先進国におけるアレルギー患者の増加を説明する一つの仮説として、抗生物質の誤用、食生活の変化などの21世紀の生活習慣が腸内細菌群を変化させているからだと考えられています。今回紹介する論文は、子供の牛乳アレルギーに腸内細菌の存在が密接に関わっていることを明らかにしています。
腸内細菌の影響としては、特に幼少期の変化が有害であると考えられています。また、子供のアレルギーの中でも、牛乳アレルギーは、最も一般的なものです。
そこで、シカゴ大学のナグラー博士らは、牛乳にアレルギー反応を持たないヒトの乳児の腸内細菌と牛乳アレルギーの乳児の腸内細菌を、それぞれ無菌マウスに移植してみました。その結果、牛乳アレルギーの乳児の腸内細菌を無菌マウスに移植した場合のみ、マウスは牛乳に対するアレルギー反応を起こすようになりました。
この研究はこの論文の責任著者であるシカゴ大学のキャサリン・ナグラー博士とイタリアのナポリ・フェデリコ2世大学の小児アレルギープログラムのチーフであるカナーニ博士との長い共同研究から生まれたものです。
Healthy infants harbor intestinal bacteria that protect against food allergy
Nature Medicine, 25,448–453(2019)
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。
2015年、2人はあるプロジェクトに共同で取り組み、健康な乳児と牛乳アレルギーの乳児の腸内細菌に有意差があることを発見しました参考文献1,2)。その結果、これらの違いがアレルギーの発症に何らかの影響を及ぼしているのではないかと考えるようになったのです。
参考文献1:Lactobacillus rhamnosus GG-supplemented formula expands butyrate-producing bacterial strains in food allergic infants. ISME J. 10, 742–750 (2016). 参考文献2:Early-life gut microbiome composition and milk allergy resolution. J. Allergy Clin. Immunol. 138, 1122–1130 (2016).
そこで博士たちは、このことを実験的に証明しようと試みました。実験の概要は次のとおりです。
- 健康な乳児4人と牛乳アレルギーの乳児4人の計8人の腸内細菌を、糞便を介してマウスのグループに移植しました。
- 実験に用いたマウスは、完全に無菌状態で飼育されいました。
- マウスには、乳幼児と同じ粉ミルクを与えました。
- マウスの腸管内の微生物組成を調べ、健常群とアレルギー群の遺伝子発現の違いも分析しました。
実験結果の概要は次のとおりです。
- アレルギー体質の乳児から細菌を受け取ったマウスは、牛乳に初めて触れたとき、生命を脅かすアレルギー反応であるアナフィラキシーを起こしました。
- 細菌を与えなかった無菌マウスも、この重篤な反応を起こしました。
- 健康な細菌を投与されたマウスはアレルギー反応を全く起こしませんでした。
- マウスの腸管内の微生物叢を調べた結果、群集の多様性と均一性は、健常マウス群とCMAコロニー群間で同様でした。
- 両者の微生物叢をさらに詳細に 比較した結果、Anaerostipes caccaeという特定の種が腸内に存在すると、アレルギー反応から保護されるようであることがわかりました。
A.caccaeは、クロストリジウム綱(Clostridia)注)の一部です。A.caccaeは、これまでの研究で、次の性質が知られています。
- 乳酸と酢酸を利用し、酪酸を生産する
注)クロストリジウム綱(Clostridia):主としてクロストリジウム属(Clostridium)を含む多系統群綱。
酪酸は、腸内の健全な微生物群を確立するために重要な栄養素の短鎖脂肪酸と考えられています。たとえば、酪酸は腸の炎症を防ぐ作用が知られています。腸内における酪酸の効用については別記事にまとめてみますので、下記をご覧ください。
腸内細菌が食物繊維からつくる短鎖脂肪酸の酪酸が腸の炎症を抑制する
酪酸が直接今回の乳児の牛乳アレルギー防除に関与しているのかどうかは不明ですが、博士たちは次のように考察しています。
- 酪酸は、大腸の上皮細胞にとって重要なエネルギー源であることが知られている。さらに、酪酸はβ-酸化反応により大腸の上皮細胞の酸素消費を促進する。その結果、酪酸産生偏性嫌気性菌の局所的な低酸素ニッチを維持することなども知られている。
また、博士たちは、つぎのことも実験で確認しています。
- A.caccaeが定着した腸内では、抗原特異的なTh2依存性抗体およびサイトカイン反応減少している
A.caccaeなどのClostridia属の嫌気性粘膜関連細菌は、制御性T細胞の誘導、免疫調節代謝産物の産生、外来侵入菌の定着阻止機能などを通じて腸の恒常性維持に関与することが報告されいます。博士らの研究により、これらの免疫調節細菌は食物吸収部位である回腸においても機能し、食物に対するアナフィラキシー反応に対する防御に因果関係があることを明らかにしたとしています。
また、消化管に生息する様々な種類の微生物の中で、たった一種類の微生物が、食事成分によって宿主が受ける影響にいかに大きな影響を与えることができるかが改めて明らかになったとしています。