胃酸のpHは2.0程度なので、食べ物と一緒に胃の中に入ってくる病原微生物を殺菌する力があります。このことから、胃酸は、ヒトの食中毒菌感染を防ぐのに役に立っていると考えられています。しかし、実はこれを直接的に証明するデータはありません。もちろん、人のボランティア実験は行うことができません。また動物を用いた実験データも実はほとんど存在していません。今回紹介する記事は、確かに胃酸の存在が感染型食中毒の感染防除に役立っているということを実験マウスを用いて実験的に証明した事例です。

胃酸の殺菌作用のイメージ

 魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類はすべて胃酸を分泌します。このことは、胃酸が進化的に有利であることを示唆しています。胃酸の主な機能は、

  • ペプシノーゲンを活性化してタンパク質を変性させる
  • 食事のカルシウムや鉄の吸収を促進する
  • 病原細菌が腸に到達するのを阻害する

 の3つであると考えられています。

 このうち❸について、オーストラリアのメルボルン大学のテナン博士らのグループは、実際に動物モデルを使って証明しました。博士らは、細菌感染に対する抵抗性における胃酸の有効性を定量的に評価するために、マウスモデルを開発しました。

Influence of gastric acid on susceptibility to infection with ingested bacterial pathogens
Infect Immun76(2):639-45(2008)
この論文はPubMed Central(PMC)で無料公開されています。

実験方法は次のとおりです。

  • 胃のH+/K+/-ATPase(プロトンポンプ)遺伝子の変異注)により低胃酸症になったマウスを作りました。

注)塩酸は、胃の胃壁細胞から分泌されます。胃内腔の酸性化は、胃内腔のK+を細胞質のH+に交換する胃H+,K+-ATPaseまたは「プロトンポンプ」の活性によって起こります 。博士らは、マウスのこの酵素を変異させることによって、低胃酸症のマウスを作りました。H+/K+/-ATPase(プロトンポンプ)遺伝子の変異マウスでは胃内腔pHが〜7.0であるのに対し、野生型マウスでは胃内腔pHが〜3.6であることが分かっています。

胃酸の分泌を予約したマウス
  • 低胃酸症のマウスに、エルシニア(Yersinia enterocolitica)、サルモネラ(Salmonella Typhimurium)、シトロバクター(Citrobacter rodentium)、クロストリジウム芽胞(Clostridium perfringens)を経口感染させて、対照区のマウスと感染抵抗性を比較しました。

 胃酸が細菌の生存率に及ぼす短期的影響を調べるための 30 分間の実験では,マウスに 各細菌をそれぞれ108 CFU の含んだ生理食塩水を経口接種しました。30分後、マウスをCO2吸入により殺し、胃、小腸、大腸を取り出し、選択寒天培地で、それぞれの細菌数を計測しました。

 腸への感染定着実験では、 各細菌の経口摂取の3日後、マウスをCO2吸入により殺し、エルシニアまたはサルモネラ菌は小腸、クロストリジウムでは盲腸を、それぞれ無菌的に取り出し、同様に細菌計数を実施しました。感染の判断は次のような基準で行いました。すなわち、小腸や盲腸への細菌数の定着が

  • 10cfu/g以上確認された場合→感染菌の定着、すなわち、感染と判断
  • 10cfu/g以下の場合→感染菌は定着していない、すなわち、非感染と判断

その結果

  • 低胃酸症のマウスでは,エルシニア,サルモネラ,シトロバクター細胞(P ≤ 0.006)およびクロストリジウム芽胞(P = 0.02)が有意に多く生存し,感染量中央値が減少しました。
  • サルモネラ菌については、最大投与量(108CFU)を投与したマウスでは、対照区、低胃酸症区を問わず、試験したマウス(n=8~10)のすべて、小腸でサルモネラ菌の定着(10cfu/g以上の検出=感染)が確認されたものの、 107CFU以下のサルモネラ菌を経口投与したマウスでは、サルモネラ菌の小腸への定着は、低胃酸症マウスで対照マウス比較して多くのマウスで確認されました。

 これらの結果から、低胃酸症マウスは経口摂取される感染型食中毒菌に感受性が高いことが示唆されました。

マウスで胃酸のサルモネラ感染防除効力を見た実験結果。

上の図は下記論文のデータからブログ運営者が一部のデータを抜き取り作図した。
Influence of gastric acid on susceptibility to infection with ingested bacterial pathogens
Infect Immun76(2):639-45(2008)

 なお、博士らは上記実験に加えて、念のため、H+/K+/-ATPase(プロトンポンプ)遺伝子欠損マウスにおける細菌の生存に影響を与える唯一の表現型が、マウスの胃酸分泌能力であることを検証するために、2つのアプローチも用いました。

  • 胃をバイパスする方法でマウスに感染させたところ、野生型マウスとH+/K+/-ATPase遺伝子欠損マウスの脾臓と肝臓に同数のサルモネラ菌がが確認されました。
  • また、胃酸を中和するために10%炭酸水素ナトリウムで、もしくは、プロトンポンプ阻害剤であるオメプラゾールで、マウスを処理しました。これらの処理によっても、H+/K+/-ATPase遺伝子欠損マウスと同様に、胃を通過する間に細菌が生存しやすくなることが確認できました。

 以上の結果から、低塩分症マウスにおけるサルモネラ菌の生存率の高さは、胃酸以外の要因によるものではないことを証明しました。

 博士らの研究により、胃酸が摂取した細菌病原体の感染感受性を低下させるという役割が、動物実験を使って明確に証明されました。

 胃がんなどにより胃を切除した人は、食中毒細菌に感染しやすくなるため、生食には細心の注意が必要です。また、胃を切除していない人でも、暴飲暴食などにより胃酸が希釈されると、食中毒細菌が胃を通過する確率が高くなると考えられます。不要な感染を引き起こさないためにも、胃を大切にしたいものです。

やっぱり感染しないために胃が大切だと納得する男