オーストラリアで腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)が新たな食中毒菌として心配されています。2016年以降、カキを原因とする腸炎ビブリオ食中毒が増えているからです。地球温暖化による海水温の上昇と関連していると考えられています。 2月16日にオーストラリアの保健省は、この問題に関するレポートを発行しました。本記事では、その文書の概要を解説します。

オーストラリアでの腸炎ビブリオ感染発生状況

 2016年にタスマニア州産のカキに関連する腸炎ビブリオの複数州にわたる発生が確認され、11名が食中毒になりました。症例の聞き取りとその後のカキの流通経路の調査により、タスマニア産のカキが原因食品であることが判明しました。

オーストラリアでは、それ以前には腸炎ブリオ食中毒はほとんど報告がありませんでした。

 タスマニア産カキのアウトブレイクとほぼ同時に、西オーストラリア州では南オーストラリア州産のカキに関連していると思われる腸炎ビブリオの局所感染例を調査しました。2016年以降、タスマニア州だけではなく、他の州でも腸炎ビブリオの食中毒が増加しています(下図)。

オーストラリアでの腸炎ビブリオ食中毒発生件数の推移

上の図は、オーストラリア保健省のレポートに掲載されているグラフを、このレポートのライセンス条件(クリエイティブ・コモンズ・ライセンス - 表示 - 非商用 - 改変禁止 CC BY-NC-ND)にしたがってそのまま掲載しています(ただし日本語訳)。

 このようにカキの消費による腸炎ビブリオ感染症はオーストラリアの他の州でも報告されています。しかし、この注意文書では、オーストラリアにおいては管轄区域によって腸炎ビブリオ感染症の届出要件が異なるため、症例や発生の発見が難しく、腸炎ビブリオ感染症の発生頻度については過小評価されている可能性があるとしています。

オーストラリアの各州

 オーストラリアは現在、年間約8,900トンのカキを生産しており、今後数年間で生産量の拡大が見込まれています。したがって、腸炎ビブリオの感染症も今後増加することが見込まれています。

※なお、日本では、オーストラリアとは逆で、過去20年間、腸炎ビブリオの食中毒は激減しています。その理由は下記記事をご覧ください。
日本では激減、世界では増えている腸炎ビブリオ中

※また別の記事で、中国は腸炎ビブリオが細菌性食中毒の第1位であることを報告している2つの論文を紹介していますので、ご覧ください。
中国では腸炎ビブリオが最大の食中毒原因

タスマニア州での状況

 タスマニア州では、2016年から2020年を含めて10例の局地的な食中毒ビブリオ症が報告されました(上図)。症例の年齢の中央値は年60(範囲42~83歳)で、30%が入院しました。すべての症例は腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)によるものでした。

 これらの腸炎ビブリオ感染症はすべてカキの摂食によるものでした。

カキ

タスマニア州での感染症の増加に伴い、ヒトの症例および食品サンプルから分離された腸炎ビブリオ菌は、必要に応じて全ゲノム配列決定(WGS)と系統解析に回されています。

気候変動との関係

 オーストラリアにおいては、気候温暖化の影響は、大規模な山火事だけにはとどまらないようです。オーストラリアでのビブリオ感染の増加は、海水温の上昇に関連している可能性があります。研究者によると、カキ産業の成長と気候関連の要因が組み合わさって、オーストラリアのビブリオ症の発生率が高まると考えられています。

オーストラリアでの地球温暖化の影響としての腸炎ビブリオの増加

 2016年のタスマニア州での腸炎ビブリオ感染症のの発生は、海洋熱波が251日間続き、表面水温が気候を最大で2.9℃も上回った時期に発生しました。関連する栽培地域のカキに含まれるビブリオ種の追跡調査では、検査したすべてのサンプルから腸炎ビブリオが検出され、20%と16.6%のサンプルにそれぞれtdhとtrhの病原性遺伝子が含まれていました。

 今回発行されたオーストラリアの保健省のレポートでは、今後オーストラリアにおけるカキの生産量が増加し、気候変動により海岸線の海面温度が上昇すると、ビブリオ感染症患者が増加すると予想しています。

 

※腸炎ビブリオの基礎事項を確認されたい方は下記の記事をご覧ください。
2022年3月4日に記事を大幅改訂拡充しています。
食中毒菌10種類の覚え方 ④腸炎ビブリオ

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