次亜塩素酸ナトリウム水溶液は弱アルカリ

 次に殺菌剤として代表的な塩素系殺菌について説明する。塩素殺菌のメカニズムは有機物の酸化力にある。 衣服などの漂白剤として用いる水酸化カルシウムもこれから述べる次亜塩素酸ナトリウムを活性酸素による有機物の酸化という点では共通している。

食品工場で用いられる塩素系殺菌剤としては、次亜塩素酸ナトリウムが代表的である。食品添加物の次亜塩素酸ナトリウムは、HCLOと水酸化ナトリウムによって構成されている。したがって次亜塩素酸ナトリウム自体は強アルカリとなる。しかしこのようなアルカリ環境では高い酸化力は期待できない。なぜならばアルカリ環境では、HCLOはCLO にほとんどが移行しまう。酸化力はHCLOの濃度に比例する。HCLO濃度が一番高いのは pH 5から6である。しかし次亜塩素酸ナトリウムを最大に薄めてもこのように低い pH にはならない。

なぜ弱酸性でないと殺菌力が期待できないのか?

酸性環境下では、HCLOが多くなる。このHCLOが 強力な殺菌力をもつ。 一方、CLOの殺菌力は低い。CLO-の殺菌力はHCLO の殺菌力は の約80分の1である。従って次亜塩素酸ナトリウムを水溶液にしただけでは酸化力はほとんど持っていない。なぜだろうか?
 このことを理解するためにはまず基本的な細胞膜の性質を理解する必要がある。微生物の細胞膜を構成するリン脂質2重膜は疎水性の化合物を簡単に通す。しかし一方で 水素イオンのような電荷を帯びたイオンは疎水性のリン脂質二重膜を通過できない。

細胞膜を容易に通過できる物質と通過できない物質の違いについて

 疎水性のリン脂質二重膜にどのような物質が通りやすくどのような物質が通りにくいのかについて次のように理解しておくとよいこの理解は次亜塩素酸ナトリウムのメカニズムだけではなく今後食品微生物学での微生物の殺菌とか増殖阻害のところで必ず出てくる理解であるしたがって次の説明はよく基本だけ理解しておくと良いと思う。


1.疎水性物質はリン脂質二重膜を通過できる。 これは例えば薬剤であっても良いしまた機体では例えば二酸化炭素や酸素などである。
2.極性分子はリン脂質二重膜(疎水性)と相反する性質を持つので基本的には2重膜を通過できない。しかしその極性分子が非常に小さい場合はある程度通過する。例えば水分子などである。
3.極性分子で大型の細胞になれば2脂質二重膜を通過することはできない。
4. プラスであってもマイナスであっても電荷を帯びた化合物は、その分子のサイズいかんにかかわらず、リン脂質二重膜を通過することはできない。例えば小型のイオンとしては水素イオンなどである。この水素イオンがリン脂質二重膜を通過できないということも食品微生物の色々な側面で出て来てくる重要な理解である。また当然ながら大型の電荷を帯びた物質例えばアミノ酸などの化合物もリン脂質二重膜を通過できない。

次亜塩素酸は疎水性だから細胞膜を通過できる

 さて次亜塩素酸ナトリウムの殺菌力の話に戻す。HCLOは上記の分類でいくと極性分子ではあるが小型の分子なので細胞膜をギリギリ通るということになる。一方、CLO-は完全に電荷を帯びた物質であるので細胞膜を通ることができない。この両者の細胞膜の透過性の違いが殺菌力の違いとなって現れてくる。すなわち、HCLOは細胞の中まで入り、細胞内の物質まで酸化することができるが、CLO-は細胞の中に入ることができないためにその殺菌力が限定されるということである。

 ただし、次亜塩素酸ナトリウムは酸化剤として非常に強力であり、細胞膜だけでなく細胞壁やその他の細胞成分にも無差別に作用する。HCLOが細胞膜を通過しやすい特性を持っているとはいえ、微生物の外部構造である細胞壁も次亜塩素酸ナトリウムの酸化作用によりダメージを受ける。このため、次亜塩素酸ナトリウムは微生物全体に広範囲な酸化ダメージを与え、特定の部位に限らず攻撃するメカニズムが働く。


 なお、次亜塩素酸ナトリウムに塩酸などを加えて pH を下げることによって、塩素酸ナトリウムの殺菌力を上げることは理論的に可能である。しかしこの作業は 混ぜる量を間違えるとpH が下がりすぎて、次亜塩素酸ナトリウムから猛毒の塩素ガスが発生する危険があり、現場では絶対に行うべきではない。

有機物の影響を受けやすい

 また、塩素系殺菌剤は酸化力を用いた酸化剤なので、微生物だけを特異的に標的にするわけではないことも留意すべき点である。微生物の周りに有機物があった場合にはそれらの有機物も酸化される。したがって、殺菌前に汚れが十分に取り除かれていない場合には、いくら次亜塩素酸を用いてもその殺菌能力が他の有機物によって消費されてしまう。特に野菜などを洗う場合は注意が必要である。 野菜は工場のラインと違って有機物の塊であるので、次亜塩素酸など酸化剤を使った場合には 酸化力のほとんどが野菜そのものを酸化するのに用いられてしまっているということを理解しておく必要がある。次亜塩素酸ナトリウム次亜塩素酸は、十分にきれいに洗った工場のラインに次亜塩素酸を使う場合は、酸化力の標的になるのは微生物だけになるので、その殺菌力は効果的に発揮することができる。

次亜塩素酸ナトリウムの2つの弱点まとめ

 次亜塩素酸ナトリウムは現在、世界の食品工場の殺菌剤として最も広く用いられている。その理由として取り扱いが簡単だということ、コストが比較的安いということである。しかし以上に述べたようにもちろん欠点もある。次亜塩素酸ナトリウムの二つの欠点は1) pH の影響を受けやすいということ、2)有機物の影響を受けやすいことのに2点となる。次のセクションで次亜塩素酸ナトリウムのこれらの欠点を補う殺菌剤について概説する。