原因究明が困難な市販野菜によるサルモネラ菌広域食中毒の原因究明事例

 広域食中毒発生時に原因食品やこれらの食品の汚染ルートを疫学調査で解明することは、そう簡単な仕事ではありません。特にキュウリやレタスなどの一般野菜などが原因の場合は流通ルートが広範すぎて、原因究明は困難を極めます。今回紹介する論文は、米国の複数の州にまたがるキュウリに起因するサルモネラ菌による広域食中毒の事件解明の概要をまとめたものです。2014年の事例です。

 キュウリによる食中毒は2012年以降、米国で何度か起きていますが、今回紹介する CDC のレポートは当局が原因究明をするのに大変苦労した経緯が記載されています。なぜかと言うと、そもそもきゅうりなどの生野菜は多くの人が普通にたくさん食べているものだからです。聞き取り調査を行なっても、きゅうりが食中毒の原因だということを特定することはとても難しいことです。この難しい問題にどのように取り組んだかが CDCのこの報告書に書かれています。

  1. 発端

まずは発端です。 2014年の8月に CDC の職員が、PulseNet(米国で運用されているパルスフィールド電気泳動法による食中毒菌の分子タイピングデータベース)において、複数の州で分離された臨床株のサルモネラ菌(Salmonella Newport)が極めて近似した遺伝子パターンであることを発見しました。すなわち、広域食中毒が発生している可能性が高いとし、直ちに究明に着手しました。

サルモネラ食中毒の疫学解析

2. 原因食品は何?
 そこで、まずは、原因食品は何か?ということを知らなくてはなりません。この遺伝子型を過去の食中毒履歴データベースと照合すると、過去にトマトによる食中毒で原因として何度か報告されていることがわかりました。しかし、きゅうりでこの遺伝子型が分離されたデータは存在していませんでした。したがって、この時点では、きゅうりの可能性は浮上していません。

原因解明が不明な食中毒

 そこで次のステップは、患者への聞き取り調査です。全米 29 州およびワシントン D.C.で計 275 人の 患者が特定され、その発症日は 2014 年 5 月 20 日~9 月 30 日でした。この聞き取り調査では、多くの患者がサルモネラ菌中毒発症前に Delmarva 地 域(米国東海岸のメリーランド州バージニア州にまたがる半島地域)への旅行していることが浮かび上がりました。

 そこで次に、発症前 7 日間にどのようなレストランに行ったのか、どのような食品を食べたのかなどの質問票を収集しました。ここで初めて浮かび上がってきたのがきゅうりです。回答者の 62%(49/79 人)が発症前 1 週間にキュウリを食べていました。ただし62%の人がキュウリを食べたということだけでは、きゅうりが食中毒の原因とはもちろん判断できないですね。きゅうりなどというものは皆さんが食べるものですから。

 そこで CDC 職員が用いたのが過去の統計データとの比較です。一般の人がこの時期に一体全体どれぐらいの割合できゅうりを食べているかという統計値と今回の患者の聞き取り値を比較したのです。患者のキュウリ喫食率62%という数字は、10年前に健康人を対象に行われた全米の年間のキュウリの喫食率「2006-2007 FoodNet Population Survey」と比較されました。比較対象となった全米の年間のキュウリの喫食率は、46.9% [p=0.002]であることから、今回の聞き取り調査における62%という喫食率はこれより統計的有意に高い値でした。同じように食中毒の発生地域であるメリーランド州での 7 月のキュウリ 喫食率54.9% [p=0.04]とも比較を行いました。やはり、これらの値よりも今回の患者からの聞き取りでの喫食率は統計的に有意に高いものでした。

 一方できゅうり以外の野菜はどうだったでしょうか?トマト、葉 物野菜、およびその他の食品の患者喫食率は、FoodNet Population Survey の結果から予 測される値と比べて有意に高くはありませんでした。

 つまり、きゅうりだけが一般的な喫食率よりも高い数値を示したということです。このことが有力な手がかりとなりました。

食中毒原因食品としてのキュウリ

3.原因ルート

 そこで次に CDC は患者の食べたキュウリの販売ルートを上流へ向けて調査を開始しました。その結果、食中毒患者が購入したキュウリは、ある一つの農場の出荷元から出荷されているということが分かりました。そこで、FDAの職員がこの農場への立ち入り調査をし、きゅうりからサルモネラ菌の分離を試みました。しかし、この農場の調査をした時点ではサルモネラ菌を分離することはできませんでした。しかし、この農場では収穫約 120 日前に家禽の敷料を施肥していたことが分かりました。以上から今回のサルモネラ菌広域食中毒の原因はこの農場から出荷されたきゅうりが原因であると推測しました。

サルモネラ食中毒原因となったキュウリの生産農場の特定

なお、2014年以降にも、キュウリによるサルモネラ菌広域食中毒は米国で起きています。これらの事例では、今回紹介した報告と同じような手法で速やかにアプローチを行い、原因となっている生産者からサルモネラ菌を分離し遺伝型が同じことを証明しいる事例もありますhttps://www.cdc.gov/salmonella/poona-09-15/index.html

この報告は2015年に出版され、これまでに73回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

Outbreak of Salmonella Newport Infections Linked to Cucumbers —United States, 2014
Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR), February 20, 2015 / 64(06);144-147

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。