前記事では、EUにおける乳製品および食肉製造工場におけるリステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)の汚染実態を環境モニタリング調査によって明らかにしました。それでは、カット野菜工場における汚染状況はどうでしょうか?実は、L. monocytogenesによる食中毒は最近、肉製品だけでなくカットフルーツ、カット野菜、ミックスサラダ、冷凍野菜などでも多発しています。このような実態を受け、これらの加工工場におけるL. monocytogenesの汚染状況を明らかにする必要があります。本記事では、カット野菜・果物・ミックスサラダ工場における汚染実態を探ります。

背景

 レタス、パッケージ・サラダ、カンタループ、ストーン・フルーツ、キャラメル・アップル、セロリ、緑豆もやし、冷凍野菜など、これまで特定されていなかった食品にリステリア食中毒が多発しています。EUでは、現行法(欧州委員会規則(EC)2073/2005)により、ready to eat食品については、製造環境および機器のL. monocytogenesの環境モニタリングが義務付けられています(第5条)。

 そこで、スペインのCEBAS-CSIC(スペイン高等科学研究院の、果物・野菜の微生物学・品質研究グループ)に所属するマリア・イザベル・ギル博士たち は、カット野菜工場(カット野菜、カットフルーツ、調理済サラダ)における L. monocytogenes の汚染状況を明らかにするために環境モニタリングを実施しました。

Gil et al. Environmental monitoring of three fresh-cut processing facilities reveals harborage sites for Listeria monocytogenes Food Control 155 (2024) 110093 (Available online 2 September 2023)
CC BYライセンスのオープンアクセス論文です

 これまでもカット野菜におけるL. monocytogenesの汚染状況の報告はいくつかありました。特に、これらの野菜に関連する食中毒が多発している北米では活発に報告が行われています。しかし、北米発の多くの報告では食品工場のゾーン1の結果が避けられ、ゾーン2から4に集中しています。これは北米の法律において、L. monocytogenes が食品接触面で検出された場合、直ちにリコールとなるゼロトレランスポリシーが採用されているためです。したがって、北米の環境モニタリングでは一般的に食品接触面、すなわちゾーン1の検査を避ける傾向があります。

カット野菜工場で指示をする米国食品工場長-1

 北米報告における多くのモニタリングは、食品非接触面でのL. monocytogenesの汚染を検知し、それが食品接触面にもL. monocytogenesが存在する可能性がある場合にゾーン1の検査を実施するというスタンスを取っています。このため、北米発の報告では主にゾーン2から4の検査が多いのです。

カット野菜工場で指示をする米国食品工場長-2

 また、北米発のこれらの報告では、主に食品工場を清掃した直後や生産を開始する前の比較的クリーンな状態での検査結果が多く報告されています。生産開始後の検査が含まれている場合でも、生産開始後の4時間以内に行われていることが多いです。その結果、多くの報告で比較的低いL. monocytogenesの汚染率(0~5%が報告されています。

生産開始前の拭き取り検査

今回の調査の目的

スペインギル博士たちは、野菜工場におけるこのような低いL. monocytogenesの汚染率について疑問を持ち、以下のような計画を立てました。

  1. 食品接触面(ゾーン1)を徹底的に調査する注)
  2. ラインの洗浄後や生産開始段階ではなく、生産終了直前の最も汚れた段階でサンプリングを行う。
カット野菜工場で議論する食品検査担当者

注:工場の微生物モニタリングの一般的な戦略においては、食品と直接接するゾーン1においては、原則としてL. monocytogenesなどの病原菌の検出を行わない場合が多いですが、ここで紹介するスペインギル博士たちはゾーン1も標的としたプロトコルに重点を置いています。その理由として、欧州では、北米のようにリステリアが25gに1つ検出された段階ですぐリコールになるわけではなく、100cfu/gという許容のある柔軟な対応をしているため、仮に食品接触面のゾーン1からリステリアが検出されても、それがすなわちリコールになるわけではないという事情があります。したがって、欧州の場合には一般的にL.モノサイトゲネスに関しては、食品接触面(ゾーン1)を環境モニタリングプログラムに入れるべきだという姿勢があります。この点、北米と事情が異なります。もちろん、北米においてもゾーン2からゾーン4まででL. monocytogenesの汚染が明らかな場合には、ゾーン1も検査に組み込むべきだという考え方が採用されています。

調査方法

方法の概要は次の通りです。

生鮮加工施設とサンプリング地点の選定

 本研究では3つの加工施設カット野菜、カットフルーツ、調理済みサラダ)をサンプリングしました。これらの生鮮カット施設で約10ヵ月間の環境モニタリングを実施しました。

ミックス野菜など

 サンプリング地点は、FDAのready-to-eat食品におけるL. monocytogenes制御に関するガイダンス草案における ゾーン1:食品接触表面(FCS)に対応、ゾーン2:食品接触表面に近接(ゾーン1/食品接触面に近接)、ゾーン3:加工区域内の食品接触表面から遠隔(ゾーン1/食品接触面から遠隔)に準じて決定されました。

この調査においてのゾーンは具体的に次のように定義されています。

食品接触面:ゾーン1

 加工野菜に直接接触する工場内のすべての機器やベルトコンベアなど。スライサー、洗浄ステーション、ベルトコンベア、振動充填機など。

食品接触面に近い地点(数cm以内):ゾーン2

 加工野菜に接触はしないが、接触エリアから数センチ以内のエリア。スライサー、洗浄ステーション、ベルトコンベア、振動充填機などで、加工野菜に直接触れない部分。

食品接触面から離れた地点(50~100cm以上):ゾーン3

 接触エリアから50~100cm以上距離のある加工工場内の全てのエリア。排水溝、床、天井、車輪など。

サンプリングのタイミング

 サンプリングのタイミングはすべて製造が終了し、洗浄・消毒が行われる直前に行いました。製造開始からサンプリングまでの稼働時間(ラインの稼働時間)は加工施設によって異なり、カット野菜施設では18時間(6~22時間)、カットフルーツ施設では9時間(6~15時間)、調理済みサラダでは12時間(6~18時間)でした。

生産直後の拭き取り検査

サンプル数

 合計591箇所の環境モニタリングが行われ、そのうち204箇所がカット野菜177箇所がカット果物、210箇所が調理済みサラダの各製造工場でした。そのうちZone 3(遠隔地点)は264箇所(45%)と最も多く、これは変動する汚染レベルの中で潜在的な問題を特定するための戦略でした。

サンプリング方法

 サンプリング器具の種類(スポンジコンタクトプレート綿棒)は、採取場所の広さとサンプリングしやすさに基づいて決定しました。L.モノサイトゲネスに関する欧州基準研究所のガイドライン1)に従い、アクセスが容易な広い表面にはスポンジを(900 cm²超の面積も拭き取り対象)、平面で滑らかな表面には直接接触プレートを、アクセスが困難な表面にはスワブを使用しました。

1)ガイドラインについてのわかりやすい解説記事は下記をご覧ください。

EUにおける食品工場の環境モニタリングのための統一プロトコル(リステリア菌)

2)拭き取り方法の最適選択法について次の解説記事をご覧ください。

食品工場の環境モニタリングにおける拭き取り検査ツールの性能比較と最適選択法

L.monocytogenesの検出法

環境サンプルは、ISO 11290.1法により分析しました。Half Fraser brothおよび Fraser brothによる増菌処理後、ALOA寒天培地プレートに画線しました。培養後、不透明なハローを持つ青緑色のコロニーを推定 L. monocytogenes としました。この推定コロニーは、hly遺伝子およびiap遺伝子の確認プライマーを用いたPCRで確認し、L. monocytogenes と確定しました

 L. monocytogenesの増菌培地や鑑別培地の分かりやすい解説は下記をご覧ください。

Fraser培地:民間企業の女性研究者が開発したリステリア属菌検出法の原理と応用

リステリアの鑑別平板培地の原理を説明します

結果の概要

結果の概要は次の通りです。

 全拭き取りサンプル中L.monocytogenesの検出率は平均30%でした。このうち、調理済みサラダが最もL. monocytogenesが多く(37%、77/210)、次いでカット野菜(28%、56/204)、カットフルーツ(25%、45/177でした。

リステリア検出の割合円グラフ

 ゾーン別に見ると、L. monocytogenes の検出率はゾーン3(51%、135/264)で最も高く、ゾーン2(14%、18/132)、ゾーン1(13%、25/195)が続きました。しかし、驚くべきことに、カットフルーツ施設調理済みサラダ施設では、食品接触面であるゾーン1の検出率がゾーン2を上回っていました。これは、汚染が食品接触面にまで及ぶリスクが非常に高いことを示しています

各ゾーン別のリステリアの検出

 食品接触面(ゾーン1)での典型的なL. monocytogenesの検出箇所は、スライサー、洗浄ステーション、ベルトコンベア、振動充填機などでした。また、食品非接触面(ゾーン2およびゾーン3)L. monocytogenesが最も頻繁に検出された箇所は、排水溝、床、天井、車輪であり、特に、排水溝については全ての工場で検出されました。

排水溝はリステリアの温床

また、床の傷L. monocytogenesのバイオフィルムの温床でした。

フロアの傷もリステリアの温床

さらに、工場内の壁と壁の接合部L. monocytogenesのバイオフィルムの温床でした。

工場の壁と壁のつなぎ目もリステリアの温床

 このように食品接触面でないエリアでも、L. monocytogenesの汚染には注意が必要だとギル博士たちは述べています。なぜなら、これらのエリアから特に工場内のカートの車輪などを通じて工場全体にリステリア菌が広がる可能性があるからです。そして最終的には、ゾーン管理や動線管理がうまく行われていない場合、これらの工場のホットスポット由来のL. monocytogenesが食品接触面にまで及ぶ可能性があると指摘しています。

ホットスポットを放置するとカートによって工場全体に汚染が広がる

 博士たちは、野菜工場ではL. monocytogenesの汚染がこれまで考えられていた以上に高いこと、そして食品接触面以外にも多数のホットスポットが存在することを発見しました。徹底的にこれらの環境を清掃することで、工場内のバイオフィルムやホットスポットを排除すべきだと提案しています。そして、食品接触面を含めたホットスポットの特定ができたら、適切な対策を講じる必要があると結論付けています。

 博士たちは、野菜工場では L. monocytogenes の汚染が、生産終了直前という『最悪の条件』でサンプリングを行った結果、これまで考えられていた以上に高いこと(30%)、そして食品接触面以外にも排水溝、床のひび割れ、車輪といった多数のホットスポットが存在することを発見しました。これらの貯留場所は、カートの車輪などの移送経路を通じて工場全体に広がり、食品接触面(ゾーン1)にまで汚染を押し出す機会を作り出すと指摘されています。したがって、徹底的にこれらの環境を清掃することで、工場内のバイオフィルムやホットスポットを排除すべきだと提案しています。そして、食品接触面(ゾーン1)を含むホットスポットの特定ができたら、適切な是正措置と強化されたEMプログラムを講じる必要があると結論付けています。

まとめ

 今回はカット野菜工場での L. monocytogenes 汚染の実態を明らかにしました。スペインの実例ですが、全サンプルにおける L. monocytogenes の検出率は平均30%という高い水準でした。
 この記事で述べたように、アメリカをはじめとする先行研究の汚染率(通常0~5%の範囲) と比較して今回の検出率が非常に高くなったのは、地域的な差というよりも、調査方法の違いによるものが大きいと考えられます。具体的には、洗浄前で最も汚染が蓄積された状態(生産終了直前)でサンプリングを行ったこと、そして先行研究で避けられがちだった食品接触面(ゾーン1)を積極的に調査対象に含めたこと が、この結果を導きました。
 カット野菜、カットフルーツ、調理済みサラダ(ミックスサラダ)などは日本でも非常に普及している製品です。本研究は、L. monocytogenes が食品接触面(ゾーン1)でも13%ゾーン3(遠隔地点)のホットスポット(排水溝、床のひび割れなど)から移送経路(車輪など)を通じて食品接触面にまで及ぶ可能性があること を示唆しています。これらの野菜を扱う製造業者は、モニタリングのタイミングとゾーン1を含むサンプリング戦略を見直し、潜在的な貯留場所を特定し排除することで、L. monocytogenes に対して十分な注意を払う必要があるでしょう。

カット野菜工場で議論する日本の品質管理担当者

参考

工場内の調査ゾーン

 環境モニタリング調査においてのゾーンわけ(1~4)については下記の記事にわかりやすく解説しているのでご覧ください。

食品工場衛生管理における微生物検査ー環境モニタリングの重要性