クロノバクター・サカザキ、サルモネラ菌の粉ミルク汚染は乳児への深刻な健康危害をもたらします。粉ミルク工場では、包装段階前のクロノバクター・サカザキの混入を防ぐことが重要です。その為に、工場環境の細菌叢解析が重要な意味を持ちます。本記事では、16S rRNAアンプリコンシーケンスス技術を用いて、アイルランドの2つの粉ミルク工場の微生物菌叢を2年間にわたりモニタリングした報告を紹介します。本研究は、16S rRNAアンプリコンシーケンス解析を用いて 粉ミルク工場環境の細菌叢を調べた最初の研究です。

A 16S rRNA sequencing study describing the environmental microbiota of two powdered infant formula built facilities
Foodborne Pathog Dis. 19(7):473-484(2022)

ミルク工場内を点検する女性の研究員。

 粉ミルクの微生物的安全性および関連する生産現場について報告された先行研究のほとんどは、クロノバクター・サカザキやサルモネラ菌など乳児に対する病原菌自体に対象を絞って行われてきました。特にクロノバクター・サカザキは、粉ミルクによる乳児の食中毒菌として最大の注意が払われています。

クロノバクター・サカザキと粉ミルクの関係については下記記事をご覧ください

クロノバクター・サカザキ(Cronobacter sakazakii)

しかし、これらの食中毒細菌の分布率が低いことから、日常的な食品工場の衛生管理手法としては限界があります。

※分布率の低い食中毒細菌の微生物検査の問題点についての解説は下記の記事をご覧ください。
食品の微生物検査の目的と精度計算法をわかりやすく説明します

 そこで、指標微生物なども含めた、もう少し広範な微生物の工場環境のモニタリングが重要となってきます。この際、有効となる分析技術の一つが16S rRNAアンプリコンシーケンス解析技術です。

 ※16S rRNAアンプリコンシーケンス解析とはどのような解析なのかについてのわかりやすい解説は、下記の記事をご覧ください。
16S rRNAアンプリコンシークエンス解析(細菌叢解析)の食品微生物検査への応用法のすべてをわかりやすく解説します

 アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD)のファニング教授らのグループは、アイルランドにある2つの粉ミルク工場において、16S rRNAアンプリコンシーケンス解析技術を用いて、2年間モニタリングしました。

拭き取り検査の写真

実験手法の概要は次のとおりです。

アイルランドの同じ粉ミルクブランドメーカーの2工場で調査しました。両工場ともに、衛生レベルにより、下記のような3つのゾーン管理が行なわれています。

  • 低度衛生管理区域(ドライ環境):低度衛生管理区域は人、交通、外部環境に直接さらされている
  • 中度衛生管理区域(湿潤環境と乾燥環境の両方を含む):厳重に管理され、密閉。着替えルール(身体、髪、ひげを露出させず)と週1回の日常清掃
  • 高度衛生管理区域(ドライ環境):厳重に管理され、密閉。厳しい着替えルール(高度衛生管理区域に入る前にフェイスマスク、手袋、眼鏡が必要)と高い清掃頻度(1日2回の日常清掃)
食品工場内の衛生管理区域ごとの性質の違いを示すイラスト。

工場内のサンプリングポイントは、床、排水口、機器表面、および工場の靴底について実施されました。

食品工場内でモニタリングをした箇所、三箇所。
  • 2工場とも、毎月環境サンプリングを実施し、 2 年間で合計 60 個の環境試料が採取されました。
  • 最終されたサンプルについて16S rRNAアンプリコンシーケンス解析を行ないました
16S ribosomal rnaアンプリconsequence解析

結果の概要は次のとおりです。

  • 属レベルでは、3つの衛生管理区域すべてにAcinetobacter属(全サンプル中1.5-30.5%)、Pseudomonas属(全サンプル中0.5-17.8%)、未分類のシュードモナス科(Pseudomonadaceae)に属する細菌(全サンプル中0.3-38.9%)が高い頻度で含まれていました。

衛生管理区域の衛生基準が高くなるにつれて、微生物群組成がそれぞれ特有の微生物層に変化しました。

  • 低度衛生管理区域:一般環境関連菌が優占
  • 中度衛生管理区域:湿った環境を好むグラム陰性菌が優占
  • 高度衛生管理区域:ヒト/臨床および食品/乳製品関連菌が優占

具体的には各区域の微生物は次のような特徴を示しました。

  • 低度衛生管理区域に多く存在する HalomonasPedobacter などの属は、海洋、汚泥、土壌などの一般的な環境に定着することが報告されているものでした。
  • 中度衛生管理区域で優勢な細菌は、自然環境に関連する細菌とは別に、AcinetobacterStenotrophomonasなど、臨床的に重要な細菌属が優勢になりました。また、中度衛生管理区域では湿潤環境もありましたが、湿潤環境からは湿潤環境特有のグラム陰性菌の微生物群が検出されました。
  • 高度衛生管理区では、外部環境に関連する微生物が少なく、高度衛生管理区域の衛生的な環境が実現されていました。しかし、一方で、一般環境関連細菌属の相対量が減少したことで、StreptococcusStaphylococcusなど、臨床関連細菌属や食品関連細菌属が優占種となっていました。これらの細菌はまた、牛乳、乳製品、その他の発酵食品を含む様々な食品に定着していることが分かっています。つまり、高度衛生管理区域の細菌叢は、外部環境の影響を受けにくくなり、人間との相互作用や原材料の影響をより強く受けるようになりました。

 なお、今回の調査では、クロノバクター属やサルモネラ属は 粉ミルク工場環境で観察されましたが、微量でした。この点では、2工場共に衛生管理が行き届いていることが示されました。

 しかし、一方で、アシネトバクター、クロストリジウム、スタフィロコッカス、バチルスなどの、粉ミルク関連有害菌のほとんどは高度衛生管理区域でも検出されました。これらは乾燥耐性菌として知られており、高度に乾燥した粉ミルク製造環境でも生存することが可能です。これらの微生物は高度衛生管理区域での生存にも適応している可能性が示唆されました。

微生物が検出されて驚く食品工場の検査員

 本研究は、16S rRNAアンプリコンシーケンス解析を用いて 粉ミルク工場環境の細菌叢を調べた最初の研究です。この研究で示されたように、工場環境の細菌叢の全体的な衛生管理状況を把握する目的には有効と考えられます。清掃やゾーニングなどのさまざまな介入手段に関連する変化をモニタリングすることにより、生産現場の微生物品質の改善を促進し、最終的にはより優れた微生物学的安全性を持つ製品を確保すると考えられます。

食品衛生管理のための工場のモニタリングの重要性を訴える食品工場の検査員。

 

※本記事は、食品工場衛生管理における微生物モニタリングの個別事例のシリーズ記事(事例❶、以後連続ではなく、随時更新)です。食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性の基礎事項について確認したい方は下記の記事をご覧ください。

 食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性