前の記事でリステリアの選択増菌培地としてのFraser培地の原理を説明した。本記事では、リステリアの鑑別平板培地の原理について説明する。 ISO法(および日本の公定法)では、Half Fraser培地およびFraser培地の増菌液を、原理の異なる二系列の鑑別平板培地に画線塗抹する。第一系列では、ALOA培地を用い、第2系列では、オックスフォードまたはPALCAM寒天培地を用いる。この二系列では原理が異なる。本記事では、これらの二系列の鑑別平板培地培地の原理について説明する。

選択増菌菌培地から二系列の鑑別平板培地に塗抹画線

 ISO法 (ISO 11290-1:2017 )および日本の公定法 (平成26年11月28日、食安発1128第2号)では、Half Fraser培地およびFraser培地の増菌液を、原理の異なる二系列の鑑別平板培地に並行して用い、それぞれに画線塗抹する。第一系列では、ALOA培地等を用い、第二系列では、OxfordまたはPALCAM寒天培地を用いる。この二系列は原理が異なる。

 第二系列の培地がまず最初に開発され、その後第一系列が開発された。そのため、開発の順番にその経緯を説明した方がより理解が深まると思う。以下に、開発の順番に沿って説明する。

リステリア分離培養図式

第2系列の鑑別寒天培地(Fraser培地の原理を寒天培地にしたもの)

 以下に示すOxford寒天培地PALCAM寒天培地は、Fraser培地を寒天培地化したものと考えればよい。もちろん詳細な成分は異なるが、おおまかにはそのように捉えればよい。これらの培地はFraser培地の翌年に開発された。

パルカム培地などの大まかな理解

Oxford寒天培地(Curtis et al.(1989))

 Oxford寒天培地は、前記事で紹介したFraser博士がFraser培地の論文を発表した翌年の1989年にCurtis et al.(1989)によって開発された。用いられている原理は、Fraser培地の原理をそのまま踏襲し平板鑑別培地にしたものと考えてもよい(ただし、リステリア菌以外を排除するために用いられている抗生物質の組成が若干異なる)。

選択の原理

 コロンビア血液寒天基礎培地(血液を添加して使用する浸出液無添加の基礎培地)をベースに、塩化リチウムおよび各種抗生物質(アクリフラビン、コリスチン硫酸塩、シクロヘキシミド、セフォテタン、ホスホマイシン)添加

⇒リステリア菌の増殖は抑制せずにできるだけ多くのグラム陽性菌やグラム陰性菌の増殖を阻害する。

 なお、塩化リチウムは抗生物質ではないが、多くのグラム陽性菌、陰性菌に阻害的に働く。特にリステリア菌の選択増菌培地を開発したFraser博士が、同時に増殖してくる腸球菌を塩化ナトリウムリチウムを加えることによって排除できることに成功したため、このオックスフォード寒天培地でもその原理が踏襲されている。

Fraser培地:民間企業の女性研究者が開発したリステリア属菌検出法の原理と応用

識別の原理

エスクリン加水分解

培地にエスクリン塩化第一鉄を添加
⇒ステリア属菌はエスクリンを分解し、分解産物エスクレチン鉄イオンと反応して、濃茶色または黒色の錯体を形成する。

エスクリン分解とその検出原理は、Fraser培地と同様である。エスクリンは、セイヨウトチノキ (大型の落葉樹) などの樹皮と種子に含まれる天然のクマリンのグルコシドである。エスクリンの加水分解により、グルコースエスクレチンと呼ばれる化合物が形成される。

エスクリン

 Fraser博士らは、1000株以上のリステリア株についてエスクリンの分解性を調べた結果、すべてのリステリア株がエスクリンを分解することを見出した。詳細は下記記事をご覧ください。

Fraser培地:民間企業の女性研究者が開発したリステリア属菌検出法の原理と応用

オックスフォード培地組成

判定

L. monocytogenesおよびその他のリステリア属菌は黒色のコロニーとなる。

以上は一年前に開発された選択増菌培養であるFraser培地とほぼ同じ原理

Fraser培地の原理や開発の歴史については別の下記の記事をご覧ください。
Fraser培地:民間企業の女性研究者が開発したリステリア属菌検出法の原理と応用

オックスフォード培地の典型コロニー

PALCAM寒天培地(Van Netten et al.(1989)

 PALCAM(Polymyxin-Acriflavin-Lithium Chloride-Ceftazidime-Aesculin-Mannitol)寒天培地も、前記事で紹介したFraser博士がFraser培地の論文を発表した翌年の1989年、すなわち、上述のOxford寒天培地と同じ年にVan Netten et al.(1989)によって開発された。用いられている原理は、Oxford寒天培地と同様にFraser培地の原理を踏襲し、平板鑑別培地にしたものと考えてもよい。しかし、PALCAM寒天培地にはマンニットが加えられており、これによりブドウ球菌や腸球菌などのマンニット利用性細菌とリステリア属菌(マンニット非利用)を識別することができる。

選択の原理

 塩化リチウム、0ポリミキシンB、アクリフラビン、および0.02g/Lのセフタジジムを添加

⇒リステリア菌の増殖は抑制せずにできるだけ多くのグラム陽性菌やグラム陰性菌の増殖を阻害する

識別の原理

(1)エスクリン加水分解

エスクリン鉄塩の添加
⇒リステリア属菌はエスクリンを分解する

以上はFraser培地やOxford寒天培地とほぼ同じ原理であるが、PALCAM寒天培地では、これらの原理に加えて次の原理が追加されている。

(2)マンニット発酵

 マンニトールフェノールレッドの添加
⇒黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)や腸球菌など、マンニットを利用するが、リステリア属菌は利用できない。

 マンニットは6価の糖アルコールで、自然界に広く存在し、乾燥した海藻や干し柿、きのこなどに含まれる。マンニット代謝能力は、微生物によって異なり、この特性を利用して特定の菌種を識別することができる。黄色ブドウ球菌ブドウ球菌の中では、黄色ブドウ球菌はブドウ球菌の中でマンニットを利用する唯一の菌であるため、黄色ブドウ球菌の鑑別培地であるマンニット食塩培地の原理にも用いられている。

マンニットや黄色ブドウ球菌によるマンニットの分解に関しての詳しい解説は、下記の記事をご覧ください。

黄色ブドウ球菌の検査培地の完全マスター

パルカム培地組成

判定

リステリア属菌(エスクリーンを分解できるが、マンニットは分解できない)

 リステリア属菌はマンニットを利用できないので、マンニット分解反応による黄変の変化が起きない。エスクリンの分解能力があるので、黒色コロニーとなる。

エスクリンもマンニットも両方分解する菌(腸球菌など)
  • エスクリーンの分解により、エスクリンが加水分解され、黒色コロニーとなる。
  • また、マニットを分解して酸を生成するため、フェノールレッドの指示薬により、コロニーおよび周囲の培地の色が灰色から黄色に変わる
  • 上記2つの色変が総合されてコロニーは灰色で茶緑色のハローを持つようになる。
マンニットだけを分解する黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus注)
  1. マニットの分解により酸を生成し、培地のpHが低下し、フェノールレッドの指示薬によってコロニーおよび周囲の培地が黄色に変わる。
  2. その結果、黄色ブドウ球菌のコロニーは黄色で、黄色のハローを持つことになる。

注)マンニットは、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が利用できる一方で、他の多くの表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidisなど)は利用できないので、これらのブドウ球菌は黄変しない

パルカム培地の典型コロニー

第1系列の鑑別寒天培地(Fraser培地とは原理が全く異なる)

 OxfordおよびPALCAMおよびの欠点は、L. monocytogenesと他のリステリア属菌を区別できないことだ。

オックスフォード培地などの欠点

 この問題に対処するために、OxfordおよびPALCAM培地開発から約10年後の1997年にL. monocytogenesおよび/または病原性のリステリア属菌を非病原性のリステリア属菌から区別できる発色基質培地が開発された(OttavianiとAgosti, 1997)。OttavianiおよびAgostiによるアガーリステリア(ALOA)やCHROMagar™リステリアなどの発色基質培地が、PALCAMやOxfordなどの非発色基質培地と比較して、L. monocytogenesの検出においてより感度が高く、特異性があり、時間とコストの節約ができることが示されている。

ALOA寒天培地(Agar Listeria according to Ottaviani and Agosti))

1997年にイタリア人研究者のOttavianiとAgostiにより考案された発色基質培地である。

選択の原理

 塩化リチウムおよびセフタジジム、ポリミキシンB、ナリジク酸、シクロヘキシミドなどの抗菌剤の添加(従来の原理と大差なし)

⇒リステリア菌の増殖は抑制せずにできるだけ多くのグラム陽性菌やグラム陰性菌の増殖を阻害する

鑑別の原理(従来の原理と根本的に異なる)

発色基質(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-グルコピラノシド)の添加

 すべてのリステリア属菌はβ-D-グルコシダーゼ(β-glucosidase)活性を持つ。β-グルコシダーゼは糖のβ-グルコシド結合を加水分解する反応を触媒する酵素であり、動植物に広く存在し、異化代謝に関与している。しかし、すべての細菌がこの活性を持っているわけではない。特定の微生物がこの活性を持ち、リグノセルロース系バイオマスの分解などに寄与している。本活性の有無を微生物の検出鑑別に利用できる。特にリステリア属菌の検出には有効である。

βグルコシダーゼとは

ALOA寒天培地にはこの活性の鑑別のための酵素基質として5-bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-glucopyranoside(別名: X-Glc, X-グルコシド)が添加される。 X-Glc,はリステリア属菌のβ-D-グルコシダーゼによって分解され5-bromo-4-chloro-3-indolylが生成される。生成されたインドール誘導体酸化重合し、青緑色のインディゴ色素を形成する。

酵素発色基質のメカニズム
ホスファチジルイノシトールを培地に添加

 L. monocytogenesおよび一部のL. ivanovii株のみが、分解可能で、他のリステリア属菌は分解できない。ホスファチジルイノシトールレシチンの一種である。全ての生物の細胞膜はリン脂質二重膜でできているが、細菌の細胞膜と植物や動物の細胞膜では、構成するリン脂質の種類に違いがある。具体的には、レシチンは主に植物動物の細胞膜に存在するリン脂質で、これに対して細菌の細胞膜には一般的には含まれていない。主要な成分は、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジン酸(PA)の代表的な4種類、および他のリン脂質の混合体から成る。細菌の細胞膜には、レシチンの代わりホスファチジルグリセロールやカルジオリピンなどのリン脂質が主に含まれている。

動物細胞膜のレシチン

 つまり、細菌の産生するレシチナーゼ宿主の細胞膜のリン脂質を分解する能力である。細胞膜の透過性を変化させ、細胞の内容物が外に漏れ出ることを促進する。この過程は組織の損傷や炎症の引き金となり、感染症の進行に寄与する。

リン脂質を壊すリステリア菌

 この酵素はリステリア属菌の中でL.monocytogenesのみが持っており、病原性のない他のリステリア作品と区別することができる。同様に病原性のないブドウ球菌属の中から病原性のある黄色ブドウ球菌を区別する場合にも本酵素の有無が効である(卵黄反応)。黄色ブドウ球菌の卵黄反応については、下記記事をご覧ください。

黄色ブドウ球菌の検査培地の完全マスター

 L.monocytogenesや黄色ブドウ球菌(S.aureus)のような病原菌が宿主の防御機構を破壊し、侵入や拡散を助けるためにこのような酵素を利用することは、その病原性の重要な側面だ。

 レシチン分解酵素(レシチナーゼ)によってレシチンが分解されると、周囲に白濁のハローが形成される。このハローの形成はL.monocytogenesの他のリステリア属菌からの識別を助け、他の微生物との区別に役立つ。

ALOA培地組成

判定

  • すべてのリステリア属菌が青緑色のコロニーを生成する(β-D-グルコシダーゼ活性陽性)。
  • L. monocytogenesL. ivanoviiはホスファチジルイノシトールの分解活性があるので、水に不溶の脂肪酸が生成され、コロニーの周りに不透明なハローが形成される。結果として、他のリステリア属菌のコロニーと区別可能
ALOA培地の典型コロニー

まとめ

 本記事では、現在ISOや日本の公定法で用いられるリステリア鑑別培地の代表的なものについて、その原理のみを説明した。これらの原理に基づいた改変培地などは多数市販されているが、大まかな原理を理解しておけば応用が可能である。

 Fraser培地から鑑別培地に画線を行う場合、同じ系列、つまり同じ原理の培地を2枚用いる必要はなく、異なる原理による鑑別培地を2系列使用することにより、より確実にリステリア属菌およびL. monocytogenesを鑑別できる。

 ところで、ALOA寒天培地(Agar Listeria according to Ottaviani and Agosti)は、ISO法における鑑別培地であるが、この培地を開発したのはイタリア人の3人の研究者(第一著者と第二著者は夫婦)であり、論文自体もイタリア語で書かれている。PubMedにも掲載されていない。日本では、安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE」が音楽シーンを席巻していた1997年、Ottaviani博士夫妻と Agosti博士はイタリア国内向けにイタリア語で鑑別培地の論文を書いた。イタリア国内の研究者向けに書かれたものであろう。実は、この2人は生涯を通じて英語の論文を一度も書いておらず、イタリア語の論文も十数報しか発表していない。典型的な国内向けの研究者である。しかし、彼らの発見が非常に優れていたため、この論文が世界中で引用されることになり、彼らの名前が付けられたこの培地はリステリア培地として広く使用されている。

 このことは、研究のオリジナリティがいかに重要であるかを示している。ただし、日本人には日本語で論文を書くことをお勧めしない。あくまでも英語で発信しないと国際的にせっかくの研究成果が見落とされる可能性があるので要注意だと私は思っている。

喜ぶイタリア人究者

Ottaviani,F.,Ottaviani,M.,andAgosti, M.(1997).
Esperienze su un agar selettivo e differenziale per Listeria monocytogenes.
Ind. Alimentarius 36, 1–3.