前記事では、米国において生の鶏肉に対するサルモネラ菌の規格基準が適用される可能性について、米国農務省の発表を紹介しました。この基準では、菌数を10 CFU/g (ml) とすることが検討されており、対象は特定の血清型(Salmonella EnteritidisやSalmonella Typhimuriumなど)に限定される見込みです。しかし、なぜこのような菌数レベルと血清型が農務省の規制対象として設定されることになったのでしょうか。今回の記事では、この米国農務省の規格基準の科学的根拠に関連する論文を紹介します。

イリノイ大学の研究:サルモネラ食中毒の原因を解明するための解析

Kim et al.
Risk Assessment Predicts Most of the Salmonellosis Risk in Raw Chicken Parts is Concentrated in Those Few Products with High Levels of High-Virulence Serotypes of Salmonella
Journal of Food ProtectionVolume 87, Issue 7, July 2024, 100304
Open access CC BY-NC-ND 4.0

 一般的に、食品中のサルモネラの検出は、日本や世界で共通して25gあたり1 CFUの基準で行われます。しかし、この基準で鶏肉の生肉からサルモネラが検出された場合、それをすべて不適合とすると、鶏肉業界には非常に厳しい規制が課されることになり、リコール製品の増加が予想されます。鶏肉に対してサルモネラの規格基準を設定する際には、どの数値を基準にすれば最も効果的に食中毒を防げるのかを、統計的に数値で推定することが必要です。

鶏肉を検査している米国検査人

 そこで、イリノイ大学のキム博士らのグループが、過去の鶏肉による米国でのサルモネラ食中毒の統計データを解析し、次の2点について分析を行いました。

  • サルモネラ食中毒を引き起こす鶏肉中のサルモネラ濃度
  • サルモネラ食中毒を引き起こす血清型

サルモネラ食中毒の原因:鶏肉中のサルモネラ濃度に注目

 これまでに米国で鶏肉に起因して発生したサルモネラ食中毒のサルモネラ菌数濃度を統計的に解析した結果、次のことが明らかになりました。

 鶏肉に起因するサルモネラ食中毒の99.8%は、1 CFU/gを超えるサルモネラ菌を含む鶏肉によって引き起こされていることがわかりました。このような菌数を含む鶏肉は、流通している鶏肉全体の1.3%に相当します。

鶏肉のサルモネラ検出率と食中毒の割合の円グラフ

 つまり、25gあたりでサルモネラが検出されること自体がリスクにつながるわけではなく、問題は汚染しているサルモネラ菌の数です。1 CFU/gを超えるサルモネラ菌を含む鶏肉を市場から排除すれば、基本的に鶏肉を原因とするサルモネラ食中毒はほとんど防げるということになります。

鶏肉をめぐる検査について話し合う男女の検査員

サルモネラ食中毒の血清型:どのタイプが危険なのか

これまでに米国の鶏肉で発生したサルモネラ食中毒の主要な血清型を調べた結果、次のことが明らかになりました。

 Enteritidis、Infantis、Typhimuriumなどの血清型が、1 CFU/gを超える鶏肉が原因のサルモネラ食中毒全体の69%を占めています。一方、毒性の低い血清型であるKentucky ST152などは、人の症例にほとんど寄与していません。

鶏肉の食中毒の原因となるサルモネラ血清型

 なお、今回の農務省の規格基準には、EnteritidisとTyphimuriumが含まれていますが、Infantisは含まれていません。

基準設定の背景:なぜ10 CFU/gなのか?

 以上の結果から、米国における鶏肉によるサルモネラ食中毒は、単にサルモネラ菌が鶏肉に含まれていることがリスクとなるわけではなく、ある一定の濃度、すなわち1 CFU/gを超える鶏肉によってほとんどの食中毒が発生していることがわかりました。

 ところで、今回米国農務省が提案した微生物の規格基準は10 CFU/gであり、1 CFU/gではありません。この基準では、今回のイリノイ大学研究グループの推計結果によると、37%の食中毒しか防げないことになります(下図)。また、EUでは 2011年12月に特定の血清型( EnteritidisとTyphimurium)について設定された規格基準は、25g当たり検出されてはならない(検査試料数n=5)という厳しい基準です。

鶏肉の微生物サルモネラ濃度とサルモネラ食中毒

 理想的には米国では1 CFU/gを許可基準とすることでリスクをより確実に防ぐことができると考えられますが、基準を厳しくしすぎると鶏肉のリコールが増加し、業界団体からの強い反発が予想されます。したがって、今回は折衷案としてこの濃度の基準が米国農務省によって提案されたと考えられます。

鶏肉を前で話し合う男女の検査員

血清型に関する論争:Infantisを含めるべきか?

 また、血清型についても、今回のイリノイ大学研究グループの研究結果では、Infantisが鶏肉による食中毒の原因となる血清型に含まれていますが、今回の農務省の基準ではInfantisは含まれていません。このことから、消費者団体はこの点を問題視し、Infantisも含めるべきだという意見を表明しています。一方、2011年に米国に先行して生の鶏肉に対するサルモネラの規格基準を導入したEUでも、対象血清型はEnteritidisとTyphimuriumの2つのみで、Infantisは含まれていません。Infantisについては、米国では今後議論の余地がありますが、まずは一歩前進といえるでしょう。

抗議をする消費者団体

なお、2024年7月に米国農務省が全ての生鶏肉にサルモネラの規格基準を制定する素案を発表しています。これを解説した記事は下記をご覧ください。

米国で全ての生鶏肉にサルモネラの規格基準導入!