ノロウイルスはレストラン、ready to eat 食品の製造現場、オフィス、公共施設、クルーズ船や高齢者施設など、さまざまな環境での食中毒の大きなリスク要因となります。特に衛生管理が徹底されていないトイレからの感染拡大も重要な要因の一つとなります。では、ノロウイルスのアウトブレイクを防ぐためには、どのような対策が効果的でしょうか?本ブログ記事では、クルーズ船のトイレ洗浄に関する大規模な潜伏調査事例から、トイレ洗浄とノロウイルスのアウトブレイクとの関連性について考察します。

トイレ洗浄のイメージ。

クルーズ船でのトイレ洗浄効果の検証

ボストン大学医学部カーニー病院の研究グループは、クルーズ船で多発しているノロウイルス食中毒の原因を明らかにする目的で、米国の主なクルーズ船会社180隻のうち56隻について調査を行いました。この調査では、専門の調査官が一般の乗客に紛れて運行中のクルーズ船に乗り込み、トイレの洗浄状況を秘密裏に調査しました

Carling et al.
Cruise Ship Environmental Hygiene and the Risk of Norovirus Infection Outbreaks: An Objective Assessment of 56 Vessels over 3 Years
Clinical Infectious Diseases, Volume 49, Issue 9, 15 November 2009, Pages 1312–1317,

若い医者に指示を与える医者。

 派遣された調査官は医療専門家(38人の看護師、4人の医師、4人の関連医療専門家)で構成され、調査目的を明かさずにクルーズ船に潜入しました。乗客数1258~3600人の大型クルーズ船56隻(大手クルーズ会社9社が運航する180隻のうち約30%)を調査対象としました。調査は、異なる船でそれぞれ数日間ずつ、述べ3年間にわたり実施されました。

クルーズ船に乗り込む男女。

トイレ消毒洗浄の徹底度(TDC, thoroughness of disinfection cleaning)を調査する目的でした。調査方法は以下の通りです。

1.調査官たちがトイレに入り、紫外線にさらされると蛍光を発する蛍光塗料を密かに塗りました。この蛍光塗料は蛍光を当てないと見えず、簡単な清掃で容易に取れる性質があります。つまり、ふきん等で拭き取れば、その塗料は消えるという仕組みです。

トイレに蛍光塗料を塗る男女。

2.この塗料をトイレの以下の箇所に設置しました:(便座、水洗ハンドルまたはボタン、トイレストール内側の手すり、トイレストール内側のドアハンドル、トイレルーム内側のドアハンドル、ベビー用おむつ交換台表面)

トイレの調査場所。

3.塗料を塗った後、24時間後に再訪し、特殊な光を当てて蛍光塗料の残存をチェックしました。

トイレの蛍光塗料を確認する医者

結果は次の通りです。

1.拭き取り箇所に基づいた評価では、1546回評価された無作為抽出の273のトイレの8344箇所のうち、毎日清掃されていたのは、37%でした。

2.観察回数に基づいた評価結果では、275回の観察(18%)で、トイレ全体が24時間以上、洗浄されていないケースがありました。

3.さらに、13隻の船で19箇所は、5~7日間のモニタリング期間中まったく清掃されていませんでした。

4.特にトイレの手すりはほとんど無視され、11隻で未清掃の半数以上を占めました。

5.3隻の船では、調査期間中、どの化粧台も清掃されていませんでした。

6.おむつ交換台については、12隻の装備船のうち3隻(25%)では、5~7日間の観察期間中に1度も洗浄されていませんでした。

7.  一方、いくつかの船でほぼ完璧な清掃が記録され、高レベルの環境衛生が達成可能であることを示していました。

トイレの汚れに驚く調査員。

この調査は、元々ノロウイルスのアウトブレイクとの関連性を調べる目的ではなく、米国のクルーズ船のトイレの洗浄実態を調べる目的で実施されました。しかし、偶然にもこの調査を行った船舶のうち6隻でこの調査後の一年以内にノロウィルスのアウトブレイクが発生しました。

ノロウイルス食中毒が起きているクルーズ船。

 アウトブレイクを起こした6隻のうち3隻については、アウトブレイクを起こさなかったクルーズ船に比べて洗浄成績が悪いことが明らかとなりました。

 具体的には、ノロウィルスアウトブレイクを起こした3隻の全体的な清潔度評価(TDC)注)が10%、10%、および11%であり、平均TDCが10.3%でしたが、ノロウィルスアウトブレイクを起こさなかった40隻の船の平均TDC(40.4%)と比較して、統計的に大幅に低く(P<.004)なりました。

注)TDCスコアは、特定期間内に標準化された表面がどれだけ清掃されたか(またはされなかったか)の観察に基づき、その割合をパーセンテージで表したものと理解できます。清掃された表面の割合、特定のオブジェクトやトイレタイプ間の比較、そして時間経過に伴う清掃の有無などのデータが集計され、全体的なTDCスコアを形成しています。

パソコンのデータに驚く調査員。

 以上の結果から、クルーズ船におけるトイレの日常的な洗浄がノロウイルスのアウトブレイクに大きく寄与していることが明らかになりました。研究者たちは、トイレの清掃を強化することで、クルーズ船におけるノロウィルスのアウトブレイクの予防または緩和できる可能性があるとしています。

まとめ

 本記事では、クルーズ船でのトイレの洗浄とノロウイルスのアウトブレイクとの関係について考察しました。この報告はクルーズ船における環境衛生に関する最初の研究です。クルーズ船に乗る機会がない読者も多いかもしれませんが、この情報は高齢者施設、レストラン、学生寮、ready to eat 食品製造工場、会社オフィスなど、全ての空間における共通のリスクを示しています。特にノロウイルスが流行している場合には、トイレの洗浄に十分な注意を払う必要があります。

 一般的に、ノロウイルスのアウトブレイクを防ぐために手洗いが推奨され、実践されています。しかし、たとえ手を洗ったとしても、その後に触れるドアノブや洗面台がノロウイルスで汚染されていると、努力が無駄になってしまいます。このため、ノロウイルスのアウトブレイク防止には、手洗いだけでなく、トイレの徹底的な清掃がいかに重要であるかをこのレポートは示しています。

 特にノロウイルス流行期トイレ洗浄は徹底的に行う必要がありそうです。

トイレの洗浄を指示している上司。