食中毒菌の原因食品の追求の疫学調査は、患者の聞き取り調査記憶によって実施されます。しかし、食中毒にかかるまでに日数が経っていたり、さまざまな食品を、大量に消費していたりする消費者の記憶を辿ることはしばしば困難です。そこで消費者履歴を正確に記録しているポイントカードを使う試みが 行われ始めています。本記事では、ポイントカードを使って腸管出血性大腸菌の原因食品を究明したフランス国立公衆衛生庁の事例を紹介します。
別記事でまとめたように、2022年4月にフランスで発生した冷凍ピザによる腸管出血性大腸菌アウトブレークの原因食品を明らかにする過程でも、ポイントカードによる購入履歴が用いられています。現時点では、この事件に関する調査の詳細な経緯については公開されていません。
フランスで発生した冷凍ピザによる腸管出血性大腸菌アウトブレイク
しかしフランス国立公衆衛生庁による疫学解析では、ポイントカードをすでに10年前から使っています。下記にフランス国立公衆衛生庁の研究者たちが2013年に報告した10年前のレポートの概要を示します。
食中毒事件の概要
2012年6月15日から22日にかけて、フランス南西部の2つの行政区域で、小児における腸管出血性大腸菌による尿毒症(溶血性尿毒症症候群、hemolytic uremic syndrome:HUS)の4例が報告されました。
保健当局による聞き取り調査により、Aスーパーのビーフバーガーが感染源である可能性が浮上しました。しかし、ビーフバーガーは一般的によく食べられているものであり、その消費内容を正確には覚えていない可能性がありました。そこで、記憶の偏りを避けるため、衛生当局はポイントカードの購入履歴を利用することにしました。
Aブランドのハンバーガーの摂取を報告した患者11名のうち、5名がポイントカードを使用して購入していました。
顧客はショッパーカードの番号を快く保健当局に提供しました。Aスーパーマーケットからは、これら5名の患者について、依頼から数日後に購入に関する詳細な情報が保健当局に提供されました。購入情報には、購入場所、購入日、製品のブランド、パッケージ、バッチ、使用期限などが含まれていました。
ポイントカードの購入履歴より詳細な裏付けが取れたので、ハンバーガーから腸管出血性大腸菌が分離される前に、疫学的およびトレーサビリティの予備的な結果に基づいて、管理措置が実施しました。
行政当局による管理措置、リコールのニュースをメディアで知った2家族がスーパーマーケットに持ち帰ったビーフバーガーサンプルを当局に提供しました。提供されたサンプルからから腸管出血性大腸菌 O157のコロニーが分離されました。
この消費者から保健当局に持ち込まれたビーフバーガーから分離された菌株のプロファイルは、パルスフィールドゲル電気泳動により、確認された6例のアウトブレイク株のプロファイルと遺伝的に一致しました。
ポイントカード購入履歴情報の効果
食中毒の原因食品追求には患者へのインタビューが情報重要ですが、それを補足手段として正確なデジタル情報が強力な助っ人となります。この事件では、ハンバーガーが汚染されているという微生物学的な証拠が得られる前にリコールを決定するためには、ポイントカードの購入履歴の情報の信頼性が不可欠であったと担当者は論文中で述べています。
ポイントカードの利用が有効だった点を整理すると
- 患者宅にハンバーガーが残っていない場合、バッチ番号の特定も可能となった。
- 発症前4週間以内にスーパーマーケットAでハンバーガーを購入した情報は、スーパーマーケットのデータベースで確認された。
- 疑いのあるビーフバーガーはショッパーカードで特定され、患者が購入した時に販売されていたブランドAバーガーの使用期限から追跡できた。
- ハンバーガーから腸管出血性大腸菌が分離される前に、疫学的およびトレーサビリティの予備的な結果に基づいて、管理措置が実施できた。この決定により、メディアで情報を知った消費者からのビーフバーガーから腸管出血性大腸菌の検出へと結びついた。
このように、ポイントカードを通じて収集された情報は、追跡情報の入手や商品回収の時間を短縮することに役立ちます。このことにより、新たな犠牲者を未然防止できる可能性があります。論文の著者は、調査中、できるだけ早く、すべての患者にショッパーカード番号とその使用許可を求めるべきであると結論しています。
※なお、ポイントカードを用いた食中毒原因食品の追求事例は米国でも報告されています。下記の記事で概要をまとめていますのでご覧ください。
お客様のポイントカードのデジタル情報を利用した食中毒の発生原因の疫学調査
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