2025年2月、新潟県でボツリヌス食中毒が発生しました。この事件は、過去のボツリヌス食中毒とは異なり、C型ボツリヌス毒素が検出されたことが特徴です。一般的に、ボツリヌス食中毒は Clostridium botulinum I型(A, B型)やII型(B, E型)によって引き起こされますが、C型は人間の食中毒としては非常に珍しいとされています。さらに、約25年前の千葉県でのハヤシライス事件と比較すると、どちらも「密封包装された要冷蔵食品を常温保存したことが原因」で共通しています。ボツリヌス菌は酸素の少ない環境で増殖しやすいため、真空包装食品や長期間密封された食品では特に注意が必要です。本記事では、C型ボツリヌス菌の特徴、耐熱性、そして過去の食中毒事例との比較を通じて、密封包装された要冷蔵食品の管理の重要性について考察します。
新潟県のボツリヌス食中毒事件の概要
- 発生時期: 2025年2月
- 患者: 50代女性
- 原因食品: 市内の食料品店で購入した密封容器包装の要冷蔵総菜
- 保存方法の誤り: 約2か月間常温で保管
- 摂取時の異常: ブルーチーズのような臭いや味を感じた
- 発症までの経緯:
- 1月20日正午頃:総菜を摂取
- 1月21日午前1時頃:眼のチカチカ感、口渇感、嚥下困難、呂律不良を自覚
- 午前5時頃:医療機関を受診
- 午前11時頃:症状悪化により別の医療機関へ救急搬送
- 診断: 2月5日、国立感染症研究所の検査でC型ボツリヌス毒素陽性と判明(にいがた経済新聞)
- 現在の状況: 意識はあるものの、全身に麻痺症状があり、人工呼吸器を装着して入院中
C型ボツリヌス菌とは?
今回の新潟県で発生したボツリヌス食中毒の特異点は、検出された毒素がC型であったことです。
一般的に、人のボツリヌス食中毒はⅠ型でボツリヌス毒素A型、B型、II型でB、E型 によって引き起こされることがほとんどです。
一方、C型ボツリヌス毒素は通常、家畜や鳥類のボツリヌス症の原因となり、人の食中毒原因としては極めて稀です(ただし、2021 年 7 月に、熊本県で食中毒事例が発生事例あり)。
家畜や鳥類では、腐敗したエサや汚染された水を摂取することで発症することが多く、神経症状を引き起こします。
そのため、本件は極めて特異な事例といえます。

ボツリヌス菌の分類
ボツリヌス菌は 「菌株(Ⅰ型・Ⅱ型)」と「毒素型(A, B, C...)」の2つの異なる分類軸 があります。しかし、この分類が必ずしも一致しないため、食品安全管理の現場で混乱を招く要因になっています。
✅ 「Ⅰ型・Ⅱ型」などの菌株分類 は、芽胞の耐熱性や発育特性に基づいており、食品の加熱処理に関係します。
✅ 「A, B, C, D型」などの毒素型分類 は、産生する毒素の違いによるものであり、プラスミドやバクテリオファージ により水平伝播する可能性があります。

例えば、B型毒素はⅠ型(高耐熱)にもⅡ型(低耐熱)にも存在するため、「Ⅰ型=A毒素、Ⅱ型=B毒素」とは単純に言えません。このように、ボツリヌス菌の分類は耐熱性と毒素型が交差するため、食品安全管理では両方の特性を正しく理解することが重要です。
📌 C型ボツリヌス菌 は、通常は動物(家畜・鳥類)に影響を与える ため、人の食中毒原因になるのは稀です。

C型ボツリヌス菌の耐熱性
ボツリヌス菌の耐熱性については、I型菌(A型、B型、F型)およびII型菌(B型、E型、F型)のデータが多く蓄積されており、食品の熱処理基準の設定にも活用されています。次の表に示すように、I型菌は高い耐熱性を示し、120℃で4分間の加熱(12D殺菌)が必要とされる一方、II型菌は比較的耐熱性が低く、90℃で10分間の加熱(6D殺菌)が基準(Food Standard Agency, UK, 2020)となっています。

一方、C型ボツリヌス菌の耐熱性については、菌株によって差があることが研究で示唆されています。例えば、ある研究では104℃でのD値(90%の芽胞を死滅させる時間)が0.02~0.90分とばらつきがあると報告されています(Segner and Scgunudt, 1971)。いずれにせよ、C型ボツリヌス菌の芽胞の耐熱性はI型(120℃ 4分=12D殺菌)ほど高くはないものの、II型(90℃ 10分=6D殺菌)よりは高い可能性があると考えられています。
ハヤシライス事件との比較:要冷蔵食品の管理リスク
今回の新潟県でのC型ボツリヌス食中毒事件は、1999年のハヤシライス事件(千葉県)を思い起こさせます。ハヤシライス事件とは、要冷蔵のレトルト食品が常温で保存され、その結果、A型ボツリヌス菌が増殖し、食中毒を引き起こした事例です。この事件では、喫食した11歳の女児が重篤な症状を呈し、人工呼吸管理が必要となりました。

当時、この事件が問題となった背景として、要冷蔵食品の加熱処理が120℃で4分未満であっても、適切な冷蔵管理が行われていれば安全性に問題はないとする食品衛生上の基準に基づいた流通管理が行われていたことが挙げられます。しかし、消費者は『要冷蔵』のリスクを十分に理解しておらず、常温で放置するケースが発生しました。
この問題に対して、厚生労働省は、本件が食品衛生法違反には該当しないと判断し、消費者への周知徹底に重点を置いた対応を行いました。これは、製造業者が法的基準を満たして『要冷蔵』として販売していたためであり、問題の根本は消費者の保存方法にあったと考えられたためです。その結果、製品のパッケージに「要冷蔵」の表記を概ね20ポイントの大きな文字にする措置が取られました。しかし、「要冷蔵」の表記が大きくなったことで視認性は向上したものの、20年経った今でも『冷蔵しなかった場合の具体的なリスク』が十分に消費者に伝わっているとは言いがたいのが現状です。

このような背景を整理するために、新潟県の事件とハヤシライス事件の共通点や違いを以下の表にまとめます。

共通点
- どちらも要冷蔵食品を常温で放置 したことが原因。
- 消費者の「要冷蔵」の認識不足が大きな要因となっている。
違い
- A型ボツリヌス菌(ハヤシライス事件)は120℃ 4分で芽胞が死滅するが、C型の耐熱性は未知の部分が多い(おそらく1型よりは弱く、Ⅱ型よりは強い)。
- C型は人の食中毒としては珍しく、原因究明が難しい。
まとめと筆者の視点
ボツリヌスⅠ型菌の芽胞は、120℃で4分間の加熱を行わなければ生存し、その毒素は自然界で最強クラスの毒性を持っています。しかし、適切なチルド流通が維持されていれば、増殖を防ぐことができるため、基本的には安全性に問題はないとされています。この点については、30年前から業界でも認識されており、厚生労働省からも通知が出されています。しかし、消費者のリスク認識は十分ではなく、過去には「要冷蔵」の表記を概ね20ポイントに拡大する措置が取られましたが、それだけではリスクの本質が伝わらなかったのが現実です。
一方で、「チルド流通の食品は、要冷蔵を守らなければ危険である」という事実を、どのように消費者に明示するかは難しい問題です。「ボツリヌスで死にます」と警告すれば購買意欲を損ねてしまう恐れがありますが、「要冷蔵」の一言では危機感が十分に伝わりません。このリスクコミュニケーションのジレンマは、30年前から現在に至るまで続いている問題と言えます。

ただし、ボツリヌス食中毒は、単に要冷蔵食品を常温に置いたからといって、すぐに発生するものではありません。
ボツリヌス菌が増殖し、毒素を産生するためには 「酸素が極めて少ない環境」 が必要です。例えば、缶詰、真空包装食品、酸素除去が行われた漬物 など、低酸素環境が保たれた食品でなければ、ボツリヌス中毒は起こりにくい という点も理解しておく必要があります。
そのため、「要冷蔵の惣菜を常温で放置しただけで即座にボツリヌス食中毒が発生する」 という誤解は避けなければなりません。今回のケースでも、食品の包装形態や酸素の有無が重要なリスク要因になっている可能性 があります。

今回の事件を契機に、食品業界、行政、メディアが連携し、「要冷蔵」の意味、特に真空包装や密封包装された低酸素環境の食品におけるリスクを消費者に正しく伝える方法を再考することが求められます。これらの食品では、常温保存によってボツリヌス菌が増殖しやすくなり、極めて深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。 消費者への認知を深めることによって、同様の事故を防ぐための具体的な予防策が講じられるはずです。

訂正: 本記事は2025年2月17日6時に公開しましたが、同日11時15分に一部内容を修正しました。ハヤシライス食中毒事件の毒素型について、B型ではなくA型(Ab) であることが判明したため、訂正いたします。誤った情報をお伝えしてしまい、大変失礼いたしました。