これまで一般的には、乾燥した低水分活性食品(aw  0.85以下)は、微生物学的安全性に関してほとんど懸念されていませんでした。ただし、サルモネラ菌に関しては、過去20年間、穀物、種子、ナッツ、チョコレート、ドライフルーツと野菜、乾燥乳製品、スパイス、サラミ、茶など、水分活性の低い多くの食品でサルモネラ菌食中毒が起きています。日本でも2019年8月にペットフード「犬・猫用ササミ姿干し 無塩」に汚染したサルモネラ菌による被害により、68匹のペットに嘔吐や下痢、血便、死亡などの症状が発生ました。この製品もやはり乾燥鶏肉製品です。また以前、日本ではバリバリイカによるサルモネラ菌食中毒も起きています。

※サルモネラの基礎を知りたい方は、まず、下記記事をご覧ください。

食中毒菌10種類の覚え方 ②サルモネラ菌

犬たち

 このようにサルモネラ菌は乾燥食品であっても、リスクがある場合が多いのです。ところで、乾燥製品中のサルモネラ菌の生存に関するいくつかの情報がありますが、食品製造工場でのサルモネラ菌の生存に関する情報は限られています。

 そこで今回の紹介論文は、英国Campden BRIのマーガス博士らが食品製造工場のステンレス表面でどのくらいサルモネラ菌が生き残るのかということを実験的に詳細に調べた研究結果を紹介します。博士らは、ステンレス鋼表面での血清型や由来の異なるサルモネラ菌の15株の生存を評価しました。初発接種菌量は6.6 ~7.3 log10 cfu(2cm直径のステンレスディスクあたりの生菌数)としました。そして、サルモネラ菌分離株をステンレス鋼の表面で乾燥させ、温度25°C、湿度(33%)の条件で放置しました。

 その結果、最も高い生存率は、S.Typhimurium DT104、S. Muenchen、およびS. Typhimurium(NCTC 12023)で、30日後、減少菌量はわずか1.3 log10 cfu から1.6 log10 cfuの範囲でした。一方、最も低い生存率は、EU標準の消毒剤承認試験で使用されているS. Typhimuriumの株とホエーパウダーから分離されたS. Typhimuriumの株で、減少菌量は4.1 log10 cfu から4.3 log10 cfuの範囲でした。

また、注目すべき結果として、ほとんどの株では、放置後の初期段階(最初の72時間)で生存率が急激に低下した後は、その後30日間にわたってそれ以上の低下が見られなかったことです。すなわち、すべての株には2つの異なる亜集団があり、一方は他方よりも乾燥に耐性があるということが示されました。したがって、サルモネラ菌の食品工場でのステンレス表面での生存動態をモデル化するために2集団のワイブルモデルが適当だということがわかりました。

サルモネラ生存グラフ

初期段階で急速に死滅していく細胞集団と、その後1ヶ月にわたって生存を続ける細胞集団の違いがどのような原因によって起きるのかについては現時点ではわかりません。博士らは、生理的にスイッチの入った異なる集団がステンレス表面上で出現するのだろうと推測しています。多くの研究者が指摘しているようにバイオフィルムにおけるストレスタンパクの発現なども関わっているのかもしれません。これらについては、今後の研究を待つ必要がありそうです。

いずれにしても食品工場環境から食品へのサルモネラ菌の二次汚染を考える上でこのようなサルモネラ菌の2集団性の生存曲線パターンについて理解をしておく必要がありそうです。

この報告は2014年に出版され、これまでに9回引用されています。

Survival and death kinetics of Salmonella strains at low relative humidity, attached to stainless steel surfaces

International Journal of Food Microbiology 187 (2014) 33–40

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25038502

※サルモネラ菌の乾燥状態での各種薬剤抵抗性に関してさらに知りたいかÞは、下記記事をご覧ください。

乾燥したサルモネラ菌のバイオフィルム細胞は耐熱性、紫外線や各種薬剤・殺菌剤抵抗性を示すが、有機酸には弱い

※この記事は公益社団法人日本食品衛生学会の会員限定メールマガジンで私が執筆した記事を、学会の許可を得て、メルマガ発行以後1年以上経ったものについて公開しています。ただし、最新状況を反映して、随時、加筆・修正しています。