2026年7月1日から、EUではRTE食品における Listeria monocytogenes の規則が改正されます。今回の改正は、100 cfu/gという基準値そのものを変更するものではありません。重要なのは、リステリア菌の増殖を支持するRTE食品について、製造業者が保存期間を通じて100 cfu/gを超えないことを科学的に示せない場合、「25g中不検出」の基準が、製造者の直接管理下だけでなく、市場に置かれている保存期間中の製品にも適用される点です。
筆者は、ここに今回の改正の本質があると考えています。すなわち、リステリア菌が増殖し得る食品について、「保存期間中の増殖を科学的に説明できないが、出荷時には25g中不検出だった」という管理は、今後通用しなくなります。食品事業者には、自社製品を「リステリア菌の増殖を支持しない食品」として設計するか、あるいは、リステリア菌が増殖し得る食品であっても保存期間中100 cfu/gを超えないことを科学的に示すか、どちらかの対応が強く求められることになります。

Codex基準とEUのリステリア規制の背景
食品安全の国際的な基準として広く知られているCodex基準注)は、2007年に公式に採択されました。この基準は、リステリア・モノサイトゲネスのような食品由来の病原菌に対する管理基準を明確化し、世界中の食品安全規制に大きな影響を与えてきました。
注)リステリアに関するCodex基準、およびEU、米国、日本における規制基準についてのわかりやすい解説は、以下の記事をご覧ください。
Codex基準では、RTE食品中のリステリア菌管理について、大きく3つの考え方があります。
第一に、リステリア菌の増殖を支持するRTE食品では、原則として25g中不検出が求められます。これは、保存期間中にリステリア菌が増殖し、消費時点で問題となる濃度に達する可能性があるためです。
第二に、リステリア菌の増殖を支持しないRTE食品です。この場合は、保存期間中に菌数が増加しない、または十分に抑えられるため、100 cfu/g以下という基準を用いることができます。
第三に、リステリア菌の増殖を支持する食品であっても、製造業者が保存期間を通じて100 cfu/gを超えないことを科学的に示せる場合です。この場合も、100 cfu/g基準を用いることができます。

EU規則 (EC) No 2073/2005 も、この考え方を取り入れてきました。しかし、今回の改正で問題となったのは、100 cfu/g基準そのものではありません。問題は、リステリア菌の増殖を支持するRTE食品について、製造業者が保存期間中100 cfu/g以下を示せない場合、25g中不検出基準をどの段階まで適用するか、という点です。
2026年から施行:EUの新リステリア規制とは
規制強化の背景とこれまでの経緯
従来のEU規則では、リステリア菌の増殖を支持するRTE食品について、製造業者が保存期間中100 cfu/g以下を示せない場合、製品が製造者の直接管理を離れる前に25g中不検出が求められていました。
しかし、いったん製品が製造者の直接管理を離れ、市場に置かれた後については、同じ25g中不検出基準をどこまで直接適用できるのかが明確ではありませんでした。今回の Regulation (EU) 2024/2895 は、この部分を明確化した改正です。
つまり、製造業者が保存期間を通じて100 cfu/g以下を示せない食品については、保存期間中に市場に置かれているすべての段階で、25g中不検出基準が適用されることになります。

この問題視の背景には、EUにおける人口高齢化が進む中で、リステリア症の発症件数が減少するどころか増加傾向にあるという現実があります。高齢者や免疫力の低下した人々が特にリステリア症に対して脆弱であり、この現状が食品安全規制の見直しを求める大きな要因となっています。こうした背景のもと、EUはCodex基準における第一基準、すなわちリステリア菌の増殖を支持するRTE食品では原則として25g中不検出を求めるという考え方を、より明確に運用する方向へ舵を切りました。

規制改正までの流れ
新しい規制案は以下の流れで進められました。
2024年4月10日〜5月8日
EUは改正案の草案を公開し、パブリックコメントを募集しました。この期間中、多くの業界団体や関係者が意見を提出し、改正案の内容について議論が行われました。
2024年11月20日
パブリックコメントを踏まえた改正規則 Regulation (EU) 2024/2895 が正式に採択されました。
2026年7月1日
新しい規則の適用開始日です。この日以降、保存期間中100 cfu/g以下を示せない場合には、市場に置かれている保存期間中の製品にも25g中不検出基準が適用されます。

この改正の意味するもの
今回の改正は、「100 cfu/g基準を廃止する」ものではありません。保存期間を通じて100 cfu/gを超えないことを科学的に示せる場合には、100 cfu/g基準は引き続き適用可能です。
しかし、問題はその科学的根拠を示せない場合です。
リステリア菌の増殖を支持するRTE食品でありながら、保存期間中100 cfu/g以下を示すデータを持たない事業者は、改正後、市場に置かれている保存期間中の製品についても25g中不検出を求められることになります。これは実務上、非常に重い意味を持ちます。自社製品中でリステリア菌がどのように増殖するかを示すデータを持たない事業者が、自社の手を離れた後の流通・販売段階まで含めて25g中不検出を前提に管理することは、現実にはきわめて困難だからです。ここが、今回の改正の最も重要な点です。
食品事業者に残される現実的な選択肢は、二つに絞られていきます。
- ひとつは、自社製品を「リステリア菌の増殖を支持しない食品」として説明できるようにすることです。pH、水分活性、保存期間、保存温度、包装条件などを見直し、リステリア菌が増殖しにくい製品設計にする方向です。
- もうひとつは、リステリア菌の増殖を支持する食品であっても、保存期間中100 cfu/gを超えないことを、チャレンジテスト、保存試験、予測微生物学などで科学的に示すことです。
逆に言えば、そのどちらもできないまま、「出荷時に25g中不検出だったからよい」という考え方は、今回の改正によってきわめて取りにくくなります。改正後も25g中不検出という基準は残りますが、それは出荷時だけではなく、保存期間中に市場に置かれている製品にも適用されます。ここがポイントです。すなわち、リステリア菌が増殖し得る食品でありながら、保存期間中100 cfu/g以下を示せない事業者にとって、これは実務上ほとんど不可能に近い要求です。
したがって、今回の改正は、出荷時検査に依存する管理から、製品設計と保存期間中の科学的説明へ移行せよ、という強いメッセージと理解できます。

業界の反応:新基準に対する懸念と提案
今回の改正は、食品業界にとって大きな挑戦となります。特に中小企業にとって、保存期間中100 cfu/g以下を科学的に示すための試験やデータ整備は容易ではありません。
主な懸念事項
運用の現実性
保存期間中のリステリア菌の挙動を示すためには、製品特性、保存温度、保存期間、包装条件、流通条件などを考慮する必要があります。チャレンジテストや保存試験、予測微生物学の活用が必要になる場合もあり、すべての事業者が容易に対応できるわけではありません。
コスト負担の増大
科学的検証のための試験、データ収集、専門家の関与には費用がかかります。特に多品目を扱う中小企業にとっては、負担が大きくなる可能性があります。
製品設計の見直し
保存期間中100 cfu/g以下を示せない場合、市場に置かれている保存期間中も25g中不検出が求められます。これを避けるため、事業者はpH、水分活性、保存期間、保存温度、包装条件などを見直し、そもそもリステリア菌の増殖を支持しない食品として説明できる設計へ移行するせざる負えなくなります。

パブリックコメントからの意見
EUの改正案には、業界団体からも意見が寄せられました。業界側の懸念は、科学的根拠の必要性そのものを否定するものではありません。むしろ、実務上の運用可能性、特に中小企業への負担、検査やデータ整備の現実性に関するものです。
Chilled Food Association(CFA)などは、現行のリスク管理実績や業界の運用実態を踏まえた対応の必要性を指摘しています。また、EuroCommerce などの流通側からも、リコールや食品廃棄の増加、検査要件の明確化、事業者への支援の必要性が示されています。
今後の課題
今回の改正により、EUの食品事業者は、自社製品がリステリア菌の増殖を支持する食品なのか、支持しない食品なのかを、より明確に説明する必要があります。
実務的には、次のような対応が重要になります。
第一に、pH、水分活性、保存期間、保存温度などを見直し、リステリア菌の増殖を支持しない食品として説明できるようにすることです。
第二に、リステリア菌の増殖を支持する食品であっても、チャレンジテスト、保存試験、予測微生物学、過去の検査データ、環境モニタリングなどを組み合わせ、保存期間中100 cfu/g以下を示せる体制を整えることです。
つまり、今回の改正後は、「出荷時に25g中不検出であればよい」という説明では不十分であり、製品設計または保存期間中の科学的説明のいずれかによって、自社製品のリステリアリスクを説明できることが求められます。
ブログ筆者の視点と日本食品業界への提言
今回のEU改正は、日本の食品業界にとっても重要な示唆を与えています。
日本では、生ハムやナチュラルチーズなど一部の食品を除き、多くのRTE食品について Listeria monocytogenes の規格基準は十分に整備されていません。また、一般的な食品事業者の間で、リステリア菌の環境モニタリングや保存期間中の増殖リスク評価が広く行われているとは言い難いのが現状です。
しかし、リステリア菌はRTE食品全般にとって重要なリスクとなり得ます。特に高齢者、妊婦、免疫力の低下した人々にとっては、重篤な感染症につながる可能性があります。
注)日本国内の病院で報告されているリステリア症の発生状況については、下記の記事をご覧ください。
仙台市のリステリア症18例解析: 世界的なデータベースとの比較
今回のEU改正が示しているのは、最終製品検査だけでリステリア管理を説明する時代ではなくなっているということです。食品事業者は、自社製品がリステリア菌を増殖させるのか、増殖させないのか、増殖する可能性があるなら保存期間中100 cfu/g以下を説明できるのかを、科学的に整理しておく必要があります。
そのためには、pH、水分活性、保存期間、保存温度、包装条件、工程管理、環境モニタリング、チャレンジテスト、予測微生物学などを組み合わせた総合的な管理が求められます。
EUの今回の改正は、単なる欧州の規制変更ではありません。RTE食品のリステリア管理において、「出荷時に問題がなかった」だけでは不十分であり、保存期間全体を通じたリスクを説明できることが求められる時代に入っていることを示しています。

本記事の背景として、高齢化に伴いEU諸国でリステリア症の患者数が増加している現状に関する関連記事は、以下をご参照ください。
スウェーデンにおけるリステリア食中毒の増加:高齢化社会の新たな挑戦
※本記事は、最初に2025年1月に公開したものです。その後、2026年7月1日の Regulation (EU) 2024/2895 施行を前に、改正規則の前文および条文を改めて確認し、今回の改正の趣旨がより正確に伝わるよう、2026年6月に本文の一部を加筆・修正しました。

