新入社員や食品微生物学の初学者が直面する最初の課題の一つは、コーデックス、ISO、EU規則、FDAやBAMなど、食品安全に関わるさまざまな国際的な規則とその複雑な関係性の理解だ。これらのキーワードの意味と、それらが食品微生物安全においてどのように組み合わさり、相互にどのような役割を果たしているのかを把握するのは、多くの入門者にとってはとても難しい挑戦となる。しかし、心配は無用だ。この記事では、コーデックスやISOなどの国際規則と、EUや米国のような地域規則との間の独特な関係に光を当て、例え話を交えながら、入門者がこれらの位置づけを理解しやすくするための説明を行う。
コーデックス:食品の品質と安全の守護者
コーデックス(Codex Alimentarius、国際食品規格委員会)は、世界中の食品に適用される安全基準を設ける国際組織だ。国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)によって設立された組織で、世界中の食品規格を策定している。コーデックスの規格は、食品の安全性と公正な国際貿易の促進を目指している。
つまり、食品に含まれていい微生物の量や種類に関する「ルールブック」だ。例えば、牛乳にどれだけのバクテリアが含まれていれば安全か、といったことが定められている。コーデックスの基準は、世界中の国々が食品の輸出入をする際の共通の言語となり、安全で公正な食品取引を支えている。調理に例えるならば、これは調理の内容を規定するメニューのようなものだと考えればよい。国際的に標準メニューというものが定まっているわけだ。
ISO:安全を測るスケール
一方、国際標準化機構(ISO、International Organization for Standardization)は非政府組織で、標準化を促進するために国際的な規格を発行している。特に食品の安全性に関して、「どのようにして確かめるか」に焦点を当てた組織である。ISOが定めるのは、食品内の微生物をどうやって検出し、数えるかという「方法論」だ。ISOの規格により、どこの国でも、どのラボでも、同じ食品を同じ方法で検査できるようになっている。具体的な微生物試験の方法に関しては、ISO 4833(微生物の一般的な数え方)、ISO 16649(大腸菌群の数え方)など、さまざまな規格がある。
調理に例えるならば、包丁をどのように使うか、野菜はどのようにカットするか、など、調理方法の手順書のようなものだ。
EUと米国:独自の味を加えるシェフたち
この国際的な基準に対して、EUと米国はどのように関わっているのか。
コーデックスとの関係
まずは、コーデックス、すなわち料理のメニューに関してのEUと米国の対応を見てみよう。
EU
EUは、コーデックスとISOの基準を大切にしつつ、時にはより厳しいルールを設ける「シェフ」のような存在だ。EUは、自らの食品がさらに安全であることを保証するために、独自のレシピ(規制)を追加することがある。
EUの食品に関する微生物規格は、コーデックスの「レシピブック」に似ているが、より厳しいルールで「特別なレシピ」を提供しているといえよう。これは、ある家庭が「家族の健康を守るためには、レシピブックの基準よりもさらに厳しいルールで料理を作る」と決めたようなものだ。EU加盟国では、この「特別なレシピブック」に従って食品が作られ、安全性が確保されている。
米国
米国はコーデックスのメンバーであり、国際的な食品安全性基準の策定に参加している。しかし、米国はコーデックスの基準を参考にすることはあるが、必ずしもこれに完全に準じて国内規制を設定するわけではない。米国では食品の安全性と品質に関して、独自の規制体系と基準が設定されている。主に、米国食品医薬品局(FDA、Food and Drug Administration)と米国農務省(USDA、United States Department of Agriculture)がこれらの役割を担っている。
米国とコーデックスの関係は、国際標準メニューは横目で見つつも、あくまでも自分のキッチンで独自の料理メニューを守るシェフのようなものだ。
ISOとの関係
EU
調理メニュー、すなわちコーデックスとEUの関係については、EUはコーデックスの基準を基礎としつつも、さらに一歩進んだEU独自の微生物規格基準を制定している。これは、前述の通りである。
では、調理方法、すなわちISO法についてはどうであろうか?ISO法については、EUはほぼISOの規格を採用していると考えてよい。ISOの規格策定プロセスにEUメンバーが積極的に参加しているため、EUの基準とISOの規格が相互に影響を与え合っている側面もあり、EUは基本的にISOの規格に準じていると言える。
米国
米国はISOの規格を多くの産業分野で採用しており、食品安全性に関する規格についても例外ではない。例えば、ISO 22000(食品安全マネジメントシステム)のようなISOの規格は、米国内の食品製造業者によって自発的に採用されることがある。
しかし、一方で、米国はISO規格を一部採用しているものの、必ずしもISO規格に完全に従っているわけではない。上述したように、米国は食品安全に関して独自の規制体系を持っており、FDAとUSDAが中心となっている。これらの機関は、米国内で販売される食品の安全性を保証するために、BAM法(Bacteriological Analytical Manual method)法を含む独自の基準を設定している。BAM法は、食品の微生物学的検査方法に関する米国FDAが発行しているマニュアルである。米国企業や組織がISO規格を採用する場合、それはしばしば国際的な取引の促進や、業界のベストプラクティスに従うための自主的な選択の場合が多い。
まとめ
みんなで同じゲームを遊ぶとき、ルールをどう統一するかは非常に大切である。コーデックスやISOは、世界中で共通のルールや「ゲームの遊び方」を提案している友達のようなものだ。これによって、どこでも公平に楽しめるようにしている。
EUはコーデックスやISOの提案する「ゲームの遊び方」を重視する家族だ。このルールが良いと感じるから、そのまま使うと積極的に国際標準ルールを採用する。しかし、EUは「しかし、この家ではこれに加えてもう少しルールを厳しくするかもしれない」と考えることがある。つまり、「ルール」を大切にしながら、さらに自分たちの家でのルールを加えて、より安全に、より楽しく遊べるように工夫している。
米国はコーデックスやISOのゲームのルールを見て、「面白そうだけど、この家ではちょっとルールを変えて遊ぼうか」と考える家族だ。米国は国際ルールを尊重するものの、自分たちの状況に合わせて少し独自のルールを加えたり、自分たちで新しいゲームを作ったりする。つまり、コーデックスやISOの提案する「ゲームの遊び方」を基本としながら、米国独自の「ルール」を持っているわけだ。
最後に日本についてはどうだろうか?
日本はコーデックスやISOなどの国際機関との連携をさらに深め、積極的に国際基準作りに参加することが重要だ。これにより、日本の高い技術や知見を世界に発信し、国際基準の向上に貢献できる。国際基準に沿いつつも、日本独自の食文化や状況に合わせた基準の見直しと更新を継続することが必要だ。
その上で、ISO法については、EU同様、ISOの提案する「ゲームの遊び方」を重視する家族になるべきだろう。
一方、コーデックスについては、コーデックスに準拠しつつも、米国の食品規格の影響を受けている側面も大きい。その点で、コーデックスの基準をさらに進化させたEUの食品微生物規格とは大きくかけ離れている。本ブログ記事でも何度も取り上げているように、例えば大腸菌群などが規格に含まれている点などは、コーデックスよりもむしろEUの規格を参考にして、基準を改善しても良いのではないかとブログ筆者は思っている。