食品の品質保持と微生物学的安全性の確保においては、pHの調整、水分活性の管理、保存料の使用、温度管理に加え、ガス置換包装(Modified Atmosphere Packaging, MAP)の適切な導入と制御が極めて重要である。
特に、包装内部の気相組成の調整と温度管理の併用は、食品の風味や栄養成分を損なうことなく微生物の増殖を抑制できる手段として注目されており、保存期間の延長や廃棄削減といった実務上の利点も大きい。
本記事では、食品保存技術としてのガス置換包装の基本と、微生物増殖抑制との関係性に焦点を当て、その仕組みと効果、さらには導入時の留意点について解説する。
真空包装と脱酸素包装
原理
- 真空包装(vacuum packaging):食品を通気性のない包装材料で包み、袋内の空気を除去した状態で密封シールする包装を指す。真空パックと同義である。
- 脱酸素包装(oxygen absorber packaging):脱酸素剤(oxygen absorber)を用い、ガスバリヤー性(酸素ガス遮断性)の包装袋内から酸素を除去する包装を指す。微生物学的には真空包装と同様の意味を持つが、多くの場合、真空包装やガス置換包装に比べ、小ロットから本格的生産まで対応可能であり、また、これらの包装と比べて手間が省けるという利点もある。そのため、食品の劣化防止に幅広く利用されている。特に微生物学的観点からは、カビ類はすべて好気性微生物に分類されるため、パンや菓子類などを中心に広く使用されている。
- 窒素ガス置換包装:脱気後に包装気相を不活性な窒素ガスで置換する方法であり、真空包装と同等の効果を持つ。窒素ガス置換包装では、食品の物理的外観が保たれ、ドリップも少ない。

微生物への影響
- カビ類:カビ類はすべて好気性微生物に分類されるため、カビ防除には脱酸素剤封入包装(脱酸素包装)が大きな効果をあげる。
- 好気性細菌:酸素を除去した包装下では、好気性細菌の増殖は停止する。Pseudomonas などの好気性腐敗菌は酸素を除去することで増殖が抑制されるため、真空包装がシェルフライフの延長に有効であることは古くから知られている。
- 通性嫌気性菌:通性嫌気性菌は酸素の有無にかかわらず増殖すると思われがちだが、実際には酸素がない環境下では増殖量が低下する。これは、酸素非存在下では通性嫌気性菌のエネルギー獲得様式が「解糖系」と呼ばれる発酵反応であり、糖が乳酸・酢酸・エチルアルコールなどの中間代謝産物までしか分解されないためである。その結果、クエン酸回路を用いた場合と比べて、エネルギー獲得効率は大幅に低下する。

Kimura B. et al.(1997)のデータから作表
偏性嫌気性菌(一般に嫌気菌と呼称される):酸素がない条件下で活発に増殖する。

食品の貯蔵効果
酸素を除去することにより、Pseudomonas などの好気性腐敗菌の増殖が抑制されるため、真空包装がシェルフライフの延長に有効であることは古くから知られている。
一方、食品に塩を添加したり、pHを調整したりすることで、ある程度の微生物学的保存性を持たせた加工品を真空包装して流通させる例は多い。これらの加工食品では、乳酸菌が主要な腐敗細菌相となる場合が多い。
下図に、真空包装したサケ燻製における微生物増殖の様子を示す(食塩4.6%、5℃貯蔵)(Truelstrup Hansen et al., 1995))。
乳酸菌は本来、酸素が豊富な環境では、好気性の Pseudomonas などとの競合に勝てず優占種にはなりにくい。
しかし、燻製や塩の添加、さらに酸素が除去されることにより、好気性の競合菌に勝てるようになるものと考えられる。

上図はTruelstrup Hansen et al.(1995)からブログ筆者が作図し直した。
課題
通性嫌気細菌や酵母は、微量の酸素でも増殖が可能であるため、この方法(真空包装)による防止は難しい。
また、真空包装では食品が圧縮されたり、ドリップが生じたりするほか、食品に高級感が与えられないなどの欠点も多い。
さらに、偏性嫌気性細菌の増殖は制御できないばかりか、かえって増殖を促進する可能性もある。
真空包装技術を過信し、レトルト殺菌およびチルド流通を怠って失敗した事例として、昭和59年の真空包装辛子蓮根によるボツリヌス食中毒事件がある。

CO2ガス置換包装
原理
空気の組成はおよそ、窒素(N₂)80%、酸素(O₂)20%である。
また、二酸化炭素(CO₂)も0.03%含まれている。
このCO₂濃度は自然界ではごくわずかだが、人工的に高濃度に調整すると、生物の生死に大きな影響を及ぼす。
このような原理を応用し、食品をN₂、O₂、CO₂などで置換する包装をガス置換包装(modified atmosphere packaging)と呼ぶ。
用いられるガスは、N₂、O₂、CO₂単体、またはこれらの混合ガスである。

混合比は、食品や用途により異なる。
N₂ガスは無毒の不活性ガスであるため、N₂包装ではN₂ガス自体の効果ではなく、酸素除去による品質劣化(酸化、カビ、腐敗、虫害など)の防止を目的として用いられる。
N₂包装の微生物学的な効果については、前項の真空包装および脱酸素包装と同様である。
一方、O₂ガスは、食肉などで酸分圧を高め、肉色の保持を目的として用いられる場合がある。
O₂ガス包装は、微生物学的な保存効果を目的としたものではなく、あくまで肉色保持を狙ったものであるため、本記事では取り上げない。
以下では、CO₂ガスを利用したガス置換包装について解説する。

微生物への影響
CO₂濃度が高いほど、細菌の増殖を抑制する効果があることは、多くの研究で確認されている。
特に、鮮魚や食肉に多く見られる代表的な好気性腐敗細菌は、CO₂ガス濃度が40%程度以上になると増殖が抑制される(木村ら、1989)。

木村ら、1989から作図
また、一般に低温になるほど、CO₂による微生物の増殖抑制率は高くなる。
以前、二酸化炭素包装に関する研究を行っていた際、ある牛肉練製品業者から相談を受けた。
「保冷車での保冷温度が悪く、常温になる場合があるため、温度管理の不備を補う目的で、二酸化炭素を用いたガス置換包装を導入したい」という内容であった。
しかし、残念ながら、二酸化炭素を用いたガス置換包装の効果は、あくまでもチルド流通をしたときにしか認められない。

魚肉や畜肉の保存性向上に関する研究でも、CO₂ガスによる微生物の増殖抑制効果が明確に現れるのは10℃以下の低温であり、20℃以上ではCO₂の静菌作用はほとんど認められていない(木村ら、1989)。。

木村ら、1989から作図
CO₂による微生物増殖抑制効果が低温で強く現れる理由として、CO₂の溶解性は低温になるほど高くなるという点が挙げられる。
その結果、周辺環境のpHが低下したり、微生物細胞が遭遇するCO₂の量が増加したりするためと考えられている。
このような説が有力である。
下図に、温度とCO₂の水への溶解度の関係を示す。

砂糖や食塩などの固体と異なり、気体の場合は、温度が高くなるほど水中への溶解度が低くなる。
冷蔵庫から取り出したビールを常温に置いておくと、泡(=二酸化炭素ガス)が抜けてしまうのも、この原理によるものである。

また、二酸化炭素ではなく酸素の例になるが、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)による食中毒の可能性があるスープを加熱した直後には、一時的にスープ中の溶存酸素濃度が低下する。
この状態は、ウェルシュ菌のような嫌気性菌の増殖を促進しやすくなる。
これも、「気体は温度が高くなるほど水への溶解度が低くなる」という原理に基づいている。

実際、ある温度におけるCO₂ガスによる微生物の増殖抑制率
[(対照区での増殖速度 − CO₂区での増殖速度)/対照区での増殖速度 × 100]
と、その温度でのCO₂の溶解度との比を温度ごとに求めると、いずれの温度でも一定値になるとの報告がある(Enfors and Molin,1981)。

Enfors and Molin,1981のデータを下にブログ筆者が作図
CO2による微生物増殖抑制は低温で効果的であり、そのメカニズムは複数ある(木村ら、1996)。
- 低温ではCO₂の溶解性が高まり、結果として環境のpHが低下し、微生物の増殖が抑制される。
- CO₂は微生物の細胞内で脱炭酸反応のフィードバック阻害を引き起こし、TCA回路の代謝にダメージを与える。
- CO₂ガスは細胞膜を通過し、細胞内で解離して過剰な[H⁺]と[HCO₃⁻]の蓄積を引き起こす。これを排出するために微生物はエネルギーを消費し、結果として増殖速度が低下する。
- CO₂は細胞膜の機能に影響を及ぼし、栄養素の取り込みや酵素活性に悪影響を与える。
これらのメカニズムは、低温や他の環境ストレスとの相乗作用により、特に食品保存において重要である。
しかし、CO₂による微生物増殖抑制の詳細な作用機序はまだ完全には解明されておらず、さらなる研究が必要である。

木村ら、1996から作図
食品の貯蔵効果
CO₂ガス置換包装の効果を示す実例として、Cegielska-Radziejewska et al. 2008の研究がある。
下の図は、鶏肉をCO₂ガス置換包装(CO₂ 30%、残りは窒素70%)した場合と、通常の含気包装で貯蔵した場合(いずれも4℃)における、鶏の胸肉の官能検査結果(五段階評価)を比較したものである。
この結果から、CO₂ガス置換包装では含気包装と比べて、官能的に見た消費期限が著しく延びていることがわかる。

Cegielska-Radziejewska et al. 2008 のデータを下にブログ筆者が作図
また、生チーズを異なる濃度の二酸化炭素でガス置換包装し、7℃で7日間貯蔵した際の一般生菌数を比較した結果も報告されている(Brown et al.,2018)。
この結果から、二酸化炭素の濃度を高めるほど制菌効果が高まることが示唆される。

Brown et al.,2018のデータを下にブログ筆者が作図
課題
乳酸菌はCO₂による静菌作用に強い耐性を示すため、ガス膨張やネト(slime)の発生、あるいは微生物による変色(緑変)の原因菌として、CO₂ガス置換包装製品において問題となることが多い。
また、真空包装と同様に、CO₂を用いたガス置換包装でも、真空包装や窒素包装と同様に、ボツリヌス菌の発芽・増殖の観点からチルド流通が前提となる(水分活性(Aw)0.94未満、あるいは高酸性(pH<4.6)の場合を除く)。

ブログ筆者の経験によると、鮮魚などを開封後そのまま食べる場合、CO₂混合比が60%以上の高濃度になると、消費期限は顕著に延長できる一方、試食時に渋みを感じられるようになる。これは、鮮魚が水分を多く含んでおり、高濃度のCO₂ガスが水に溶けて炭酸となるためと考えられる。
一方で、包装を開封した後に加熱調理をする精肉やその他の食材の場合、高濃度のCO₂ガスの官能評価への影響は、刺身ほど問題とならない場合もある。
したがって、ガス置換包装に使用するCO₂ガスの濃度は、食品の物理的・化学的性質、貯蔵温度、そしてその後の調理プロセスなどに応じて調整すべきである。
