腸内細菌叢が多様なら外来病原菌を駆除する能力があるのではないかと、一般的には推測されています。しかし、このことを実際に科学的な観点からデータを示した報告は多くは存在しません。特にヒトに関しては殆どデータがありません。今回紹介する論文は、このことを科学的なデータで示した例です。カンピロバクター腸炎に関する報告です。ボランティア実験者の腸内細菌を調べた結果、やはり腸内細菌の多様性がある人の方がカンピロバクター腸炎にはなりにくいようです。
C Kampmann et al.
Composition of human faecal microbiota in resistance to Campylobacter infection
Clin Microbiol Infect. 2016 Jan;22(1):61.e1-61.e8.
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腸内へ侵入する病原細菌に対するヒトの腸内細菌叢の種構成が果たす役割については、ほとんど知られていません。
マウスに抗生物質を投与した後は、サルモネラ菌感染しやすくなることから、微生物叢が外来病原菌の腸内定着を阻止・制限する能力を持っているのではないかと推測されています。マウスを用いた実験で、は、このことを示す実験データもいくつか報告されています。
しかし、上記の実験はマウスの実験であり、ヒトでの研究は殆ど行われていません。
そこで、スウェーデン、ゲーブル病院感染症科のカンプマナン博士らは、カンピロバクター感染症の発症におけるヒトの腸内細菌叢の役割を研究したいと考えました。博士らは、スウェーデンの旅行者を追跡し、海外旅行前後の糞便細菌叢組成を分析しました。その結果、カンピロバクター腸炎になった人は、腸炎にならなかった人に比べると糞便微生物叢組成が単純であることがわかりました。
実験方法の主な概要は次のとおりです。
- スウェーデンからカンピロバクター感染症のリスクが高いと推定される目的地へ集団で旅行した健康な成人調査対象として、感染者と非感染者の海外渡航の前後の糞便微生物叢を比較しました。出国前は全員がカンピロバクターやサルモネラ菌の培養陰性でした。
- 旅行中に感染した人と感染しなかった人で微生物叢の組成を比較しました。8つの異なるグループの旅行者、合計67人(男性19人、女性48人)が募集されました。参加者は、スウェーデン在住の健康な人(18-64歳、中央値24歳)で、細菌性腸管病原体を獲得する妥当なリスクのある外国(エジプト、チュニジア、キュラソー、トルコ、エクアドル、バングラデッシュ、タンザニア)に1週間から3ヶ月間(中央値2週間)旅行した人です。
- 旅行前と帰国後に採取した糞便サンプルについて、微生物叢の検査を行いました。各参加者の糞便サンプルは、旅行前に2回(中央値10日間隔、2回目のサンプルは旅行前0-5日、中央値2日)、スウェーデン帰国後に1回(範囲は到着後0-25日、中央値3日)採取されました。
- 腸内細菌を培養し、PCR法によるカンピロバクターの検出と16S rRNAアンプリコンシークエンス解析注)による微生物叢の種組成の分析を行いました。
注)次世代シークエンサーで 食品中や糞便中の細菌叢を非培養的に検査する方法。方法を理解したい人は下記をご覧ください。
16S rRNAアンプリコンシークエンス解析(細菌叢解析)の食品微生物検査への応用法のすべてをわかりやすく解説します
実験結果の概要は次のとおりです。
- 合計63名のボランティア実験参加者のうち、帰国後に、14名がカンピロバクターに、2名がサルモネラ菌に感染していました。 47名は、感染していませんでした。
- 渡航前の糞便微生物叢の構成が、後に感染した人と感染していない人とで異なるかどうかを確認するために、渡航前に採取したサンプルを感染群と非感染群とで比較しました。この解析のために、感染者15名(カンピロバクター感染者 14名、サルモネラ菌感染者 1名)と非感染者36名の検体を分析しました。
- 渡航中にカンピロバクターに感染しなかった人と感染した人の間で、糞便微生物叢の初期組成に明らかな違いがあることが判明しました。すなわち、糞便微生物相の多様性は、非感染者に比べて感染者では有意に低い結果となりました。
上の図は本記事で紹介している論文から一部データを抽出し、作図した。
注)シャノン多様性指数:微生物細菌叢の多様性の指標として、最もよく使われている指標のひとつ 。種の数が多さと、それぞれの種の存在割合により計算され、指標値は高いほど、多様性が高いと判断できる。
- なお、カンピロバクターにに感染したことによってに糞便微生物相が変化したかどうかを確認するため、旅行後に採取したサンプルを旅行前に採取したサンプルと比較し、感染者グループと非感染者グループに分けて分析を行いました。その結果、カンピロバクターの感染に関わらず出国前と出国後のボランティアの糞便微生物叢の組成の有意な変化はは認められませんでした。
以上の結果から次のように結論しました。
- ヒトの腸内細菌叢の種構成は、カンピロバクター感染に対する抵抗性に重要である。
- 腸内細菌叢の種構成の多様性の低い人は、カンピロバクター腸炎になりやすい。
腸内病原体に対するコロニー形成抵抗性に関するヒトの研究は、感染前に採取された試料がないことが障害になっています。今回紹介したカンプマナン博士らの研究の強みは、あらかじめボランティア実験を計画し、渡航前に採取した腸管病原体陰性の糞便サンプルの微生物叢組成の分析行ったことです。
なお、腸内細菌叢が多様性を保っているとなぜ外来病原菌を駆除しやすいのか、また、なぜ、特定の人の腸内細菌叢が単純になるのかについては、科学的には十分なエビデンスはまだ充分揃ってはいません。しかし、一般的には食生活の影響が想定できます。偏食を避けたバランスの良い食事生活を保つことが重要ではないかと、ブログ執筆者は考えています。
本記事で紹介した論文は2016年に出版され、これまで59回引用されています( 2022年12月スコーパス調べ)