AIや電子情報、デジタル情報を食中毒事件の原因菌や原因食品の解明などの原因究明に活用できないでしょうか?今回はその例を紹介します。お客様のポイントカードの履歴のデジタル情報を食中毒事件の疫学調査に活用した事例です。

 最近見たイギリスのドラマで、 電子マネーを扱う会社の個人情報を盗んだ犯罪者が、盗まれた人達の物品の購入履歴、映画チケット、音楽ダウンロード、本の購入履歴、その他すべての情報から、ターゲットの生活習慣や性格、嗜好性などを絞り込むというものがありました。その上でターゲットとなる人々に近づくのです。またアメリカのドキュメンタリーでは、インターネットの検索履歴やその他の情報をある会社が把握して大統領選挙操作をしている可能性についてのものでした。

 つまり私たちが、電子マネーやネット検索で流す電子情報がすべてクラウド上で再構成されて私たちの人格が再構築され、その人格を誰かに盗まれて利用されるという時代に入ってるということです。このように、電子情報が悪用されるととても恐ろしい社会に突入するということになりますね。

 さて、今回紹介する論文は、電子情報の悪用ではなくて食中毒の原因解明に利用した例です。2009年~2010年の期間、サラミに添加されたブラックペッパーやレッドペッパーに汚染していたサルモネラ菌が原因で、アメリカ合衆国の44州でサルモネラ菌中毒が発生しました(患者数272人)。この事例について、CDCのジエラルトスキー博士らがまとめたものです。概要を以下に説明します。

まず、2009年11月に、サルモネラ菌のパルスフィールドゲル電気泳動パターンを用いたアメリカ全州にわたる調査から、広域的食中毒が疑われる事案が発生しました。そこで CDC の職員らは、食料品売り場での顧客の会員カード情報を収集して、患者等が消費した食品の特定作業を進めました。その結果、19人の食中毒患者が共通して、食中毒の発症前にA社のサラミ製品を購入していることが判明しました。

ポイントカード

 そこでつぎに症例対照研究が実施されました。その結果、加熱せずにそのまま喫食されるサラミの喫食とサルモネラ菌食中毒との間に有意な関係性が見出されました(オッズ比8.5、95%信頼区間2.1〜75.9に一致)。食中毒の臨床株は、A社のサラミ製品及びA社の製造工場の内の1工場の拭き取りサンプルから分離されました。さらに、製造工場のブラックペッパーとレッドペッパーの密封容器からも同じサルモネラ菌株が分離されました。

サラミソーセージと香辛料

 ブラックペッパー(黒胡椒)やレッドペッパー(赤唐辛子)は乾燥製品であり、種子表面の水分活性が低いため、ほとんどの微生物は生存も増殖できません。 しかし、細菌胞子やサルモネラ菌のような乾燥ストレス耐性微生物は生存可能であり、これらペッパーが水分含量の多い食材に加えられ、十分な量の栄養素が利用可能にあれば増殖する能力があります。 特に消費者が非加熱ですぐに食べるread to eat食品でそのリスクが懸念されます。 この食中毒事例は、サラミのに香辛料からサルモネラ菌汚染することを示しています。つまり、香辛料のサルモネラ菌汚染を防ぐことが重要であるということになります。

 ところで、この食中毒事例の解明において、特に興味深いのは、解明の初期段階でお客様のポイントカードを利用したという点です。冒頭に述べた悪用例ではとても怖い話ですが、今後ますます電子マネーが普及していくと、食中毒の疫学的な解析に電子情報を活用する機会が多くなるでしょう。これらをAIが解析するという時代も来るかもしれません。

AIを利用した疫学調査の未来

この報告は2013年に出版され、これまでに53回引用されています(2021年10月Scopus調査)。

Nationwide outbreak of Salmonella Montevideo infections associated with contaminated imported black and red pepper: warehouse membership cards provide critical clues to identify the source
Epidemiol. Infect. (2013), 141, 1244–1252.

ところで今回紹介した論文はこのような電子カードを利用した食中毒解析の取り組みの先駆的な一例ですが、これに関連して、このようなデジタル情報を利用した食中毒の疫学調査の解析事例を集めた未来の方向性に関するレビューも出版されています。

興味ある方はこちらもどうぞ

Analysis of consumer food purchase data used for outbreak investigations, a review
Euro Surveill. 2018 Jun 14; 23(24): 1700503.

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。

キーワード検索 ”過去の食中毒事例”