月18日、「リステリアのモニタリングおよび賞味期限設定に関する新ガイダンス」(改訂版)公開しました。今回の改訂版で注目すべきは、EUもついに米国と同様の 「合理的に予見可能な使用(RFU)」 の概念を公式に採用した点です。

1. 判定基準の厳格化

消費者が加熱せずに摂取する可能性がデータや習慣に基づき予見される場合、たとえラベルに加熱指示があっても、その製品はカテゴリー1.2または1.3(RTE食品)として管理されなければなりません。

解説

 これは「行政による強制的なカテゴリー分類」の話です。冷凍野菜や今回のサーモンのように、「生食の習慣がある」と当局がみなした時点で、メーカーがどれほど「加熱用」と言い張っても、法律上は「最初からRTE食品」の箱に入れられてしまいます。

規制当局者が生食される可能性を理由に製品をRTE扱いと判断し、企業側が反論している場面

2. 検証(Validation)の義務

「非RTE」としての分類を維持するためには、ラベルに記載された加熱指示が、リステリアを確実に制御可能であることを科学的に検証し、文書化することが実務上の要件となりました。

解説

 これはメーカーに残された「唯一の法的な防衛策」(実務上、分類を説明し当局に納得してもらうための最重要エビデンス)です。当局から「これはRTEだ」と判定されそうになった際、「パッケージの指示通りに加熱すれば確実に死滅する」というエビデンス(検証済み文書)を提示できて初めて、非RTEとしての地位が許容されます。 

 規制当局の論理は、「消費者が生で食べる可能性がある以上、これはRTEだ。もし非RTEだと言い張るなら、あなたの指示通りに加熱すればリステリアが確実に死ぬという証拠を見せなさい。それがないなら、我々はRTEとして取り締まる」となるからです。

 この場合、「リステリアは熱に弱いから、既存のデータ(63°C・30分など)で十分だ」と思われるかもしれませんが、EUの新しい考え方はそうは問屋が卸しません。当局は、消費者の多様なキッチン環境において、製品の「コールドスポット」まで本当にその温度63°C・30分相当など)に達するのかを問うています

電子レンジ加熱でコールドスポットが63℃未満となる様子を示したサーモグラフィー画像

特に加熱ムラの生じやすい電子レンジ調理において、最も温度が低い地点でも確実に制御されていることをデータで示す必要があります。もしこの「家庭での加熱の有効性」をバリデーション(検証)し、文書化しておかなければ、当局は容赦なくRTE相当の管理(より厳しい基準)を求めることになります。

古い電子レンジでの加熱でリステリアが確実に死滅する証拠を求められ、製造担当者が困惑している様子

リステリア規制の新旧対比

項目旧来の常識2025年12月ガイダンス以降
出発点(デフォルト)ラベルの指示を信じる消費者の行動(生食リスク)を疑う
分類の決め手製造者の「意図(Intended Use)」消費者の「予見される行動(RFU)」
非RTEを名乗る条件「要加熱」と書くだけ加熱で死滅することを検証(立証)する

「消費者が生食しそうなものを売るなら、黙ってRTEの厳しい基準を守るか、さもなくば『加熱すれば絶対に安全だ』という科学的な証拠を今すぐ用意せよ。」

ラベルの文字だけでは、もはや製品を守れない時代になったのです。

まとめ:品質管理担当者に求められる「科学的エビデンス」

今般のEUの新ガイダンス公表は、グローバル市場において「加熱用」という表示がLm汚染に対する法的な免罪符として機能しなくなったことを示唆しています。その加熱が現実の消費者環境でも確実に有効であることを、科学的データとして示せるかが問われます。品質管理の現場には、表示ではなく検証された根拠で製品を守る発想が強く求められ始めているのです。