私たちは、お医者さんから抗生物質を投与されることがあります。処方された抗生物質が体から抜けるまでと、抜けた後に腸内細菌叢にどのような影響を及ぼすのでしょうか?抗生物質投与中には腸内細菌は全滅してしまうのでしょうか?この記事では、抗生物質(この場合はシプロフロキサシン)に投与する前、投与中、投与後の3人の被験者の腸内細菌叢の組成を経時的に調査した結果を紹介します。

抗生物質を飲む女性

スタンフォード大学医学部デスフフレフセン博士らの研究です。

Incomplete recovery and individualized responses of the human distal gut microbiota to repeated antibiotic perturbation
Proc Natl Acad Sci U S A ,108 Suppl 1(Suppl 1):4554-61 (2011)
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。

ボランティアへの抗生物質投与

  • 3人の被験者は6ヶ月ごとに抗生物質シプロフロキサシン(ciprofloxacin)の5日間コースを2回受けました。
  • 被験者の大腸の直腸付近の細菌群集を、便サンプル(被験者あたり52~56サンプル)を10ヶ月の間隔で採取してモニターしました。
  • 抗生物質シプロフロキサシン投与の直前、直後、および4週間後の新鮮な便サンプルのアリコートを希釈し、トリプチケースソイブロ-ス天培地で腸内生菌数を測定しました。
  • 非培養法による腸内細菌叢を調べるために、被験者あたり170万以上の16S rRNA超可変領域配列を分析しました(16S rRNAアンプリコンシークエンス解析)。

※16S rRNAアンプリコンシークエンス解析(細菌叢解析)の基礎解説については、下記の記事をご覧ください。
16S rRNAアンプリコンシークエンス解析(細菌叢解析)の食品微生物検査への応用法のすべてをわかりやすく解説します

腸内細菌は全滅はしない

腸内細菌のプレートカウントによる生菌数カウントは次のとおりでした。

  • シプロフロキサシンを投与していない時期では、 1.3 × 104 cfu/mL から 1.6 × 107 cfu/mL の範囲
  • シプロフロキサシン投与直後には 7.5 × 103 cfu/mL から 2.2 × 105 cfu/mL の範囲
抗生物質が腸内細菌数を減らす

抗生物質が抜ければ、腸内細菌叢は回復するが、元の状態にはリセットはされない

  • 腸内細菌叢は日々の時間的変動が明確に認められましたが、抗生物質の投与がない場合は、数カ月にわたって安定した群集組成でした。
  • 抗生物質シプロフロキサシンの腸内細菌叢への影響は、薬剤投与開始後3-4日以内に多様性の喪失と群集組成の変化が起こり、深刻かつ迅速でした。
抗生物質が腸内細菌叢を単純化させる

 抗生物質シプロフロキサシンは腸内の嫌気性微生物群にほとんど影響を与えないと一般に考えられているにもかかわらず、シプロフロキサシンに曝された場合は嫌気性微生物群の細菌叢にも変化をもたらしました。各被験者のシプロフロキサシン投与開始から3〜4日以内に、嫌気性微生物群集組成は異なる状態へと劇的に変化しました。

  • 今回の抗生物質投与実験では、投与期間中、被験者に特段の胃腸症状の異変などの報告はされませんでした。
  • 各コース終了後1週間までに、群集は初期状態に戻り始めました。しかし、その戻りは不完全なことが多く認められました。

 すべての被験者において、腸内細菌叢の組成は実験終了までに安定化しましたが、初期状態からは変化していました。研究終了時には、各被験者の群集組成は最初の抗生物質投与前とは異なる状態になり、新しい状態で安定しているようでした。

抗生物質等用語には腸内細菌叢が微妙に変化した

 以上からヒト大腸内細菌叢はかなりの回復力をもつものの、場合によっては抗生物質によるの攪乱の状態を保持する可能性も示唆されました。今回行った被験者の全てのケースで、抗生物質投与により繰り返される腸内細菌叢の攪乱が持続的な細菌叢の変化につながりました。

抗生物質が及ぼす腸内細菌叢の変化と健康影響については未解明

 腸内細菌叢の構成に観察された変化が機能的にどのような影響を及ぼすかは不明です。

 今回の抗生物質投与実験では、細菌数の変化や細菌叢の変化が認められました。しかし、この間、被験者の胃腸症状の異常などの報告はありませんでした。すなわち、少なくとも今回用いた抗生物質シプロフロキサシンの投与に関しては、この抗生物質投与によって腸内細菌叢大きな変化があっても、宿主である私たちの胃腸が異変を感じるほどの機能への影響は持ったらさなかったと考えれます。このことから、博士らはあくまでも今回の抗生物質投与実験に限定しての話ですが、次のように推察しています。

  • 抗生物質投与によって腸内細菌叢が大幅に変化しても、大腸に入る様々な食物の発酵など、数日以内に症状が出る可能性がある機能については、 大きな影響をもたらさなかった可能性がある。すなわち腸内細菌叢は、これらの機能に対しては、ある程度の融通性を弾力性を持っているようである。
抗生物質を飲んでも、特にお腹の調子は悪くならない

 このように今回の博士たちの実験では、幸いなことに、私たちが本来持っている微生物群が少なくともいくつかのプロセスにおいて、かなりの回復力と機能的な融通性や耐久性があることがわかりました。しかし、微生物相が私たちに提供してくれる生態系サービスについては、まだ限られた理解しか得られていないため、注意とさらなる研究が必要であると博士たちは結論しています。

抗生物質をむやみに飲んでは駄目

 急性感染症の治療に広域抗生物質が使用されるのは、人間の健康にとって即効性があり、否定できない利点があるため、今後も間違いなく続くと考えられます。しかし、抗生物質耐性菌の蔓延により、抗生物質の使用は極力制限する必要があります。

抗生物質耐性菌の問題については別の記述でまとめていますので、ご覧ください。
薬剤耐性菌

 この論文は2011年に出版され、これまで1419回引用されています( 2022年6月スコーパス調べ)。